忘れ得ぬことどもII

『星空のレジェンド』第3回公演

 『星空のレジェンド』第3回公演があったので聴きにゆきました。
 2015年の初演から、きちんと毎年演奏されているのでありがたい話です。私らにとって、初演というのはもちろん嬉しいことですが、大事なのはむしろ再演だったりします。初演は委嘱作にしろ自発的に作ったものにしろ、言ってみればそこまでが作業のうちみたいなもので、まずは当然あってしかるべき過程です。しかし再演というのは、作曲家側が企画することも無いとは言えませんが、普通は初演をおこなった演奏者とか、それを聴いた人とかが、「これは佳い」と思って扱うわけです。再演がなされたかという点こそ、作曲家にとっては正念場と言えます。
 私自身、それなりの数の曲を書いてきてはいますが、再演までこぎつけたという曲はそう多くありません。多くは初演を済ませたなりに放置されています。
 『星空のレジェンド』はもともと、七夕企画として毎年演奏するという予定を立てて計画されたものですので、「初演してみたら佳い曲だったから再演された」という次第ではないものの、私にとってありがたいことであるには違いありません。また、曲そのものが不出来であれば、当初は毎年演奏予定のつもりであったにしても、2年目以降を続ける気にはならないでしょうから、やはり良くできていたのだろうと安堵しています。

 一昨年の初演、去年の再演は、『星空のレジェンド』だけの演奏でしたが、今年は少々趣向を変えてきました。前半に、『星空のレジェンド』に出演する3人のソリストが1曲ずつアリアを歌ったあと、3人で『椿姫』乾杯の歌を演奏しました。またそのあとに、終曲で登場するダンスの人たちによる演舞がありました。
 確かにソリストもダンサーも、舞台に出ている時間は少ないので、彼らによる独立したステージを設けるのは悪くありません。自分のお客を呼んでくれる気にもなることでしょう。
 ただ、『星空のレジェンド』は音楽部分だけで正味60分、曲間の入れ替えとかナレーションの部分を含めると75分〜80分くらいかかる大曲で、その他にステージを入れると、全体の時間がおそろしく長くなってしまいかねません。
 それで今回は、全13曲中でもたぶん2番目くらいに演奏時間を要する第10曲「さだめ」というのをカットした演奏になりました。このことについてはあらかじめ聞いていました。本当はもちろんカットして欲しくはないし、合唱メンバーでこれを好んでいる人も少なくないとのことだったのですが、まあ事情が事情なのでやむを得ません。「さだめ」のテキストは、比較的全体のストーリーから切り離された内容なので、もしカットするとすればこの曲しか無いでしょう。
 しかし、まったく削除してしまうのは忍びない……というより、今後続けてゆくにあたってこの曲の練習をしておかないのも不都合という判断だったのかもしれません、しばらく前に開催された湘南合唱祭というイベントで、「さだめ」だけを取り出して演奏したのだそうです。講師賞なるものを貰ったそうで、その賞状が会場ロビーに展示されていました。青島広志さんらが賞をくれたようです。

 午前中にマンションの排水管清掃が入っていて、14時の開演に間に合うように出かけられるか少々心配しましたが、11時過ぎに家を出ました。川口駅で「休日おでかけパス」を買い、平塚に向かいます。
 何度か書きましたが、実は川口から平塚まで単純に往復するだけだと、「休日おでかけパス」は非常に惜しいところで元が取れません。いちどでも途中下車をすればクリアできます。それにしても平塚に行くのがすっかり馴れてしまいました。あと5駅行けば小田原というところであって、最初の頃はほとんど旅行気分だったりしたのですが、今日などは行きも帰りもロングシート車輌で寝てばかりいました。
 会場の中央公民館は駅から少し離れており、タクシーで行ったことも何度かありますが、今日はそうぎりぎりの時間でもなかったため、駅構内の食堂で昼食を食べてから、歩いて会場へ向かいました。タクシーでも大体初乗りで行ってしまう程度の距離です。歩いても15分かそこらでした。
 招待状を見せると、真ん中あたりの席に案内されました。隣の席は大川五郎先生です。大川先生はずっと指揮をなさっていましたが、しばらくご病気だったため、今年は客席から聴くことになったのでした。代わって指揮したのは中村拓紀さん、気鋭の若手合唱指揮者です。
 会場の緞帳の絵が、どうやら星座ネタのようで、天女のような人物と大きな牛が描かれており、大川先生は
 「『レジェンド』のために作ったような緞帳だね」
 とご満悦でした。ただし、描かれているのはたぶん「おうし座」「かに座」「おとめ座」の絵だったので、ヴェガ(こと座α星)やアルタイル(わし座α星)とは関係なさそうです。実は私も最初は、平塚の象徴である七夕にちなんだ意匠なのだろうと勘違いしてしまっていました。

