青春18墓参行みたび──大「環状線」の旅 (2014.8.31.〜9.1.)

I

  高尾にある私の祖父母の墓参りと、前橋にあるマダムの祖父母の墓参りに、また行ってきました。一昨年(2012年)は行かず、去年3年前に行っていますが、主に夏の旅行で使った青春18きっぷが残っていたのを消化すべく墓参小旅行をやっています。一昨年の夏は青春18きっぷを使う機会が無かったので、墓参りにも行かなかったという次第です。
 が、今年(2014年)は少し様相が異なっています。今年は7月末に青春18きっぷを使って出かけてきましたが、初日と3日目に使用しました。ふたりで出ているので、2日分使ったということは、青春18きっぷに設定されている5区分のうち4区分を使ってしまったことを意味します。3年前は山梨ホテルクレストに、去年はローカル私鉄の旅に使った残りを充当しましたが、それらは1日分、つまり2区分しか使っていなかったのでした。
 今年はすでに4区分を使っていますので、残りは1区分しかありません。これでは墓参りに行くにあたってあまり旨味が無いので、この1区分は先日、マダムが友達に会いに出かける時に提供してしまいました。それですでに今年の青春18きっぷは使いきってしまったわけです。

 従って、今年はもう墓参りを取りやめても良かったのですが、なんとなく行くアタマになってしまっていたのと、『法楽の刻』を仕上げてとりあえず一息ついたところでリフレッシュしたいという気分があったのとで、2枚目の青春18きっぷを購入して出かけることにしたのでした。『セーラ』はまだらちがあかないし、『星空のレジェンド』にもそろそろ着手しなければならないし、本当は気を抜いている時では無いのですが、まあ一二日気分を入れ替えてこないと自分も煮詰まってしまうし、と自己を正当化しました。
 そして2枚目の青春18きっぷを買うならば、それを充分に使いきるためにも、2日かけて旅してこようと考えました。そうするとまた4区分を消費できます。
 高尾と前橋という、かけ離れた場所にあるお墓に同日に参るので、ちょっとした小旅行にはいつもなっていますが、泊まりがけにしたことは今までありません。かなり以前に、前橋のお墓に参ってからその足で足尾まで行って温泉に泊まったということはありますが、その時は高尾のお墓には参りませんでした。
 去年の墓参行のラストで、前橋駅前の温泉に漬かり、それがなかなか良かったので、今年もそこを訪れることにして、その近くのホテルに泊まり、翌日少し足を伸ばす、という行程を組んでみました。
 で、昨日(8月31日)から今日(9月1日)にかけて行ってきました。なんだか青春18きっぷの件と言い、無理矢理こじつけたような感じですが、けっこうリフレッシュはできた気がします。

