忘れ得ぬことどもII

平昌五輪閉幕

 平昌オリンピックが終わりましたね。
 事前には不安要素が次から次へと報じられて、本当に開催できるのかと危ぶまれていたほどです。

 ──そもそも雪が降らないのではないか。
 ──零下十何度という寒さなのに屋根のない競技場。
 ──その競技場の客席も実にやっつけ工事っぽくて、満員になったら底が抜けるのではないか。
 ──寒さ対策にカイロや温かい飲み物を用意したと言うが、その飲み物はなんと有料。
 ──交通の便が悪く、臨時便のバスも出さない。
 ──附近の宿はぼったくる気まんまんで、さすがに指導が入った。
 ──ボランティアがあまりの待遇の悪さに3分の1以上やめてしまった。
 ──半月前になっても入場券が4分の1近く売れ残っている。

 さらに直前になって北朝鮮が参加することになって、いきなり韓国と合同チームを組むとかいう話になり、史上空前なほどの政治色をかもしだし、五輪憲章なぞどこへやらといった状況になりました。
 加えるにこれまた直前になってノロウイルス腸炎の蔓延が発覚し、スタッフやボランティアの多くが罹患してしまい、わずかながら選手にも感染するという騒ぎもありました。
 これほど心配されたオリンピックも珍しいのではないでしょうか。

 だいたい冬季オリンピックというのは、開催できる国が限られていて、コースの設営なども夏季よりもはるかにお金と手間がかかります。選手の出身国も、メダルを獲れる選手も、夏季に較べると非常に偏っています。その意味では、はたしてオリンピックとして存続させるのが妥当なのかどうかもやや疑わしく思われます。「数学オリンピック」のように比喩的なタイトルとしては良いかもしれませんが、夏季と同じ運営方式で良いのかどうか。少なくともIOCとは別の運営組織を用意したほうが良いのではないかという気もします。
 そのIOCは、北朝鮮のギリギリでの参加を大歓迎、韓国との合同チームの結成も大歓迎でした。本来IOCは、オリンピックの政治利用を厳しく排除しなければならない立場のはずであるのに、金正恩による露骨な政治利用を嬉々として認めてしまったのです。目下USAが思いっきり敵視している北朝鮮までが参加した、これこそ平和の祭典ではないかというので舞い上がってしまったとしか思えません。韓国と北朝鮮両方から袖の下を受け取っていたのではないかと勘繰っている人も居ますが、そこまでのことはないにしても、今回のIOCの振る舞いには疑問を感じざるを得ません。
 金正恩は選手団を送ると言ったり、やっぱりやめると言ったり、文在寅大統領をいいように振り回しました。文大統領はその都度北朝鮮の顔色を窺い、忠実な子犬のように尻尾を振り、息子くらいの齢である金正恩のてのひらで踊り続けたのです。その卑屈とも言える様子に、さすがに韓国内でもドン引きする人が増えてきたようです。
 各国首脳もドン引きしたらしく、開会式には首脳クラスはほとんど出席しませんでした。トランプ氏もメイ氏もマクロン氏もメルケル氏も、むろんプーチン氏も習近平氏も行きません。文在寅氏のメンツは丸つぶれでしょう。

 そんな中で、安倍晋三首相だけが出席しました。これについては国内で賛否両論非常にかまびすしかったのは記憶に新しいところです。慰安婦合意をちっとも守らないばかりか追加要求まで出してきている非常識な韓国に、「ここまでやっても日本は折れてきてくれる」という間違ったメッセージを与えることになる、という反対意見が多かったようです。一方、他の首脳が全然行かないところに行ってやることで、韓国に恩を売ることができるという賛成意見もありました。それに対して、いや、あの国は恩など売るとかえって恨みに思うんだ、いつになったら日本人は学習するのか、といった反論も出ていました。
 私はネットでそんな議論を見ながら、安倍首相はたぶん反対派の意見など百も承知の上で出席を決意したのだろうと思っていました。他のことはともかくとしても、安倍氏は外交に関しては非常な辣腕の持ち主であって、いままでも一見悪手と思える指し手を打って、しばらく経ってみるとそれが見事な効果を発揮しているというケースが何度もありました。その安倍氏の鋭い嗅覚が、ここは出席すべきだと判断したのならば、外野がどうこう言っても仕方がないと思います。
 USAからはトランプ大統領は出席しませんでしたが、副大統領のペンス氏が出席しました。ペンス氏は直接韓国へは飛ばず、前日に日本に来て、安倍首相とじっくり語り合った上で、連れ立って平昌に向かいました。どうやらふたりして、慰安婦合意やら北朝鮮への対応やらについて、文大統領をぎゅうぎゅうとっちめた気配があります。文大統領は苦しい言い訳に終始したようです。
 北朝鮮からは金正恩の妹の金与正と、序列ナンバー2とされる金永南がやってきました。いわば金王朝の第一王女と呼ぶべき与正を、文在寅はペンス副大統領に引き合わせたかった模様ですが、副大統領は招かれた晩餐会に遅参し、しかも5分ほどの滞在でさっさと帰ってしまいました。もちろん与正とはひとことも交わしません。ここでも文在寅のメンツは無惨に潰されたのでした。
 なお安倍首相が開会式に登場すると、客席は意外や意外大歓迎ムードであったそうです。韓国では反日教育が徹底しているため、基本的に日本が嫌いで、安倍首相はその中でも諸悪の根源みたいな嫌われかたをしているというのが常識的通念でしたが、彼らは彼らなりに、各国首脳に振られまくったことを情けなく思っており、その中で敢然と出席した安倍首相の姿に、何か救われたような気分になったのかもしれません。

