4度目のリフレッシュの旅 (2016.8.9.〜11.)

I

 忙しい日々が続き、少し骨休めをしてきたいと思ったのですが、なかなか暇がとれない上にあんまり財政的な余裕もありません。せいぜい2泊が限界のようです。
 マダムも連続した休みをとるのが難しくなっています。いままでやっていた子供相手のピアノ指導に加え、最近はとある全国チェーン学習塾の採点スタッフの仕事をはじめ、週に2回は通わなければなりません。夏休みでも塾は休みにならず……というよりも夏休みこそかき入れ時です。もちろんあらかじめ断って休みをとることは可能ですが、時給仕事なので休めば休んだだけ給料が減りますから、そう簡単に休むわけにもゆきません。
 そんなわけで、今年(2016年)から新設された休日「山の日」である11日(木)にひっかけて、おなじみ竜王山梨県甲斐市)のリフレッシュガーデンクレストホテルに行ってくることにしました。マダムの仕事は月曜と木曜で、それが祝日にあたる場合は自動的に休みになります。その次の日である今日(12日)は予定があるので、9日(火)に出かけて11日に戻るという日程を組みました。
 リフレッシュガーデンクレストについては、日誌でも何度か書きました。本体はスーパー銭湯(いちおう温泉ですがいわゆるボーリング温泉です)で、それに宿泊施設が附属したようなところで、驚くほど低価格で泊まれ、滞在中風呂に入り放題という嬉しい宿なのでした。風呂に行くたびに受付で洗濯済みのバスタオルとタオルを渡されるので、ほとんど手ぶらで行くこともできます。
 ワイン風呂薬草風呂が名物で、ここを見つけたのも、マダムがワイン風呂に入りたいと言い張って検索してみたおかげでした。距離的にも手頃で、ちょうど青春18きっぷを使って元が取れるくらいの場所になります。
 いままで3回泊まったことがありますが、毎回満足しました。それで4度目の利用をと考えたわけです。

 この宿、毎年のように行っていたような気がしていたのですが、前回行ったのはなんと2013年5月のことで、かれこれ3年3ヶ月ほども経っていたので驚きました。最初に行ったのが2010年の夏、翌11年の夏にも行き、12年の夏は行かずに上記の13年5月に3度目、それっきりご無沙汰していたのでした。13年の夏はどうしていたのかと日誌を確認したら、1泊でローカル私鉄乗りまわし旅行などに出ていたので、竜王には出かけなかったようです。14の夏は健康ランドのハシゴをしており、趣きが似ているので竜王はやめたのでしょう。15年の夏は北海道にわりと長く行っていたので、その他の旅行は自重しました。そんなわけで、ずいぶんしばらくぶりであったのでした。
 そして、そのご無沙汰を思い知らされることになりました。予約しようとしてリフレッシュガーデンクレストを検索したら、なんと閉館していたのです。
 と言っても、施設自体が無くなったわけではありません。リブマックスリゾートというホテルグループの傘下に加わったようで、名前も「リブマックスリゾート甲府」と変わっていたのです。本当は甲府ではないのですが、千葉にある空港を新東京国際空港と呼ぶようなノリでしょう。それにしても、3年余のあいだにこんなことになっていたとは、自分のご無沙汰を悔やみたくなります。
 名前が変わって、サービス内容がどう変わったのかは、webではわかりませんでした。風呂の種類などは前と同じようです。ただ宿泊プランがいろいろ細かく設定されたようでした。そして、細かくなった分、例えば休前日料金がだいぶ高くなったりしています。夏休み中の料金もシーズンオフより高いようです。残念ながら、前回までに感じていたびっくりするほどのお得感はやや失われたようでした。決してひどく高いというわけではないにせよ、まあそれなりの値段という感じです。今後、いままでのようにひいきする気になれるかどうか、それは今回行ってみないとわからないでしょう。