 8時14分新宿発の臨時快速「ホリデー快速富士山1号」に乗りました。中央線方面に出かける時は、たいてい武蔵野線経由の臨時電車などを使うことが多いのですが、この夏はどうしたことか、大宮方面から武蔵野線を経由する「ホリデー快速」が運転されていません。今まで乗った限りにおいては、決して利用率の低い列車ではないと思うのですが、削除されてしまったのは不思議です。ともあれそういう列車が無いので、おとなしく新宿から乗ることにした次第です。
 高尾までですから、もちろん普通の特快電車にでも乗れば良いようなものですけれども、せっかく特急車輌のホリデー快速が運転されているのに乗らないのももったいない気がします。ふだん通勤電車でしか通らないところを特急車輌で通るのも新鮮ですし、中野国分寺に停車しないのも新鮮です。マダムも喜んでいました。ただし、スピードはあんまり出ません。中央快速線はぎりぎりいっぱいのダイヤなので、どの列車も全体的なスピードを合わせなければならず、停車駅が少ないと逆にそれだけスピードが落ちるという情けないことになっています。
 新宿〜高尾45分という、特快よりむしろ遅いくらいの時間をかけて、8時59分高尾着。列車はこのまま河口湖まで行きますが、立川八王子までで下りる客も多く、高尾でもだいぶ下りました。みんな、ちょっとした非日常を味わってみたかったのでしょう。
 高尾駅からバスですが、祖父母の墓のある八王子霊園方面へ向かう便は多く、たいてい1、2台駅前に待機しています。「霊園正門」というバス停で下りると、「東京霊園」というのと「八王子霊園」が隣接しているので、馴れないと迷います。もう20年以上前になりますが、私がはじめてひとりで墓参りをしてみようと思い立って行ってみた時は、見事に霊園を間違え、探し当てられないでいるうちに陽が暮れてきて、結局なすすべなく引き返すはめになりました。
 この霊園の墓石は規格が決まっているようで、みんなほとんど同じ形と大きさをしています。その点でも探しにくいのですが、さすがに3回目ともなるともう迷うことはなく、まっすぐに墓に向かいました。
 都立の霊園だけあって、芝刈りや掃除も行き届いています。参拝者がそういう作業をする必要はほとんどありません。前に供えられた線香の燃えかすをかき出して捨てるくらいです。
 あとは水を入れ替えて、前日用意しておいた花を活けます。私らはたいてい前もって家の近所のスーパーマーケットで供花を買って持ってゆきます。墓地の近くで買ったりすると、たいてい倍以上の金額をぼったくられることになるので、敬遠しています。
 祖父の好きだったコーヒーと、東ハトオールレーズンを供えるのが常なのですが、今回はマダムがうっかりオールレーズンを忘れてしまいました。マダムの祖父母の墓に供えるお菓子類も全部忘れてきたとのことです。出がけにせかしたのが悪かったのかもしれませんが、残念なことでした。前回はライターのガスが無くなっていて線香に点火できず、私がけっこうねちねち責められましたので、これでおあいこと言うべきかどうか。ともあれ缶コーヒーだけ供えて参拝しました。

 雨がいつ降るかわからないような天気ではありますが、いちおう降ってはおらず、気温もここしばらくの例に洩れずかなり低くて、近年の8月末とは思えないような過ごしやすい日でした。ただ湿度はかなり高く、歩けば汗ばみましたし、何よりマダムは気管支炎が治りかけだったり、私も金曜日に医者にかかったりしたような状態で、ふたりとも体調がよろしからず、霊園の中の坂道を上がるだけで息が切れました。
 高尾駅に戻り、ふた駅だけ乗って八王子に出ました。ここから八高線群馬県に向かうのがおきまりのルートです。私らの鉄道趣味のせいだけではなく、八高線にはマダムの祖父の想い出と結びついた路線なのでした。生前前橋に住んでいたマダムの祖父は、当時聖蹟桜ヶ丘に住んでいた長男(マダムの伯父)を訪ねる時、決まって八高線で八王子まで来て、京王線に乗り換えたのだそうです。当時としても、高崎線を使って大宮から埼京線に乗り換え、新宿から京王線というルートにしたほうが所要時間は短かったのではないかと思いますが、八高線にのんびり揺られるのが好きだったのでしょう。
 その頃は八高線に走っているのも鈍足のキハ40系であったと思いますし、高麗川で強制的に乗り換えさせられるということもなかったでしょうから、八高線といえどもだいぶ様変わりしていますが、車窓の景色はさほど変わりません。関東平野の西辺の、丘陵地帯との境目あたりを縫うように走ります。新田義貞鎌倉を攻めたルートでもあろうと思います。
 最初の、3年前の墓参行の時は、高麗川で電車からディーゼルカーに乗り換えるにあたって45分くらい待ち時間があり、少々もてあましました。その反省にもとづき、去年は2分乗り換えという便にしてみたら、待ち時間はなかったものの、座席の少ないディーゼルカーは大半埋まっていてなかなか坐れませんでした。それで、今回は30分ほどの待ち時間がある電車にして、ディーゼルカーがすいているうちに乗り込めるよう配慮しました。私思うに、八王子〜高麗川を電化したからと言って、電車とディーゼルカーに完全に運行を分離することもなかったのではないでしょうか。八高線のディーゼルカーに使われているキハ110系は、小海線ハイブリッドカーの試験をしていたはずで、それをもう少し発展させれば、電化部分は電車として、非電化部分はディーゼルカーとして走らせることも不可能ではない気がします。それによって、八王子〜高崎の直通運転も残せば良かったのにと思うのです。

