5.流氷を見た

 
 釧路で女と別れた私は、「しれとこ2号」で網走へと向かった。
 「しれとこ」は当時(昭和60年)は急行で、「2号」とついているのでわかる通り複数の列車が走っていたのだが、ご多聞に漏れずその後削減され、現在は快速として一往復走っているのみである。しかも、通過する駅より停車する駅の方がずっと多いというていたらくで、鈍行とほとんど変わりない。
 しかし、その時は2輛編成で、乗客も少なくはなかった。
 釧路を出た列車は、根釧原野の雪の原の中をとことこと走った。「雪を衝いて疾走した」とでも表現できれば格好いいのだが、ローカルディーゼル急行の走りっぷりは、とても「疾走」には程遠い。
 根釧原野の景色を楽しみたいなら、雪のない時の方がいい。沼や沢に覆われた湿地帯がいろいろな表情を見せてくれる。雪が積もっていると、どこもかしこも白一色になってしまって、最初に目にすると感動するが、何十分も、行けども行けども白一色だけなので、そのうち飽きてくる。
 私も、2日連続で車中泊だった疲れもあり、うつらうつらとしていた。
 釧網本線は、摩周湖屈斜路湖の間を抜けて走るのだが、車窓からはどちらも見ることができない。実際のところ、この線はわざと景色のよくないところを選んで敷設したのではないかと思われるほど、名にしおう景勝地を通過しながら車窓が平凡である。これではクルマに負けてしまうのも仕方がないかもしれない。
 ふたつの湖に挟まれた温泉地である川湯(現在の川湯温泉)あたりで、やっと意識がはっきりした。この温泉にはその後入ったことがあるが、極度に酸性の硫黄泉で、phは2(ほぼ硫酸に匹敵)だ。傷でもあるとぴりぴりとしみるし、飲んでみるとかなり酸っぱい。温泉に入ったなあ、としみじみ実感できる湯である。

 釧路では晴れていたのに、いつの間にか大分吹雪いている。一面真っ白だ。
 11時51分に清里町駅を出た。それからしばらくして、突然雪原に鋭い警笛が響き渡った。
 ガクン、と衝撃を受けて、列車が停まった。
 乗客たちが、一斉に窓へと駆け寄った。
 「ぶつかったのか?」
「ありゃあ、ひどいなあ」
 私も覗いてみると、めちゃくちゃに変形した乗用車が、列車の側に無惨な残骸をさらしていた。踏切で衝突したらしい。
 吹雪の中で、乗用車が踏切で立ち往生してしまったのである。発煙筒でも焚けばよいものを、こんなローカル線で、列車など来ないと思ったのだろうか。
 運転手は即死、と思いきや、乗用車は空っぽであった。
 立ち往生した愛車を救うべく、運転手は少し離れたところの農家まで、スコップを借りに走っていたのだった。
 なんというか、冬の北海道ならではの事故である。
 ともあれ、ひとりも死傷者がなかったのは何よりであった。
 客たちが話している。
「なにかあんなー、とは思ってたんだけどね」
「ありゃ、あのクルマの運転手、補償ガッポリとられんでないかい」
「列車の運転手には何の責任もないだろうね」
 列車はエンジンをやられたらしく、動きがとれない。斜里からディーゼル機関車が牽引に来るまで、じっと待っているよりなかった。
 1時間以上待って、ようやく機関車が到着した。「しれとこ2号」に連結して、ゆるゆるとひっぱってゆく。
 斜里に着くと、列車はそこで運転打ち切りになった。代わりのディーゼルカーが用意されていたので、それに乗り換える。2輛分の乗客が、1輛だけのディーゼルカーに乗り換えたので、ほぼ満席になった。
 とんだハプニングがあったが、代行ディーゼルカーは斜里を発車した。
 やがて、海岸に出る。ここが今やJR唯一の、オホーツク海岸を走る区間になった。
 海は、一面の氷に覆われていた。どこまでも、どこまでも氷しかなかった。白く濁った空と、海面を埋め尽くした氷との境目がわからなかった。
 はじめて観た、流氷であった。

 流氷は意外なことに、北海道のオホーツク沿岸の、南の方が長く滞在している。根室標津斜里のあたりが早く来て遅く去る。網走はより短く、湧別紋別と北上するに従って短くなる。実際、斜里で海岸を埋め尽くしていた流氷だったが、翌日紋別で見ると、案外海面が顔を見せていた。
 親潮の流れの関係かもしれないが、そういうわけで、流氷を見るのなら網走より南の海岸へゆくのがよろしいかと思う。
 ともかく、内地にいては到底想像もつかないような景色である。いや、景色と言うにはあまりに焦点が定まらない。凄絶な光景だ。日本にこういう光景があるということは、みんな知っておいた方がよい。こればかりは私の拙い文章力では、どう表現のしようもない。ぜひ一度、見ていただきたい。流氷は、それだけを目的として北海道に渡るだけの価値のあるものだと思う。

 網走には、90分遅れて着いた。流氷観光バスに乗るつもりだったのだが、とっくに出てしまっている。 刑務所なんぞ見なくてもよかったが、能取美岬(のとりみさき)だけは行きたかった。流氷を見るのにいちばんよいところなのだ。
 そちらの方面にゆく路線バスでもないかと思って調べてみたが、バスターミナルには見当たらない。この際タクシーにでも乗ろうかと、一旦駅に戻ったところ、「ノットリランド」なる場所へ行く臨時バスがあることを知った。「ノットリランド」というのが何かわからないが、能取美岬にあるようで、しかも2月と3月だけ開いているという面妖な施設である。
 丁度よい便があったので、それに乗った。ノンストップで直行する。途中に、奇勝・二つ岩を見て、その先は凍結した坂道を疾走した。幾分不安である。
 25分ほどでノットリランドに着いた。戻りのバスは約30分後で、しかもそれが最終便だと言うから、ノットリランドそのものに入るのはやめた。要するにノットリランドというのは、雪と氷の遊園地なのだ。氷像がいくつも飾られ、遊具も氷で作られており、ゴーカートのような感覚でスノーバイクが走り廻っていた。面白そうではあったが、入っている時間がない。現在でも冬には開園しているのだろうか、読者の中に網走の方がおられたらお教え願います。
 遊園地に背を向けて、岬の突端に向かった。帰りのバスは岬の方に回送されて待っている。岬までは1キロ弱あった。
 わずかな時間しかなかったが、海蝕崖の下に拡がる大氷原を、私は茫然とした心持ちで眺めた。
 天にも地にも、白という色しかなかった。
 ふと、自分自身の存在を、この白一色の中に埋めてしまいたいという気がした。
  

(1997.11.18..)

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