 さて、いろいろと差し迫った仕事もあったのですがなんとか片づけ、9日の朝、7時頃に家を出ました。朝とはいえ、すでに駅まで歩くだけで汗が噴き出る暑さです。
 朝出発して中央線方面に向かう場合、よく「ホリデー快速」のたぐいを使うのですが、この日は普通の平日なのでそういう臨時列車の運転はありません。夏休み中は毎日運転というようなこともあった気がしますが、少なくとも今年はありませんでした。
 それで、普通に京浜東北線電車で南浦和まで出て、普通に武蔵野線電車で西国分寺へ行き、普通に中央線快速で高尾に着きました。高尾から小淵沢行きの中距離電車に乗り換えます。
 入ってきた中距離電車を見て、がっかりしました。6輌すべてがロングシート車なのです。
 いや、JRの普通列車がロングシートばかりになっている趨勢は理解していましたが、中央線までそうなるとはショックでした。長らく中央線に君臨していた115系電車が老朽化で姿を消し、置き換えで投入されたのが211系で、これが少数の例外を除き基本的にロングシート車なのでした。時代の流れで仕方がないとは思うものの、山岳路線である中央東線を走り、古き佳き「汽車旅」の印象を残していた普通電車であるだけに、残念でなりません。
 制御車(運転台のある車輌)についているトイレの前だけがクロスシートになっており、私たちはそこに坐りましたが、足を伸ばすスペースが無くて疲れる上、けっこう混んでいてトイレにもひっきりなしに訪れる客が居り、だんだんと匂いがきつくなって閉口しました。
 何度も同じ区間に乗っている印象として、相模湖・藤野・上野原と進むごとに登山客などがどんどん下りて、大月あたりではどっと下り、あとは甲府が近くなって少し混むものの、甲府以遠はガラガラ……というのが中央線普通列車の旅客流動だったはずなのですが、さすがに夏休み中はそうもゆかず、座席が空くことは滅多にありませんでした。そのため、足が痛くなってきても、トイレの匂いが香ばしくなってきても、他の座席に移ってくつろぐというほどのことはできそうにありませんでした。
 2時間以上乗って、終点の小淵沢に着いたとき、最初の高尾から乗っていた、林間学校か何からしい小さな子供たちの一団が下りてきたのを見て、驚きました。特急を使わせろという気はありませんが、ずいぶん長時間乗せているものです。
 その他にも、高尾からずっと乗ってきたような客がけっこう居ましたし、全体として電車から下りた客はかなりの数になりました。私たちはここで小海線に乗り換えるつもりだったのですが、もしかしてこの人数がすべて小海線に乗るつもりではないかと若干戦慄を覚えました。6輌編成の中央線電車から2輌編成の小海線ディーゼルカーに殺到すると、小海線は都会のラッシュアワーもかくやという混雑ぶりになります。そして、夏休み中などはそれが実現することが非常に多いので、つい警戒してしまいます。
 幸い、半数以上は小淵沢駅の出口に通じる階段を下りてゆきました。それでも小海線に乗り換える人の数はかなり居て、移動が遅くなった人は坐れませんでした。私たちは幸い坐ることができましたが……。
 もっとも、下りる予定の駅は隣の甲斐小泉です。坐れなくともたいしたことはありませんでした。隣と言っても7キロ以上離れており、しかも急坂を上るために10分近くかかるので、川口駅から西川口駅まで乗るのとは話が違います。いまは軽快気動車を使用するようになってスピードアップしましたが、旧式のキハ40系などの頃はあえぎあえぎの登坂で、いくらエンジンをふかしても一向にスピードが出ず、同じ区間が20分近くかかったものでした。