 高崎着13時09分。高崎駅は近年ずいぶんお馴染みになってしまいました。1ヶ月前にも訪れて、眼医者を捜したり、ウナギ屋を捜したりしました。墓参行の時は毎回ここで昼食をとっていますけれども、それ以外にもなぜか立ち寄ることが多いのです。マダムと一緒のこともあれば、私ひとりということもあります。あんまり遠い気がしなくなってきました。
 駅の構造などもすっかり身についてしまいました。東口側と西口側に別の駅ビルがあるのですが、その両側を活用します。今回は、東ビルにある携帯電話ショップでマダムの携帯電話の充電をはじめ、西ビルに行って昼食をとり、また東ビルに行って携帯電話を回収しつつアイスクリーム屋に立ち寄るなど、東奔西走(?)と言うべき状態でした。東西通路の途中でストリートシンガーの女の子が

 ──死んでしまえと思った 死んでしまえと思った♪

 と連呼して歌っていたのが妙に耳につきました。

 14時48分の電車で前橋に移動しました。墓地は前橋市内ですが、最寄り駅は上毛電鉄心臓血管センターです。それで上毛電鉄の起点である中央前橋にさらに移動しなければなりません。
 さほどの距離ではないので、前回も前々回も、前橋駅から中央前橋駅まで歩いたのですが、途中に大きな歩道橋があったせいもあり、前回あたりからマダムから苦情が出ました。疲れると言うのです。
 今回は体調不良ということも鑑みて、両駅間を結ぶシャトルバスに乗ることにしていました。このシャトルバス、木張りのレトロ調バスとして前橋の名物になっていたのですが、お化粧直しのためとかで、しばらく普通のバスで運行していました。少し残念です。
 上毛電鉄の電車の到着と出発に合わせての運行なので、1時間2便しか無いのもやや不便で、だいぶ待たされました。しかし乗ってしまえばやはり楽で、あっという間に中央前橋駅に到着します。
 最近のローカル私鉄標準型と呼ぶべき井の頭線のお古の車輌に乗って12分、何度来てもいっこうに駅前が発展した様子のない心臓血管センターに到着します。この駅はもともと列車交換のための信号所に過ぎず、駅名になった医療施設が近いので駅に昇格したものの、商業施設らしきものは周囲にほとんど見当たりません。
 しかし墓地には近く、重宝します。道順もすっかり身につきました。
 こちらは都立の八王子霊園のようには墓地側が管理してくれず、参拝の少ないお墓は雑草がボウボウに茂っています。
 マダムの祖父母のお墓にも、だいぶ雑草が生えていました。雑草というにはずいぶん立派に育ったものもあります。今回などは、百合の花が一本きれいに咲いていましたが、その位置からしてどう考えても誰かが植えたとは思えず、雑草の一種らしいのでした。せっかくなので、その花だけはそのままにしておきました。
 草取りに少し手間取りましたが、無事に参拝を終え、心臓血管センター駅に戻ります。依然として気温は上がらないのですが、だいぶ汗をかき、早く風呂に入りたい気分です。

 中央前橋駅から、またシャトルバスで前橋駅へ戻り、それから駅近くのホテルにチェックインしました。
 しばらくしてから外へ出て、まず駅前のショッピングモールの中の食堂で夕食をとりました。
 このモール、はじめてマダムと私が電車で墓参りに来た6年前の暮れにはイトーヨーカドーでした。供花はそこで買ったのです。ところが、3年前の夏、同じように供花を買うつもりで来てみたら、なんとイトーヨーカドーが潰れていました。その時はまともな花屋でまともな値段の花束を買わねばならず、だいぶ出費がかさみました。そして去年来てみるとエキートというモールに変わっていたわけです。テナントは去年より増えているようですが、まだ店が入居していなかったり、工事中の箇所も多く、なんとも心許ない雰囲気です。県庁所在地駅の駅前という恵まれた立地なのに、この心許なさはなんなんだろう、と思ってしまいます。
 とはいえ、食事に入ったグリルはなかなかのレベルでした。食べログでもかなり評判の良い店であったようです。
 そのあとで温泉に漬かり、ボディケアなども受けて、だいぶ体調が復してきた気がしました。
 これで帰らずに、ほとんど隣と言って良いホテルに泊まればよいというのが、実に気楽です。やはり出かけてきて良かったと思いました。

(2014.9.1.)