 上に書いたとおり、前半はソリストステージとダンスステージです。ソリストステージの伴奏も鈴木真澄さんで、『星空のレジェンド』で大変だろうに(実際、ピアノパートは大変です)まったくご苦労なことでした。今日いちばん出番が多かったのが彼女でしょう。
 ダンスステージは愉しめましたが、舞台面にリノリウムを張っていないので、大丈夫だろうかとヒヤヒヤしながら見ていました。トウシューズを使うような古典バレエなどでなければ、別に張らなくとも良いのかもしれませんが、いままで私の関わった舞踊ステージでは漏れなく張っていたので気になったのでした。
 今回のダンスはNKダンスラボラトリーというダンス教室が担当していましたが、その主宰者でもある小宮伸子さんが、全体の舞台演出のアドヴァイザーなどもしてくれたそうです。そのため、今までに較べて流れが非常に良くなっていました。大川先生によると、舞台屋さんも去年までと変わって、非常に有能かつ熱心なスタッフになったらしく、指揮者の交代や全体構成の見直しの他にも、いろいろと新趣向を試してみたという感じです。毎年の企画なので、いろいろ試してみるのは充分アリだと思います。
 前半のソリストステージとダンスステージで40分ほどかかりました。15分休憩後に『星空のレジェンド』となります。

 少し前に書きましたが、この曲をオーケストレーションしてみようかという話が持ち上がっています。大川先生に
 「オーケストレーションをはじめて良いですか」
 と訊ねたら、苦笑しつつ
 「もうちょっと待っててください」
 と言われました。たぶんまだ予算のあてがつかないのでしょう。しかし予算がついてもつかなくても、オーケストレーションはやっておきたいと思います。
 今回は、それを前提に聴いていました。
 冒頭の子供たちによるわらべうた風の主題のあとに器楽が入ってきますが、ここはぼんやりと、グロッケンシュピールか何かが良いかな、などと考えていました。しかし実際に音を聴いてみると、フルートと弦の組み合わせなどのほうが良さそうです。そんな風に、ここはどんなアレンジが良いか、と意識しながら聴き進めてゆきました。
 中村さんの指揮はいかにも気鋭を感じさせる趣きで、特にテンポ感などがやはり大川先生よりも速めにとっていたように思います。私のイメージにも近づいてきました。第2曲「牧場」など、去年聴いた感じだとえらく冗長に感じられ、どうも私の作りかたが悪かったのかと若干凹んだのですが、今日のテンポであれば充分に聴けるものになっていたので安堵しました。これはたぶん、去年振った大川先生の責任というよりは、合唱団が馴れてきたという要因が大きいような気がします。つまり、去年の時点では、速いテンポにしようとしても合唱がついてこられなかったのではないでしょうか。若い中村さんはそこをぐいぐい押し切ったのだと思われます。
 ソリストは、ソプラノだけ新しい人(杉山明日香さん)になっていましたが、テノールの三木佑真さんとバリトンの森道太郎さんは共に3年目で、バリトンの歌いかたなどはようやく私のイメージに近くなってきた気がしました。バリトンソロパートは、ちょっと謡(うたい)の発声を意識して書いたのですけれども、初演のときなどはいまひとつ軽やかすぎる印象があったのでした。どうも、私自身がソリストと打ち合わせる機会というものが全然無くて、意図を伝えられなかったのですけれども、3年目に至って気づいていただけたのかもしれません。