 前々回──と言ってももう5年前になるわけですが、やはり竜王に行く前に、清里でしばらく遊んだことがありました。そのときに、甲斐小泉の駅前で平山郁夫シルクロード美術館を見かけ、いずれ立ち寄ってみたいと思っていたのでした。今回、その念願が果たせたわけです。
 平山郁夫シルクロード美術館は2004年に開設されたそうですが、それが駅前にできる以前は、いったい何があったのだろうかと首を傾げたくなるほどに、甲斐小泉の駅前は美術館以外になんにも見当たらないスペースでした。美術館のおかげで陸橋のようなものができたのですが、これがまったく場違いに見えるくらいひなびた小駅です。
 美術館に附属したカフェがあるらしく、そこで昼食をとろうかと考えていました。カフェには外から入れるので、その入り口まで行ってみたところ、メニューは飲み物の他はお菓子ばかりで、食事はできそうにありません。
 陸橋をはさんで反対側に、ごく小さなレストランがあり、美術館の入り口にも看板が出ていました。駅前で食事をしようとすると、そこくらいしか無いようです。このあたりは別荘地でもあるので、クルマがあれば行ける店などもいろいろあるのかもしれませんが、駅から見渡した限りにおいては、他に飲食店がある様子ではありません。
 やむを得ず、そのレストランに行きました。扉を開けて中に入っても、誰も居ないので、
 「こんにちはぁ」
 と声をかけると、マスターが出てきて
 「中は予約で塞がってるんですよ。外の席なら大丈夫なんですが」
 と申し訳なさそうに言います。扉の外に、2卓ほどテーブルの置かれたテラス席があり、その片方で家族連れが食事をしていました。
 陽差しが強いので、外の席ではどんなものかなと私はややためらいましたが、マダムはテラス席が好きで、いそいそと空いたテーブルに坐りました。坐ってみると白樺の木の陰になっており、吹き抜ける風は実にさわやかでした。
 中と外とではメニューも違うようで、中ではちゃんとしたコース料理だけ供することになっていました。外の席ではキッシュやシチューなどの軽い食事(メニュー表にちゃんと「軽いセット」などと書いてありました)だけになります。マダムはキッシュを、私はシチューを頼みました。
 添えられたサラダのおいしいこと。たぶん野菜は自家栽培でしょう。メインの料理も濃厚な味でした。ただし値段の割には量が少なめであったようですが、メニュー表に「軽いセット」と書いてあるので仕方がありません。
 私たちが食べているあいだに、中の席を予約した団体らしい人たちがぼつぼつと来店しはじめていました。わりとはじめのころに入っていった老婦人が、妙に通る声で携帯電話で話しているのが外まで聞こえてきました。
 そのときはもちろん気がつかなかったのですが、その老婦人は美術館の館長である平山美知子さんであったようです。あとで美術館の中で、7、8人の若い者にとりまかれて何やらしゃべっているところに行き会って、さっきの通る声のオバアサマであったことがわかったのでした。平山館長はもちろん平山郁夫画伯の奥様です。画伯が東京藝大を出るとき、卒業制作では第二席であって、第一席はこの奥様だったというのだからびっくりです。結婚後は世界中飛び回っている夫君を支え続けましたが、ご自分でも絵筆をまったく絶ったというわけではなく、少しは描いていて画集や絵本なども出しているとか。
 美術館はいくつかの展示室に分かれ、最初のコーナーはガンダーラを中心とした仏像が展示されていました。国産のもひとつふたつあり、見較べてみると、インドや中央アジアあたりの仏像というのは、日本のものよりずっと「顔が濃い」ことに気づきました。眼窩の落ちくぼみかたとか、何より鼻の形が違います。明らかにコーカサス系(白人系)の、ワシ鼻になっているのがわかります。
 あと「シルクロードの名宝」という展示もありましたが、残りはほとんど平山作品です。「奥入瀬渓流」「大シルクロード・シリーズ」などの大作も展示されていました。スケッチのたぐいも多く、昭和41年にカッパドキア地方を訪れたときのものなど、同じ日付が入った風景スケッチや人物スケッチがやたらたくさんあり、ものすごい勢いで次から次へとペンを走らせていた若き画家の姿を髣髴とさせました。平山画伯の制作方法は、ラフスケッチであらかじめ構図を決めてから、それを拡大する形でキャンバスに定着するというやりかただったようです。風景にしろ人物にしろ、まず線画としてとらえているあたり、やはり本質は日本画家であったことを偲ばせました。
 晩年はやや中国に入れ込みすぎて批判を呼ぶ行動もありましたが、タリバンによるバーミヤン大仏の破壊に率先して非難の声を挙げるなど、シルクロードをこよなく愛した画家であったことは間違いありませんでした。
 それにしても、画伯の声はイスラム原理主義者たちに届いたのでしょうか。イスラム原理主義の立場から言えば、具象的な画像や彫像はすべて神から禁じられた偶像なのであり、大仏を壊すことになんのためらいもなかったはずです。また、「偶像制作者」である画家がどれほど批難しようと痛くもかゆくもなかったのではないかと、私には多少の哀しみと共にそう思えてなりません。