II

 高尾にある私の祖父母の墓と、前橋にあるマダムの祖父母の墓に参ったのち、前橋駅前のホテルに一泊した私たちは、翌9月1日(月)の朝8時51分の電車で前橋を発ちました。
 前橋からは、時間帯によっては上野への直行の電車も走っており、帰宅するつもりであれば高崎に向かって2時間もあれば帰れます。これまでの墓参行では、そのように日帰りするのが常でした。
 しかし私たちが乗ったのは、反対向きの小山行きの電車です。少し足を伸ばして列車に乗ってこようと考えたのでした。せっかく青春18きっぷがあるので、鈍行の旅を堪能したいと思います。

 両毛線というのは上野(こうづけ)と下野(しもつけ)の両方の「毛(け)の国」を結ぶ路線であるところから名付けられたわけですが、実は首都圏でもっとも外郭を走っている環状線のひとつでもあります。環状線と言えば、普通は山手線とか大阪環状線のように、ぐるっとまわって同じところに戻ってくる路線をイメージするでしょう。石原慎太郎氏は都知事時代、都営12号地下鉄の名称が「東京環状線ゆめもぐら」とほぼ決まりかけていたのを、

 ──環状線というのは乗っていれば何周でもできるようなのを言うんだ。この地下鉄は6の字運転で、途中で停められてしまうじゃないか。まったく最近の役人は日本語に対する感覚がなっとらん。

 と大フンガイして一蹴し、「大江戸線」に変えさせたほどです。
 しかし、交通学における環状線は、実はそういうものではありません。
 都市とか都市圏とかの中央部(都心)から四方八方に伸びる鉄道や道路を「放射状路線」と言います。東京圏であれば東海道線東北線中央線などみんな放射状路線です。環状線というのはこの放射状路線に対する言葉であって、複数の放射状路線と交差して、放射状路線相互の連絡の便宜を図る路線のことを指します。だから山手線や大江戸線のように「閉じた環状」になっている路線はもちろんのこと、京王井の頭線東急大井町線東武亀戸線のような短い路線や断片的な路線であっても、定義上は環状線と見なされます。東武亀戸線は東武スカイツリーライン総武線というふたつの放射状路線を連絡する環状線であるわけです。東急池上線のように、放射状路線と環状線の両方の性格を兼ね備えた路線もあります。
 JRの武蔵野線ももちろん環状線です。大半の駅でJRや私鉄の放射状路線と接続しています。あまり便利な乗り換えになっていない駅もありますが、いちおう重宝します。東武東上線ふじみ野にある短大に勤めていた時などは大いに役立ちました。武蔵野線が無かったら、毎回赤羽池袋の大混雑の中での乗り換えを強いられ、体力と気力を削られたことでしょう。武蔵野線は実は鶴見まで伸びていますが、府中本町〜鶴見間は貨物線であり、南武線と並行しているせいか旅客化の動きは無く、時々臨時列車が走るくらいです。これが旅客化されれば、さらに多くの放射状路線と交差することになり、便利でしょう。そうでなければ南武線との直通などをおこなって貰いたい気がします。
 その南武線も当然環状線ですし、そのさらに外郭には東神奈川横浜線八王子八高線高麗川川越線大宮東武野田線船橋と連なった大環状線もあります。ここまで来ると多くの路線に分断されてしまっており、しかもそれぞれの路線の乗り換えもさほど便宜を図られてはいない感じですが、八高線の高麗川以南を電化して川越線に直通させたのは環状線的なありかたの強化であったかもしれません。
 さて、八高線は高麗川以北も、主に東武東上線系統の放射状路線と連絡する環状線としての機能を持っており、それは高崎と新前橋を経て両毛線に連なっていると言って良いと思います。高崎・前橋小山という、首都圏のかなり北方の衛星都市を結びつつ、東京から伸びてくる東武鉄道系の放射状路線の末端近くを連絡していますから、最外郭の環状線と呼べるでしょう。
 伊勢崎東武伊勢崎線桐生足利では少し遠いですが東武桐生線と東武伊勢崎線、佐野では東武佐野線栃木では東武日光線と、2〜3駅ごとに東武各線と連絡できる結節点があります。東京方面に帰ろうとすれば、いろんなところから帰れるわけです。また桐生では、もっと外側へ向かう放射状路線、わたらせ渓谷鐵道を分けます。
 環状線の性格のひとつに、連絡する放射状路線相互に乗り継ぐ乗客が多いために長距離を乗り通す客はそう多くない、ということがありますが、両毛線もそんなところがあり、ちょくちょく乗客が入れ替わります。そしてけっこう、どの区間に乗ってもがら空きということは少ないようです。「短距離客が多く、どの区間も混んでいる」というのは、山手線と共通することであり、両毛線も営業成績はかなり良い路線で、堂々と幹線鉄道網に名を連ねています。
 車窓としてはさほどの面白さはありません。沿線は古くから開発が進んで、人家と田畑に終始しています。関東平野の北辺を走るだけに、少し距離を置いて山並みが見えますが、それが近くも遠くもならず、ずっと同じ調子で連なっている印象です。坦々と1時間40分ほど走り、10時30分に小山に到着しました。