 ところでネット上では、「モルゲッソヨ像」が大評判になっていました。平昌のプレスセンターの前に据えられたオブジェで、その異様な姿が大受けしたのでした。それは巨大な3人の男性裸像で、もちろん局部も丸出しとなっており、テレビでは映せないようなシロモノでした。しかも彼らの頭部には顔がついておらず、何やらコンドームをかぶせた男根のような形になっているのです。金属のオブジェなので、それが陽の光を浴びててらてらと輝き、なんとも曰く言いがたいヘンテコな光沢をおびていました。
 あまりに奇妙なオブジェなので、どこかの記者がスタッフをつかまえて、あれは一体なんなんだと訊ねたところ、韓国人スタッフは
 「モルゲッソヨ(知りません)」
 と答えました。この話が報じられて、すっかりこの「モルゲッソヨ」という言葉が周知されたのでした。そしてその像そのものがモルゲッソヨと呼ばれるようになったのです。
 オーストラリアに上陸した白人が奇妙な動物を見かけ、現地のアポリジニにあれは何かと訊ね、やはり「知りません」と答えられたために、その動物がアポリジニ語の「知らない」、すなわち「カンガルー」として知られるようになった、という話と似ていますね(もっとも、この話はウソで、アポリジニはもともとカンガルーのことをカンガルーと呼んでいたのだという説もありますが)。
 モルゲッソヨ像はもともとキム・ジヒョンという彫刻家の作品で、正式には「Ballet Man(銃弾マン)というタイトルなんだそうですが、あのコンドームをかぶせた男根のような頭部(ジヒョン氏によれば「ヘルメット」らしい)は、ジヒョン氏のトレードマークみたいなもので、スーツを着たヴァージョンとか、他にもいろいろ作っているようです。日本であれがモルゲッソヨ像と呼ばれていることを、むしろ喜んでいるという話も伝わってきます。「知らない」というあだ名は、現代美術家にとっては勲章のようなものかもしれません。
 「平昌オリンピックにはなんの期待もしていなかったが、モルゲッソヨを知っただけで充分だ」
 というようなコメントが散見されました。もちろんたちまちのうちにアスキーアートが作られ、掲示板やらコメント欄とかに増殖しています。
 男性の局部丸出しといえば、ミケランジェロダビデ像などが思い浮かびますが、モルゲッソヨ像はそれに匹敵する芸術作品として認められるかどうか。認められなければ、けっこうヤバい表現で、ナントカ法にひっかかりそうでもあります。何しろ頭部が頭部です。作者の言う「ヘルメット」の末端部が、どう見ても「カリ首」にしか見えないので……。