 カフェでしばらく休憩してから、小海線のディーゼルカーにまたひと駅乗って小淵沢に戻りました。やや時間があったので駅前に出て、土産物屋などをひやかし、中央線の上り電車に乗って竜王へ。
 はじめて来た頃、この駅は工事中で全貌がよくわからなかったのですが、すっかり完成し、なかなかしゃれた駅舎と駅前広場になっていました。
 まだわりと時間が早いので、いつも宿への道として使っている大きな車通りを避けて、ショートカットできるのではないかと考えて住宅地の中の小径を辿ってみました。結論から言うとショートカットは無理で、かえって時間がかかり、汗びっしょりになって宿に到着しました。甲斐小泉の駅前の風は涼しかったのに、竜王まで下りてくると空気がべとつきます。
 荷物を置いて、何はともあれ風呂に入りました。風呂場の窓から眺めて、前回までさんざんお世話になった「スーパーやまと」の看板が見当たらないことに気がつきました。
 いままで、宿で食事を頼んでおらず、朝食とか、着いた日の夕食とかは、もっぱら風呂場から見える地元チェーン「スーパーやまと」で買い込んで来て部屋で食べたものです。この、日常と非日常が微妙に混ぜ合わさったような空気感が、マダムも私もなかなか好きなのでした。
 マダムは私よりもう少し細かく見ていて、「スーパーやまと」の手前にあった「スタジオアリス」の看板の向こう側が更地になっていて、クレーン車などが停まっていたところまで風呂場の窓から確認していました。
 「そういえば……」
 とマダムが言ったのは、「スーパーやまと」の隣にあったはずのホームセンター「ケイヨーデイツー」が、竜王の駅前に移動していたという事実でした。店舗が増えたのかと思ったものの、どうも以前の位置から移転したということであったようです。そして、その駅前のケイヨーデイツーの隣に、どうもスーパーマーケットらしい建物が並んでいたというのです。
 マダムがスマホで調べてみると、やはり「スーパーやまと(富竹新田店)」は今年1月に閉店していたとのことでした。代わって、駅前にやはり地元チェーンである「おぎの」が開店したのだとか。
 ふたつのスーパーマーケットは2キロ近く離れており、私の住んでいるあたりの感覚で言えば競合するなんてことも無さそうなのですが、この辺の住民はみんなクルマで買い物をしているのでしょう。それなら2キロの差などほとんど問題になりません。「やまと」は「おぎの」と競合し、敗れてしまったのです。3年3ヶ月来ない間に、いろいろ起こっていたのでした。
 それにしても買い物をしてこないと晩に食べるものがありません。仕方なく駅前の「おぎの」まで歩いて食糧を買い込んできました。「スーパーやまと」に較べると3倍くらい遠いので、また余計な汗をかいてしまいましたし、途中急な雨も降ってきて、傘を持ってきていなかった私は「おぎの」の隣のケイヨーデイツーで急遽傘を買わなければなりませんでした。
 なお、宿は単純に「リブマックスリゾート」チェーンのフランチャイズになったというだけのことで、改装すらした形跡はありませんでした。この宿の本体である風呂場も記憶にあるとおりです。ただ入浴時間が少し変わって朝9時から入浴できるようになったのと、日替わりで薬草を入れていた薬草風呂が、毎日同じ成分になっていたくらいが変化でしょうか。それから、スポーツジムだったところがゲームセンターに変わってしまっていました。これについてはマダムが非常に残念がりました。

 2日目(10日)は、朝食と朝風呂のあと、前回も歩いて行った信玄堤まで散歩しました。これは少々失敗で、前回は5月はじめのさわやかな季節だったから良かったので、真夏の炎天下に散歩できるようなところではありませんでした。陽差しは強いし、道路の照り返しだけでも日焼けしそうな熱気です。
 散歩してきてから宿の近くのそば屋で昼食をとり、その足でバスに乗って甲府まで行く予定だったのですが、昼食のあと、マダムは汗びっしょりなので一旦部屋に戻りたいと言い出しました。そう言われれば私も着替えたいところです。
 部屋に戻って、昼風呂に入り、そのあと衣類のいくぶんかを、宿のコインランドリーで洗濯しました。予想外に汗をかき、下着などの替えの枚数が微妙になってきたからです。
 乾燥を待つうち、マダムも私も軽く眠気を催し、昼寝をしてしまいました。時間も経っており、甲府の街に出るのも面倒くさくなって、結局前の晩と同じく駅前の「おぎの」へ行って飲み物などを仕入れたのち、宿の近くのステーキハウスで夕食をとりました。
 そのあと、マッサージを受けました。最初に来たときにタイ古式マッサージをはじめて受け、すっかり気に入って、毎回頼んでいます。これまでは40分コースだったのを、今回は奮発して60分頼みました。どこがどのくらい延びたのかよくわかりませんが、終わるとからだのあちこちが動きやすくなっていることを感じました。

(2016.8.12.)