 オーケストレーションを意識しながら聴いていると、『星空のレジェンド』は少々、楽器が活躍する部分が少ないかな、という気もしてきました。ずっと歌が続いている印象があります。
 まあそれも無理はなくて、作曲中に何度かぼやいたように、そもそものテキストがあまりに厖大で、とにかく一生懸命メロディーに乗せてしまうしかなかったという事情があります。
 しかしあらためて聴いてみると、本格的にオラトリオ化するのであれば、いっそナレーション込みの全体で100分くらいまで拡げてしまい、歌と同様に器楽を聴かせるところがあっても良いかもしれない、と思いはじめました。
 あまり全体の長さを考えていなかった序曲には、ある程度の長さの器楽部分が含まれています。児童合唱が終わったのち、2分ばかり器楽だけのフレーズが続くのでした(現在はピアノで弾くので、ここがすごく弾きづらくなっています)。ここまで書いてすでに8分くらいの演奏時間を要することに気づいてから、私は神経質になってしまったわけですが、考えてみれば無理に60分とかの枠に抑えなくとも、演奏会でこの1曲だけを演奏するのであれば問題はなかったわけです。
 いくつかの曲はもう少し引き延ばしてみようかと考えはじめています。冗長と思えた「牧場」などは、むしろかえって、場面場面で器楽部分をはさむことで曲全体がわかりやすくなるのではないでしょうか。また、あらたに間奏曲などを入れるのも悪くないかもしれません。
 歌が聞こえにくいようなところは、楽器でメロディーを重ねることで際立たせるということも可能です。テノールのアリア「愛の思い出」はピアノでは低音が不明瞭なようなので、オーケストラでは低音を補強する必要がありそうです。
 ……などなど、いろいろアイディアを得ることができました。
 とりあえず喫緊なのは終曲で、和太鼓や銅鑼がまともに入ってくると、ピアノの音ではほとんど太刀打ちできなくなります。初演のときはヘンテコな太鼓や銅鑼で、音もしょぼかったのであまり気になりませんでしたが、今年のはちゃんとした楽器で、叩き手も高校の吹奏楽部や軽音楽部の子でそれなりにしっかりしていたため、ピアノがほぼ消されていました。この曲に関しては、早く電子オルガンで弾けるようにしたほうが良いと思います。
 そして、電子オルガンでできるようにすれば、この終曲だけ切り離して、野外のイベントなどで演奏することも可能になるでしょう。それによって、『星空のレジェンド』をもっと多くの人々に普及させられるのではないでしょうか。

 去年は参加できなかったのですが、今年はレセプションに参加し、いろいろな人と話ができました。ナレーターを務めたふたりは本来劇団員で、話しているうちに、歌や語りに合わせてパントマイムを入れても良いのではないかとか、いっそ全面的に影絵を投影したらどうだろうなどと、アイディアが拡がりました。それを動画に撮って拡散すれば、ワールドワイドで宣伝もできます。
 首脳陣はなかなか毎年大変そうで、どうやって協賛金を集めるか、どうやって客を集めるかと頭を痛めているようですが、その気になればアイディアを持っている人はけっこう居るものです。
 「皆さん、けっこういろいろアイディアがあるようですから、首脳部だけで考えずに、広く意見を求めれば良いと思いますよ」
 と助言しておきました。今回ようやく、ダンスの先生に演出の助言をいただくという試みがなされて成功をおさめていたわけですが、他の関係者にも遠慮無くアドヴァイスを求めれば、思いもよらない発想が浮かぶこともあるのではないかと思います。
 連続企画は、第3回までこぎつければあとは進めやすくなる、という指摘をした人も居ました。そういう意味では平塚のイベントとして軌道に乗ったと言えるかもしれません。あとは他の土地にも売り込んでゆきたいところで、すでに「茂原」という名前が挙がっています。千葉県の茂原も七夕祭りが有名なところで、合唱メンバーのひとりがなんとそこの市役所に勤めはじめたなんて話が出ていました。その人は今回、茂原から平塚まで練習に通っていたそうですから恐れ入ります。外房線の横須賀線直通快速に乗って戸塚東海道線に乗り換えれば良いとは言え、3時間くらいかかるでしょう。で、まだ勤めはじめたばかりなのでなんとも言えないとはいえ、いずれ茂原にも『星空のレジェンド』を広めたいので、そのときは皆様出張演奏をよろしく、という気宇壮大な発言があったのでした。
 夢はあれこれと拡げておいたほうが良いと思います。ひとつの夢を持つだけでは、それが実現するかどうかはフィフティフィフティだし、実現しなかったときのダメージも大きいですが、100の夢を打ち上げておけば、そのうち10しか叶わなくとも、「10も叶った」と言えるわけです。当分は毎年続きそうなことなので、私もいろんな夢を託しておきたいと思うのでした。

 帰りは赤羽で下りず、浦和まで行って、マダムとふたりでデザートを食べてから帰りました。これで「休日おでかけパス」の元も取れたことになります。

(2017.7.1.)

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