 小山から、水戸線の電車に乗り換えますが、この乗り換えは非常に不便です。もともと両毛線のプラットフォームが、東北線のそれとは完全にずれた形で北側に設置されています。それで東北線と乗り継ぐのでさえ面倒なのですが、水戸線のプラットフォームのほうはその反対側に、むしろ東北線プラットフォームの南端に揃うような形で設置されています。対角線をゆくようなもので、しかもその対角線の途中に新幹線のコンコースがあるため、迂回して歩かなければなりません。
 小山では7分の乗り換えだったのですが、かなりせかせか歩いても5分ほどかかりました。のんびりしていたら乗り換え損ねるでしょう。
 なんでこんな不細工なレイアウトにしたのか、小山駅を訪れるたび理解に苦しみます。両毛線のプラットフォームを南に下げて、東北線に並べれば良いと思うのですけれども、駅舎がでんと鎮座してそれ以上下げられません。現在の駅舎は新幹線が通ることを念頭に置いて1978年にできたそうですが、そもそも新幹線駅の置きかたが間違っていたとしか思えません。
 なんとか10時37分発の水戸線電車に乗り継ぎます。水戸線電車は最近はオールロングシートになっていると思います。列車をロングシートにする理由というのは、普通は混雑するために立ち客を増やし、また立ち客の移動を楽にさせるためと考えられるのですが、水戸線はそれほど混雑する路線とも思えません。クロスシートよりも清掃費が安く上がるという話があり、それがむしろ主な理由かもしれません。また常磐線電車との共通運用の都合ということもあるのでしょう。いずれにしても、車内で弁当は食べにくいし、景色を見るのには首をねじ曲げなければならないし、旅情が削がれることは確かです。
 さて、水戸線も首都圏の最外郭環状線の一部をなしていると言って良いでしょう。東北線と常磐線の両幹線を結ぶのが使命で、両毛線と同じく営業成績は良く、こちらも幹線鉄道網に分類されています。前日の行程からつなげて考えると、今回は八高線・両毛線・水戸線と、関東平野の西辺から北辺にかけて大規模な環状線の旅をしているようにも思えます。
 ただ水戸線は、両毛線のように何駅かごとに放射状路線と交差するということにはなっていません。途中他の路線と接続があるのは下館だけで、この駅で連絡している関東鉄道常総線が放射状路線であるかといえば微妙なところです。起点の取手はさすがに都心の駅とは言えないでしょう。むしろ常総線自体が、常磐線とつくばエクスプレスを連結する環状線とも言えます。井の頭線が小田急京王を結ぶ環状線でありつつ吉祥寺へ向かう放射状路線の性格も持っているのと同様、常総線もなかば環状線、なかば放射状路線という性格を併せ持っていると考えられます。
 接続する放射状路線が少ないだけに、両毛線よりは少し田舎びた雰囲気があります。筑波山の北麓側を通っているという事情もあるかもしれません。それでも、結城市・筑西市・桜川市・笠間市と4つの市を経由し、常磐線の友部に達します。乗っていた電車はそのまま勝田まで直通するので、水戸で下車しました。