II

 「リフレッシュガーデンクレスト」改め「リブマックスリゾート甲府」に2泊した私たちは、11日(木・山の日)の朝9時に最後の風呂に入りました。風呂の営業時間が9時からなのです。以前は11時だかからになっていて、最終日の入浴は諦めていたものでしたが、この点はリブマックス傘下になって改善されたところです。
 風呂から上がって、9時45分頃にチェックアウトしました。このくらいの時間帯だと、まだ陽差しもそう強くありません。吹きすぎる風がさわやかでした。
 この宿の欠点のひとつは、公共交通機関からかなり遠いという点でしょう。竜王駅からは2キロ近く歩かなければなりません。運動にはなりますが、真夏の暑い盛りにはつらいものがあります。すぐ前を通っているバイパス道路にバス路線があれば良いのですが、バスが走っているのは美術館通りという1本北寄りの道路です。駅附近では、美術館通りとバイパス道路はわりと近いのですが、宿のあたりではだいぶ離れており、最寄りのバス停まででも1キロほどあるのでした。それならば甲府駅か竜王駅まで送迎バスでも出して貰いたいところですが、そもそも訪れる客のほとんどがクルマで来るのであって、電車やバスで来るという人は少数なので、送迎バスを出すほどの需要も無いというところでしょうか。そんな宿をひいきにしてしまったこちらが悪いのでした。
 ともあれ、最寄りのバス停に着くまでにすでにだいぶ汗をかいてしまいました。陽差しが強くないとは言っても、前日に散歩していた正午近くに較べての話で、気温は高いのです。この数日の甲府一帯の気温は、東京や埼玉よりむしろ高く、なんのために出かけてきたのかと疑わしくなるような気分でした。

 バスで甲府駅に出て、マダムが山交百貨店でバッグを買ったり、駅ビルでちょっとした土産物を買ったりし、パン屋のイートインスペースで少し休憩したりしたのち、身延線のプラットフォームに行きました。この日はこれから、富士川・切り絵の森美術館というところを訪れる予定です。最寄り駅は身延線の波高島(はだかじま)で、下部温泉の隣です。
 ところが、身延線のプラットフォームにはひと気がなく、間もなく電車が入ってくるような雰囲気ではありませんでした。
 変に思って確かめてみたら、なんと電車の時間を間違えていました。
 私は旅行の際はいつも、行程表を作って持参します。その行程表には11時43分と書いてあったのですが、あわてて時刻表を確認すると、目指す電車の甲府発時刻は11時34分ではありませんか。
 ありがちな間違いとはいえ、老眼が進んだことにがっかりします。行程表は夜中に電灯の下で作っていたので、眼がしょぼしょぼして見間違えてしまったのでしょう。若い頃はこんな間違いはまずしませんでした。頭がボケたのではなくて眼が悪くなったということなのだと思います。いや、朝出かける前に最終確認をしなかったのは、頭のボケも進行しているのかな。
 ともあれ、私たちは11時43分の電車に乗るつもりで、11時34分の電車が発車した直後のプラットフォームに来てしまったというわけでした。
 次の電車は12時14分発ですが、これは波高島までは行かず、途中の鰍沢口(かじかざわぐち)止まりです。そのまた次は特急なので青春18きっぷでは乗れません。さらに次の12時47分発も鰍沢口止まりです。鰍沢口以遠に行くためには、13時24分の電車を待たなければならないのでした。
 突如として1時間40分ばかりの暇ができてしまいました。甲府でずっと待っているのもつまらないので(マダムは甲府でもう少し遊んでも良さげな顔をしていましたが)、中央線の電車に乗って適当な駅まで往復してこようか……と思いました。それでコンコースとプラットフォームをしばらくうろうろしましたが、不意に、

 ──身延線の途中駅で下りて後続列車を待ったほうが面白いんじゃないか?

