3.北の鉄路

 
 はじめて長いひとり旅をしたのは、高校1年の夏だった。
 札幌の母の実家を起点として、北海道を廻ったのである。
 その後北海道の旅は何度もしているが、やはりはじめての時の想い出というものは忘れ得ぬものがある。
 北海道からは、すっかり鉄道が減ってしまったが、その頃はまだ国鉄末期の廃線ラッシュにはなっていなかった。私はもちろん鉄道を使って動いたのだけれど、その時に乗った路線の中で、今はすでに残っていないものが、こんなにある。

夕張(ゆうばり)線登川(のぼりかわ)枝線 紅葉山(もみじやま)−登川 現在の石勝線に近い
相生(あいおい)線 美幌−北見相生
標津(しべつ)線 標茶−根室標津/厚床(あっとこ)−中標津
湧網(ゆうもう)線 網走−中湧別
名寄(なよろ)本線 遠軽−名寄/中湧別−湧別
渚滑(しょこつ)線 渚滑(しょこつ)−北見滝ノ上
興浜南(こうひんなん)線 興部(おこっぺ)−雄武(おむ)
美幸(びこう)線    美深−仁宇布(にうぷ)
天北(てんぽく)線 音威子府(おといねっぷ)−南稚内
興浜北(こうひんほく)線 浜頓別−北見枝幸
羽幌(はぼろ)線 留萌−幌延

                   
 北海道からなくなってしまった線路は、この他にもまだまだある。国鉄再建のための赤字ローカル線廃止騒ぎの中で、もともと過疎地帯を走る北海道のローカル線は、一網打尽になってしまった。
 過疎の度合いが違うかもしれないが、廃止対象となった路線のほとんどが、地元の努力により、第3セクターや民営になって生き残った東北との差を感じずにはいられない。北海道の廃止対象路線の中で、第3セクターになって生き残ったのは、僅かに池北(ちほく)線(池田−北見、現在の北海道ちほく鉄道ふるさと銀河線)1本に過ぎない。
 
 これは、住民の意識の差だろうと思う。
 東北地方の鉄道には、ほぼ例外なく、「悲願何十年」という言葉がついて廻っている。何十年も鉄道建設の陳情を繰り返し、ようやく手に入れた、血と汗の結晶の路線なのだ。そうであってみれば、いくら現代がクルマ社会と言っても、むげに鉄道を見放すことはできない。地元でも「乗って残そう」という機運が高まり、全国のトップを切って第3セクター運営に踏み切った三陸鉄道の成功にも刺戟されて、未成線までもが開通して営業を始めてしまった。
 
 これに対し、北海道の路線には、そういう悲願の歴史がない。
 北海道の鉄道建設そのものには、いろんな悲話がつきまとっている。悪名高いタコ部屋労働、ヒグマとの争い、酷寒の地獄。トンネルの改修工事をしたら、壁の中から白骨死体が出てきたという、薄気味の悪い話もある。
 だが、肝心の路線の方は、地域住民の熱意によって敷かれたというものは少ない。大体、国の地域振興政策か、炭鉱会社の意思によって造られている。石炭産業が斜陽化すると、無用の長物となり、列車は空気を運ぶだけに成り下がる。住民には、鉄道に対する愛着などはないのである。住民自体が数少ないし、日に何往復かするだけの鈍足ディーゼルカーでは不便きわまる。北海道ではクルマで移動するのが当たり前で、鉄道など使うのは、札幌周辺を除いては、まず変わり者の部類に属する。赤字ローカル線を廃止すると言われても、あまり反対運動などは起こらず、他の地域に較べるとすこぶるあっさりと納得してしまった。
 国鉄のあとを引き継いだJR北海道も、札幌周辺の通勤路線、あるいは東京と直結する「北斗星」や、新幹線の誘致には積極的でも、辺境部の開発には非常に及び腰である。どうせクルマには勝てないと、すでに勝負を投げてしまっているかに見受けられる。
 
 オホーツク海沿岸からは、もはや鉄道はほぼ完全に撤退した。列車の窓からオホーツク海が眺められるのは、今や釧網(せんもう)本線の斜里(しゃり)以北の僅かな区間に過ぎない。生まれてはじめてのオホーツク海、そしてその海を埋め尽くす流氷の大平原を、いずれも列車の窓から眺めて壮大な感動に浸った私としては、残念なことである。未開通だった雄武−北見枝幸間が開通して、釧路から稚内までのオホーツク縦断特急が疾走する日を夢み、架空のダイヤなどを想像して楽しみにしていたのに、夢のまた夢になってしまった。
 北海道の鉄道のことを考えると、繰り言ばかりになってしまうが、なんの策もなく廃止してしまう前に、もう少し鉄道が活性化する方法があったのではないかと思われてならない。
 例えば、徹底的な観光路線化。北海道は全島が観光地のようなものなのだから、もう少し眺望のいい場所に線路を付け替えるなどして、豪華な観光用列車を走らせる。千歳空港から各地に直行するようにすれば、飛行機から降りた観光客をごっそりいただける。
 特に、冬場の魅力をアピールするべきだ。雪が降ると、鉄道の安全性・定時性は、道路の比ではない。鉄道が雪で不通になるとニュースになるから、雪に弱いのだと思っている人も多いが、道路が不通になるのはニュースバリューがないほどよくあることだからニュースにならないだけの話である。冬の北海道は、実に魅力的な土地なのに、飛行機が欠航したり道路が不通になったりして、意外と観光客が少ない。そういう時こそ鉄道の出番なのだ。
 廃止された路線が復活することは多分ないだろうが、残っている路線だけでも、なんとか策を講じて、活気のある鉄道を再来させて貰いたいと思っている。
                                                 

(1997.10.27.)

前項(2.上野発の夜行列車……)へ 次項(4.旅先の友)へ

トップページに戻る
「時空のコーナー」に戻る
「途中下車」目次に戻る