 おそらく日本勢のメダルは期待できない、と言っていた人も少なくありません。ソウルオリンピック2002年サッカーワールドカップなどで、韓国がらみでは何かと「謎判定」が話題になりました。日韓関係はその頃に較べても相当に悪化しているため、日本選手に対して何かと不利になる行為をしかけてくるのではないかと疑っていたのでしょう。最近でも、バドミントンの試合のときにわざわざ送風機を作動させた(おかげで、打ち込んだシャトルが自陣に戻ってきた)なんて事件があり、スポーツに関しては韓国は信用できないという通念が生まれつつありました。
 が、この件に関しては、ある意味杞憂であったと言えそうです。日本勢は冬季オリンピックとしては過去最多の13個のメダルを獲得しました。判定に情実の混じりようがないスピード系競技やジャンプだけではなく、フィギュアスケートやモーグルなど審査員の主観に左右される競技でも文句ない成績をおさめ得たのは、選手たちの努力の賜物ではありますが、素晴らしかったと思います。
 特にフィギュア男子での羽生選手と宇野選手の金銀獲得は見事でした。札幌オリンピックのときの70メートル級ジャンプでの笠谷金野青木によるメダル独占を憶えていますが、飛距離という絶対的な判定基準の存在するジャンプに対し、フィギュアスケートは審査員の主観に判定が委ねられる競技です。そこで金銀を獲ったのは、かつてのメダル独占に匹敵する快挙であったと言えます。誰もが納得せざるを得ない演技をおこなえたということでしょう。
 実力もさることながら、日本選手のメンタルが、以前よりもずっと強くなっているような気がします。スピードスケートの小平選手は、スタート時に観ている者がみんな「え?」と思ってしまうようなタイミング外しがあってなお最速の座を譲らず、しかも2位となったイ・サンファの健闘を称える余裕を見せました。これはもう女王の風格としか言えません。日本のスポーツ選手は、従来実力はあってもメンタルが弱くていざというときに発揮できないというのが定評でしたが、その定評を覆すアスリートが着々と育ってきているのは頼もしいことです。
 もっとも韓国内で「君が代」を聴くのが不愉快だという意見が多く、ほとんどのテレビ局でメダル授与の際の君が代奏楽の場面をカットしていたというような話を聞くと、やはりあの国はまだ国際大会など開ける器ではないなと思わざるを得ません。旭日旗の「戦犯旗」呼ばわりに続き、「戦犯国歌」などという新語も造られているようです。いい加減にして貰いたいものです。

 IOCのバッハ会長は、
 「すばらしい大会だった。歴代最高の大会だった」
 「不満を言っている者は誰ひとり居ない」
 などと自画自賛のコメントを出しています。北朝鮮の態度を改めさせたのは自分だと言わんばかりです。
 が、もちろん北朝鮮は、時間稼ぎのためにオリンピックを利用したに過ぎません。オリンピックに参加していれば、建前上その期間中は参加国同士の諍いが中断されますから、うるさいUSAの干渉を避けることができるわけで、そのあいだにミサイル開発を少しでも進めようという意図があったことは見え見えなのでした。おそらく、このあとでおこなわれるパラリンピックが終われば、なんらかの動きがあることでしょう。
 不満を言っている者は居ない、というのもいい気なもので、選手村に帰るバスがなかなか来ないので酷寒の中で待たされたという不満も出ていますし、日本ではありませんがノロウイルスに感染した選手も居り、とても歴代最高と呼べるレベルとは思えません。客席も空席が目立ったようです。寒いのと不便なのとで、わざわざ出かけてくる人が少なかったのでしょう。興行としてもいまいちだったのではないでしょうか。
 韓国選手が失格になったために繰り上げ銅メダルとなり、韓国中から批難や脅迫のメッセージが届き、表彰台で泣き出してしまった選手も居ました。韓国の追い抜きチームでの陰湿ないじめが明らかになって、チームメイトをバカにしたコメントをした選手に逆に批難が集まり、公開謝罪を強いられたりもしていました。日本選手の活躍は痛快でしたが、そういう後味の悪い事件もいろいろと起こっており、IOCとしては自画自賛している場合ではなく、むしろフンドシを締め直さなければならないところであるような気がします。

 平昌は観客に酷寒を強いる大会となりましたが、再来年の東京オリンピックもひとごとではありません。近年の東京の夏は常軌を逸した酷暑であり、選手や観客に熱中症が多発しないか心配です。都内なので交通の不便さは無さそうではありますが、築地市場の移転でもめていたために、環状二号線の整備も駐車場の確保も心許ないことになり、大渋滞や駐車場不足が懸念されます。1964年の前回大会のように10月開催にすることをまじめに考えたほうが良いと思います。8月開催は、大スポンサーであるUSAのテレビ局が、10月だとワールドシリーズなどにぶつかってしまうために要請したことだと言われており、その意向に逆らうのはなかなか難しいのでしょうが……

(2018.2.26.)

「半島と日本海」へ 「小ネタ3題」へ

トップページに戻る
「商品倉庫」に戻る
「忘れ得ぬことどもII」目次に戻る

「困った隣国」目次に戻る