 と思い浮かび、マダムも「ぶらり途中下車の旅」は好きなので異存がなく、12時14分の鰍沢口駅に乗ることにしました。

 時間的に、下りた駅で昼食をとるタイミングになります。私は身延線には何度も乗っているのですが、途中の駅がどうだったかということまではほとんど憶えていません。まあ特急停車駅くらいなら何か食べるところがあるだろう、という程度の認識です。
 特急はまず南甲府、そして東花輪に停まりますが、このあたりまでは甲府の郊外という感じで、途中下車してもあんまり面白くなさそうです。東花輪を出ると、線路は甲府盆地を離れて山間部にかかります。
 次に特急が停車するのは市川大門で、ここはある程度の街になっています。駅前に台湾料理屋も見えたので、ここで下りるのが良かったかもしれないと思いました。しかしなんとなく下りそびれ、次の駅である終点・鰍沢口に着いてしまいました。
 特急停車駅で、多くの普通電車の折り返し駅なのですが、鰍沢口駅前は駅前食堂のひとつも見当たらない、地味で質素な駅前でした。
 駅前通りらしき道路に出ても、なんにもありません。どちらへ行けば飲食店などがあるのかも見当がつきません。
 マダムがスマホの地図を確認しています。400メートルばかり離れたところに店があるらしいのですが、右に行けば良いのか、左に行けば良いのか、どうも地図が読めないようです。
 最初に右へ向かいましたが、200メートルほど行っても飲食店らしきものは見えません。飲食店の近くにセブンイレブンもあるらしいのですが、それも見当たりません。斜め上に国道らしい陸橋が架かっていて、そこに上がる歩道がついていたので、
 「あれを上ってみれば、様子がわかるんじゃないか?」
 と私は言いました。しかしマダムは不機嫌そうに、反対側に行ってみようと言って引き返し始めました。
 こんどは左側に向かうと、じきに踏切があり、それを越えると街道らしき道路にぶつかり、家が建ち並んでいました。しかし道路のどちらを見ても、飲食店がありそうな様子ではないのでした。
 マダムはいらいらして私に当たり散らしたりしていましたが、ついにスマホの地図を私に見せました。最初から見せてくれれば良いのに、それはなんだか負けのような気がしたのかもしれません。
 地図を見ると、やはり駅前通りを右へ行き、さっきの歩道を上って国道に出るのが正しいことがわかりました。
 「だからあそこを上ってみればって言ったのに」
 「そう言われたって、どこを上るんだかわかんなかったんだから」
 「上る道なんて、あれしか無いだろ」
 「その手前までしか認識してなかったのよ」
 言い合いながら歩道を上がってみると、すぐに国道沿いのセブンイレブンの看板が眼に入り、その向かい側にちょっとした小料理屋があるのがわかりました。
 鰍沢口では、先へゆく電車が来るまで1時間15分ほど待ち時間があったのに、文字どおり右往左往しているあいだに時間が過ぎ、あと40分足らずになってしまっていました。店から駅までは400メートル余ということなので、6、7分は見なければなりません。店での滞在時間は30分ほどです。
 わりに新しい、清潔な店で、個室もいくつかあるようでしたが、私たちはカウンター席に坐りました。いろいろおいしそうなメニューも眼についたのですけれども、時間がかかると困るので、そばを食べて済ませました。その味もなかなかのもので、良い店を見つけたと思います。

 鰍沢口14時09分の電車で先へ向かいます。めっきり山岳路線っぽくなった身延線電車に揺られて30分弱、14時37分に波高島に到着しました。ここは特急も停車せず、鰍沢口に輪をかけてなんにもない駅前でした。
 ここから切り絵の森美術館までは2キロちょっと離れており、アクセス案内でも「徒歩30分」と書かれていました。
 しかし、読みが甘かったようです。富士川にかかる橋の上は強い風が吹いていて気持ちも良かったのですが、その先はとにかく暑い。国道52号を横切ってから登り道にかかるとこれが予想外にしんどい。徒歩30分というのは、歩くにふさわしい季節での見積もりであったようです。炎天下をだらだら歩く私たちは、45分近くを要して、汗まみれになりながらようやく辿り着きました。ふたりともよほどグロッキーな顔をしていたらしく、切符売り場のお兄さんに
 「だ、大丈夫ですか?」
 と訊ねられたほどでした。
 小さな美術館かと思っていたら、富士川クラフトパークという大きな園地の中にある一施設で、3棟に分かれた見応えのあるものだったので驚きました。クラフトパーク内には道の駅もあり、遊歩道やカヌー場、ドッグランなども備えた総合レジャーパークだったのでした。
 3棟のうちひとつは企画展示場で、こちらは別料金ということだったので、時間がけっこうタイトになってきたこともあり、常設展示の2棟だけ見学しました。関口コオ百鬼丸など私でも名前を知っているような大家の作品も展示されていましたし、意欲的な若手の作品も数多く並んでいます。細密画と見まごうようなものすごく手の込んだ作品もあれば、明るくして見たときと暗くして見たときとでまるで違う絵になるという趣向作もあります。
 ここが主催して世界中から出品を募った切り絵コンテストの入賞作なども展示されていました。プロアマを問わずということだったのかもしれませんが、アマチュアの作品でもおそろしく高水準なので、溜息をつくばかりでした。
 切り絵の森美術館を訪れたのは、そんなに切り絵を鑑賞したい情熱があったからではありません。身延線で途中下車して、どこか面白いところはないかと探しただけのことでした。身延山は前に行っており、その他は沿線に大した観光地も無いなあと思いながら見つけたのがここだったのですが、思いもよらず充実した施設で、時間が少ないのが残念でなりませんでした。
 波高島発16時54分の電車に乗らなければ、家に帰り着くのが午前様になってしまいます。帰りも歩くのは難儀なので、タクシーを頼むつもりでした。タクシーならば波高島よりも、下部温泉駅に行って貰ったほうが良いかもしれません。同じ電車の下部温泉発は16時51分です。
 アクセス案内には、下部温泉駅からクルマで5分と書いてありましたが、余裕を持って16時40分には発ったほうが良いでしょう。着いたのが15時20分頃でしたから、ほんの1時間20分ほどしか滞在できなかったことになります。甲府駅発の時刻を間違えていたことが悔やまれます。当初の予定では、3時間くらいは滞在できることにしておいたはずだったのでした。またいずれ、時間の余裕があるようにして訪れてみたいと思いました。
 切符売り場でタクシーを呼んで貰いました。途中の道が混んでいるらしく、下部温泉16時51分発の電車に間に合わせられるかどうか微妙だとのことでした。
 ロータリーのところで待っていると、45分を過ぎた頃にタクシーがやってきました。
 「時間が微妙なんで、このまま身延駅まで行って貰えますか」
 と頼みました。
 「う〜ん、なんとか大丈夫そうだとも思うんですが、まあわかりました」
 身延は波高島から7キロ弱離れており、おそらくタクシーのほうが電車よりも先回りできるはずです。それより何より、乗ろうと思っていた電車は、なんと身延駅で40分間という、いまどき珍しいほどの長時間停車をすることになっており、確実に間に合うのです。
 とはいえ、クルマは私たちが汗をかきかき歩いてきた道をあっさりと引き返し、下部温泉51分はギリギリでも、波高島54分なら余裕で間に合いそうな感じでもありました。しかし、このまま身延へ向かって貰うことにします。
 途中の道が混んでいるということも全然無く、12、3分で身延駅に到着しました。所要時間は短かったのですがメーターはけっこう上がっていて、やっぱり波高島に着けて貰うべきだったかと後悔しました。
 身延駅には6年ぶりに立ち寄りましたが、駅前の様子はちっとも変わっていませんでした。齢をとるにつれ、過去から現在に至る感覚がどんどん短くなっているように思えます。