 今回水戸線に乗ったのは、マダムの叔父さんの薦めによります。叔父さんは現在は鉄ちゃんというほどではないようですが、子供の頃は鉄道ジャーナル誌などを購読していていたらしいので、まあ鉄上がりというところでしょうか。商業施設の全国チェーンに勤めていて、何年かごとにあちこち転勤しています。しばらく小山の店舗に居たことがあり、マダムがローカル線に乗ってきた話などをすると
 「水戸線に乗れよ、水戸線に」
 といやに熱心に薦めていたのでした。私の印象としては、水戸線は幹線としてもローカル線としてもいささか中途半端な路線であるように思えるのですが、ともあれマダムは水戸線に乗って、叔父さんへの義理を果たしたみたいな気分であったようです。
 次に乗る水郡線は、マダム自身の希望でした。そしてこちらはまごうことなき「本格的な」ローカル線です。マダムとは去年あたりからローカル私鉄に乗りに行っていますが、水郡線はJR路線であることもあって、なかなかうまく組み込めませんでした。140キロ近くにも及ぶ長大ローカル線なので、私鉄と組み合わせようとするとバランスがとれないわけです。日立電鉄があった頃ならつなげやすかったのですが、それが無くなってしまったので、ローカル私鉄の旅とは別に考えたほうが良いと判断しました。両毛線から水戸線へ乗り継いで水戸へ出た今回が、ちょうど良い機会です。
 水戸着が12時12分で、3分後の12時15分に発車する水郡線列車がありましたが、これは途中の常陸大宮行きです。もっと先へ行くのは1時間後の13時15分発ですので、水戸の駅ビルで昼食をとりました。
 約1時間という待ち時間は、私の感覚ではかなりの余裕なのですが、女連れの場合はけっこうあわただしいようです。駅ビルで昼食をとり、コンコースに下りて、外のデッキの水戸黄門像を見たりしていると、早くも出発時間が迫ってきました。
 シルバー地に白・黒・赤・青・黄とカラフルに塗りたくられたキハE130系ディーゼルカーに乗り込みます。これだけ多くの色彩を採り入れた鉄道車輌は、いわゆるジョイフルトレイン以外では珍しいのではないでしょうか。
 3輌編成でしたが、後の2輌は常陸大子で切り離し、単行となって郡山まで走ることになっています。乗ろうとして気がつき、先頭車輌まで走って乗車しました。いちど途中下車する予定ですが、常陸大子よりは先になります。
 水戸を発車し、常磐線と分かれると、水郡線の列車はすぐさま鬱蒼とした林の中に突入するのでびっくりします。しかし那珂川を渡ると普通に都市郊外の雰囲気となり、民家と田畑が混在する車窓風景となります。
 旧道に沿って敷設された路線のため、新しい道路に面していることの多い郊外型の大規模商業施設は利用しづらくなっています。また駅に通じる道が狭い場合が多く、パーク&ライドやキッス&ライドもしにくいと思われ、乗客は減りつつあるのが実状であるようです。ただそれだけに、車窓はひなびて感じられ、ローカル線気分を存分に味わうことができます。
 実際には常陸大宮までが水戸の近郊という趣きで、その先は久慈川に沿って八溝山地に分け入る山岳路線という性格になります。車窓もそのあたりからが佳い感じになるのですが、私もマダムも朝早かったせいかうとうとしていました。
 車輌を切り離す常陸大子のひとつ先の下野宮までが茨城県で、次の矢祭山から福島県となります。この矢祭山で途中下車しました。
 途中下車せずに郡山まで直行すると帰宅が21時過ぎとなり、どこかで途中下車して1本あとの列車に乗り継ぐと帰宅は22時過ぎとなります。袋田の滝だとか西山荘だとかを見ようとすると乗り継ぐのは2本あとの列車になり、帰宅は23時半過ぎになります。2本あとで急に帰宅時間の間が空くのは、最終的に宇都宮から乗る列車が快速であるか各駅停車であるかによることで、最後のプランでは宇都宮からの快速がすでに運転されていないのでした。この3プランのどれを実行するかマダムに訊いてみたところ、第2のプラン、つまり1本あとの列車に乗り継ぐ途中下車というのを選びました。
 水郡線の沿線にはそれほど観光地が多くなく、あったとしても上記の袋田の滝とか西山荘とかのように、駅からかなり時間を要する場所になって、1時間程度の途中下車で愉しめるところはなかなか見当たりません。その中で私が矢祭山を選んだのは、県境近くであるだけにかなり山深いと思われたのと、駅附近の地図を見るとすぐに「矢祭山公園」という園地の敷地になっていることがわかったからでした。駅周辺を散策するだけでもわりに愉しめそうです。
 14時48分、矢祭山駅に下り立ちました。駅のすぐ近くを久慈川が流れて、吊り橋なども見えます。駅は無人駅でしたが、駅舎は朱色に塗られたしゃれた建築です。福島県の、ということは東北の最南端の駅にあたります。
 県境を越えましたが、ここの県境は別に分水嶺などにはなっていないようで、川は茨城県側へ向かって流れています。久慈川本流は、八溝山地の福島側に源流があって、そこから一旦北へ向かって流れ出し、八溝山地と阿武隈高地にはさまれた狭隘部を通ってUターンして南流するということであるようです。
 駅の前にはこぎれいな公衆便所と、数軒の土産物屋兼食堂が並んでいます。紅葉の季節などにはそれなりに賑わうのでしょう。夏休みも少しは賑わったのかもしれませんが、夏休み明けの平日である1日は、雨が降りそうな天気ともあいまって、ほとんどひとけがありません。
 地図にあった矢祭山公園というのは、山道を登らなければならないようだったので即座に諦め、川沿いを散策することにしました。国道118号を少し歩くと夢想橋という橋があり、そこを渡って対岸へ行くとバンガローが建ち並ぶキャンプ場などを経て、駅から見えた吊り橋(あゆのつり橋)を渡って戻ってくるというコースが、時間的にもちょうど良さそうでした。この他ちょっとした滝などもあるようでしたが、少し余裕が無くなりそうです。
 吊り橋を渡る時は、体重制限があるのではないかとマダムが心配していました。お互いが橋の上で動くと多少の震動を感じましたけれども、なんとか無事渡り終えました。
 駅に戻ると、町(矢祭町)のイメージキャラクター募集の貼り紙があるのをマダムが見つけました。締切は9月19日(金)で、最優秀に選ばれると賞金5万円と特産品詰め合わせが貰えるとのことで、私に考えてみろとせっつきました。そう言われても町について何も知りませんし、急にアイディアが出てくるようなものでもありません。暇があれば何か考えてみても良いかとも思いましたが、考えてみると5万円とはずいぶん安く上げるつもりであるようです。プロのデザイナーに依頼すればその10倍以上かかるでしょう。