 身延駅前の土産物屋で、マダムが最後の土産物を買い込みましたが、すでに到着している電車の中に入ったほうが涼しいので、プラットフォームに上がりました。
 身延線はもともと私鉄の路線だったため、ローカル線には珍しく全線電化していますし、駅間距離も短くなっています。飯田線のミニサイズといった趣きです。最近はディーゼルカーでも機関車牽引客車でもお構いなしに「電車」と呼ぶ向きが増えていますが、私はしっかり呼び分けないと落ち着かないたちで、それだから身延線に関しては常に「電車」と書いてきました。小海線はディーゼルカーです。
 中央線の普通電車がロングシートばかりになって、青春18きっぷの旅がいよいよ味気なくなってしまいましたが、身延線の電車はいまでもほとんどがクロスシートになっています。JR東日本JR東海の差かとも思いましたが、JR東海とて東海道線や中央線ではロングシート率が著しいことを考えると、要するに新車がロングシート主体なのであって、身延線のようなローカル線にはまだクロスシートの旧式車輌しか入っていないということなのかもしれません。
 ともあれ、ここまで身延線の電車に3本乗ってきましたが、いずれもクロスシートで、くつろいで乗ることができたのはありがたい話です。
 さて、ここからは一路帰宅の途につけば良いようなものなのですが、夕食をどうするかという問題があります。沼津か熱海で駅弁でも買えば良いかとも思ったのですが、乗り継ぎの時間が案外タイトです。
 身延線の途中に富士宮があり、B級グルメ好きのマダムが以前よく「富士宮やきそば」を推して騒いでいたことを思い出しました。
 「富士宮で下りてやきそばを食べて行くか?」
 と軽い気持ちで提案しました。乗っている電車は富士宮着18時49分です。そのひとつ手前の西富士宮から終点の富士までは、区間運転がたくさんあり、19時30分発という電車に乗ればその後の接続がわりとうまくゆき、しかもわりとレアな「沼津発の上野東京ライン」に乗り継いで、23時過ぎに帰宅できることがわかりました。なお、その1本あとというのが、下部温泉や波高島や身延で乗り損ねた場合の次の電車にあたり、富士宮では21分差しかないのですが、富士以降の乗り継ぎ事情が極度に悪く、帰宅が午前様必至となるわけでした。
 マダムは即座に
 「やきそば食べてく」
 と答え、スマホで富士宮やきそばの店を探し始めました。かくして、身延線内本日3度目の途中下車をすることになりました。
 富士宮駅は意外に都会で、駅前にもかなり大規模なペデストリアンデッキが作られていました。マダムが調べた、いちばん駅から近い店に急いで行ってみました。ところが、定休日ではないはずなのに、店は閉まっていました。お盆休みか、あるいは「山の日」になったせいなのか。
 乗り継ぎ時間は40分で、次の店を探している暇は無さそうです。駅の反対側にイオンモールがあり、その中にもやきそばを食べられる店があるとマダムが言うので、迷わずイオンモールに向かいました。
 つい先月末に完成したばかりの新しいモールでした。食堂が並んでいるエリアはかなり奥まっていて、そこでもだいぶ時間をロスしました。
 確かに富士宮やきそばの食べられる店はありましが、休日の夕食どきとあって、家族連れなどが店の前にずらりと並んでいます。入店を待っている時間はありません。
 フードコートにやきそばが無いかと思いましたが、パスタの店はあったもののやきそばはありません。
 最終手段として、スーパーでパック詰めのやきそばを買い、レジ外の電子レンジで温めました。割引き品となっており、二人前で255円なり。
 温めたやきそばを、フードコートのテーブルで食べるつもりだったのですけれども、電子レンジを動かしているうちにさらに時間が過ぎ、それも無理になりました。パックごとバッグに詰め込み、駅に早足で戻ります。
 19時30分の電車に乗ってから、生温かいやきそばを食べました。短距離の区間運転なので、今度こそロングシートだったら食べづらいなと危惧しましたが、これもクロスシートだったので助かりました。
 富士着19時48分。思いもよらず身延線で何度も途中下車して、あわただしい想いもしましたが、それなりに愉しめました。

 富士発19時56分。浜松から熱海までというかなり長距離の電車なのに、思ったとおりオールロングシートです。
 この電車に熱海まで乗ってゆけば良いようなものですが、沼津で下りると、19分の乗り継ぎで上に書いたレアな上野東京ラインに乗ることができます。最後はグリーン車に乗ろうと思っていたので、乗る区間は長いほうが得をした気がします。
 上野東京ライン、湘南新宿ライン、あるいは総武線とか常磐線とかの普通電車のグリーン車は、平日と休日で値段が違い、また事前に駅で券を買った場合と乗り込んでから車中精算で買った場合とでも値段が違ってきます。乗車距離は50キロを境として2段階のみです。
 これらの列車が走っている駅では、プラットフォームにSUICA用のグリーン券発券機が設置されているのが普通です。つまりその機械でグリーン券情報を登録したSUICAを、乗車後に天井のセンサーに近づけると、ランプが赤から緑に変わって、その客が正当なグリーン車の乗客であることを証明するわけです。
 が、このシステムはJR東日本のもので、JR東海の駅である沼津には、プラットフォームの発券機がありませんでした。改札に行って訊いてみると、窓口で券を買って乗るようにとのことでした。けっこう面倒な話で、19分もあって良かったと言うべきでしょう。私がグリーン券を買うあいだ、マダムは売店であれこれ買い込んでいました。富士宮やきそばだけでは物足りなかったと見えます。
 休日の事前購入ですから、いちばん安いパターンです。ひとり780円で、沼津から赤羽までのグリーン券が入手できました。
 乗車したあと、その券をセンサーに近づけても、何も起こりません。どうするのだろうと思っていたら、熱海から乗ってきたアテンダントがグリーン券を確認し、どこかで操作したらしくいつの間にかランプが緑になっていました。
 沼津発20時35分、赤羽着22時56分、当節としてはけっこうな長時間乗車でした。
 川口駅に着いて駅の外に出たら、思いのほか涼しかったので意外でした。さっき上野東京ラインの電車に乗っている最中、かなり強勢な雨が降ったので、そのおかげでしょうか。しかし、家まで歩くと、やっぱり湿気はかなりあったようでやっぱり汗をかきました。
 私の携帯電話に万歩計の機能がついているので、帰宅してから確認すると、1万5000歩を超えていました。9〜10キロ歩いた計算になります。前の日もそのくらい歩いていました。
 「リラックスしに行ったのに、だいぶ疲れちゃったよ」
 とマダムが言いましたが、文句を言っている風ではありませんでした。心地良い疲れであったのに違いありません。

(2016.8.13.)


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