 1時間だけでしたが、山と川の気をたっぷり浴びた気になり、15時50分の列車に乗り込みました。あとは郡山まで乗り通し、水郡線の旅を終えました。私は水郡線に乗り通すのはこれで確か3回目で、その他に1回水戸〜磐城棚倉間に乗ったことがありましたが、途中下車したのははじめてのことで、わりと地味な路線であるという水郡線の印象が多少変わったような気がします。
 郡山着17時26分。すぐに乗り換えても良かったのですが、ここでも約1時間余裕をとっていました。郡山からはひたすら東北線の電車を乗り継いで帰宅を目指すだけですので、ここらでひと息入れようかというつもりだったのです。
 が、マダムの携帯電話のバッテリーが上がりかけていて、前日に高崎駅でやったように、ショップに預けて充電したいと言い出しました。マダムはローカル線好きを標榜するわりには車内でずっと携帯電話をいじってばかりいる人で、半日も経つとバッテリーが上がってしまいます。
 ところが、高崎駅とは違い、郡山駅の構内には携帯電話のショップが無いようでした。あとは一路帰るだけだし、充電は諦めたらどうかと私は言いましたが、マダムとしては充電を優先させたいらしく、街中のショップに出て、5分でも10分でも充電してきたいとのことでした。仕方がないので、駅を出て商店街を歩きました。考えてみると、郡山の街を歩くのはこれがはじめてです。
 雨模様の宵の郡山の街をしばらく歩きましたが、マダムが言ったショップのあるはずの住所に、そんなものは見当たりません。うろうろしていると大きな駐車場に出て、そこには携帯電話ショップの契約スペースがありましたので、駐車場の管理人に訊いてみましたが、よく知らないようでした。
 結局ショップは見つからず、充電できないままで駅に戻りました。こういう場合に、見当たらないのがまるで私のせいみたいにマダムが不機嫌になるので厄介です。あとで調べたら、ショップがあった住所は現在は美容院になっていることが判明しました。見つからなかったのも当然だったのでした。
 駅への戻り道で、郡山に本店のある和菓子屋を見つけて土産を買い、軽く虫を押さえるための食べ物と飲み物をコンビニで買い込みました。駅でトイレに寄る時間も無くなり、あわただしく黒磯行きの電車に乗り込みました。平日の夕方ですから混んでいます。マダムはなんとか坐らせましたが、私はしばらく坐れませんでした。

 東北線は、昔は特急や急行はもちろん、長距離の普通列車がいくらも走っている路線だったのですが、新幹線開通後は凋落の一途を辿り、優等列車といえば「北斗星」「カシオペア」だけ、残った普通列車も運転区間が小間切れに分断されて、こまめに乗り換えないと先へ進めないことになってしまいました。特に黒磯では完全に分けられて、この駅をまたいで走る列車は上記の寝台特急以外1本もありません。発着プラットフォームすら別々になっています。また宇都宮をまたいで走るのも朝晩にごく数便あるばかりで、ほとんどの時間帯は、黒磯と宇都宮が「絶対乗換駅」となってしまっています。
 そういうわけで私たちもこの両駅で乗り換えて帰ってきました。宇都宮で乗り換えがあったおかげで駅弁が買えたのと、通勤快速のボックスシートに坐れたのでその駅弁を食べやすかったというのが取り柄でしょうか。また宇都宮で発車を待っていると、隣に「北斗星」がやってきて出て行ったのも眼福でした。
 宇都宮発20時36分、小山に21時02分に着きました。午前中に両毛線から水戸線への乗り換えで小山を通ってからほぼ10時間半を経て同じ駅に戻ってきたことになります。さらに言えば、前日に川口からは赤羽方面に出ているので、2日間かけて大きな一筆書きの「∞」字を描いてきたようでもあります。八王子〜高尾間、安積永盛〜郡山間だけ折り返していますが、まあ無視できるくらいの長さです。
 この「∞」字の総延長は、JRの営業キロにして648.3キロ、東京から東海道線で発てば姫路の少し先くらいまでの距離になります。普通に払った場合の運賃は9830円、途中に地方交通線の八高線と水郡線が含まれますが同じ運賃域に含まれます。これに折り返し区間の往復運賃を加えると10530円となり、青春18きっぷ2区画分の4740円の倍額をかなり上回りました。だいぶ堪能してきたと思います。
 実は青春18きっぷはもう1区画残っており、9月10日までに使いきらなければなりません。1枚目の青春18きっぷの剰りをマダムに提供したので、この2枚目の剰りは私が使って良いことになっています。さて、あと1週間ほどのうちに、もういちど出かけられるかどうか……。

(2014.9.1.)


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