忘れ得ぬことどもII

自作のオーケストレーション

 2014年に書いた『星空のレジェンド』の演奏会がまた近づいてきています。今年(2017年)は7月1日(土)に開催するそうです。この曲の委嘱者である平塚市合唱連盟では、とにかく毎年演奏するということになっているようで、作曲者としてはありがたい限りです。
 この作品はいまのところピアノ伴奏で、終曲だけ若干の打楽器を入れる形で演奏されていますが、本来の構想としてはオーケストラにしたいと考えていました。そのためピアノパートには若干無理な負担がかかっていたりします。いままでピアノを弾いてくれていた鈴木真澄さんは、非常に律儀にしっかり弾いてくれていますが、部分的に取り出して演奏するなどの便宜を考えると、ピアノを少し易しくしたヴァージョンも作らなければならないかもしれないと思います。
 つまり、オーケストレーションすることを前提にピアノパートを書いてあるので、ピアノらしくない音型とか弾きづらい動きとかが目立つことになるのでした。
 初演のとき、ピアノの他に若干の管楽器や弦楽器などを加えた室内楽編成にしようとしていたのですけれども、予算が削られたとかで、他の楽器が使えなくなり、ピアノだけになったという経緯があります。
 それなら毎回少しずつ楽器を足して行って、最終的にフルオーケストラにしてしまおうなどという話もありました。しかし、別にその話は動かないまま、3度目の演奏会を迎えることとなりました。

 ところが、プロジェクトリーダーであり指揮者であり台本作者でもある大川五郎先生から連絡があって、オーケストレーションを進めようと言われたので驚きました。
 大川先生はこのところ体調が思わしくなく、長い入院などもあって、今年の公演では指揮もなさらないそうなのですが、『星空のレジェンド』の規模を拡げてゆくことには執念を燃やしておられるようです。
 去年の公演のあとだったか練習のときだったか、知り合いに優秀な電子オルガン奏者が居るので、電子オルガン用にアレンジしてみたらどうだろう、という話が大川先生からあったのでした。しかし私は電子オルガンのことはよくわかりません。大川先生の言うには、その奏者は自分でアレンジして交響曲なども弾いてしまう人であるということだったので、私はなかば冗談で、
 「それでしたら、もういっそしっかりオーケストレーションしてしまいましょうか。そのスコアから、その奏者のかたに電子オルガン用にアレンジしていただくのが早いかもしれません」
 と言ったのです。
 それが、今年は無理ですが、来年の公演では現実になりそうな雲行きになってきました。
 もちろんオーケストラで演奏できるわけではなく、電子オルガンになるだけですが、先のことを考えると、フルオーケストラの楽譜を作っておいて悪いことはありません。何かの間違いで……例えば平塚市制何周年記念とかで特別予算がついてフルオーケストラで演奏できることにならないとも限らないのです。また、例えば七夕つながりで仙台などでやるにしても、かえってオーケストラ付きというイベントにしたほうが通りやすいかもしれません。
 かくして、近いうちに『星空のレジェンド』のオーケストレーション作業をはじめることになりそうです。

 オリジナルのフルオーケストラ曲というのは、実は学生時代にしか書いたことがありません。
 前にもちょっと書きましたが、管弦楽法の実習として「大学祝典序曲」というのを書いたことがあり、これが最初です。明らかに習作なので作品リストには載せていませんが、試演会で演奏して貰ったところ、1年上に居た佐橋俊彦さんになぜか妙に気に入られました。確かに佐橋さんが好きそうな曲だった、とも言えます。
 そのあと本命の作曲課題として『生々流転』を書き、これで安宅賞を貰いました。安宅賞というのは東京藝大の各科の成績優秀者に与えられる賞ですが、作曲科に限っては最優秀賞は長谷川賞となり、安宅賞は第2位ということになっています(苦笑)。同じ年の長谷川賞は鈴木英史くんでした。
 オーケストラ課題で上位4〜5人の作品は、いわゆる藝大オケによって試演されます。鈴木くんのと私のと、それから山田武彦くん、橘川奈保子さんの作品が音になったのだったと記憶しています。とにかくパート譜を作るのが大変だったというのがいちばんの想い出でした。
 それから大学祭のときに『私事──例えば11月11日など』を書いて発表しました。これは学生有志のオーケストラによる演奏です。
 卒業制作として『有為転生』を書きましたが、卒業制作で演奏されるのは上位1曲だけで、このときは私たちの学年からは選ばれなかったのではなかったかと思います。留年していた1年上の先輩の曲が選ばれたように記憶しています。従って『有為転生』はまだ音にはなっていません。
 以上が、いままで書いたフルオーケストラ作品のすべてになります。かなりお寒いリストであるようです。

 しかし、オーケストラ書法にはその後大いに習熟しました。
 さる有名作曲家の作品のオーケストレーションを引き受けるようになって、オーケストラの現場に何度も臨席するようになったことが大きかったと思います。オーケストレーションの技術というのは、部屋にこもって勉強しているだけでは決して身につきません。現場で場数を踏み、試行錯誤を繰り返して「より効果的な響き」を模索してゆくしかない、一種の職人技なのです。
 10代から名曲を生み出している天才作曲家は居ますが、最初からオーケストレーションに熟達している作曲家などは居ません。20歳のショパンが書いたピアノ協奏曲のオーケストラ部分がしばしば批判の対象になっているのは当然なのです。マーラーだって20歳前後には大したオーケストレーションの才を見せていないことを、私は『嘆きの歌』の2台ピアノ版編曲をすることで知りました。
 美しいメロディーを生み出すこと自体は、特に音楽の勉強をしていなくとも可能です。しかしそれをひとまとまりの楽曲に仕上げるためには、やはり最低限の勉強は必要になります。さらにそれを売り物になるところまでブラッシュアップするにはかなりの知識やセンスが要求されます。そしてオーケストレーションとなると、それ以上に場数がものを言うわけです。
 オーケストラ曲をけっこう作っている人も居ますが、自作だけではなかなかそうしょっちゅうというわけにもゆきません。その点私は恵まれていたと思います。自分の作品ではないので、最終的な責任を負うことなくオーケストレーションの勉強だけをさせて貰ったようなものです。
 その某有名作曲家のオリジナルだけでなく、ときには企画もので無茶振りのようなオーケストレーション仕事を請け負ったこともあります。いちばん無茶振りだと思ったのは、

 ──ムソルグスキー『展覧会の絵』の中の「ババ・ヤーガの小屋」を、ラヴェルの編曲よりもド派手になるようにアレンジせよ。ただし使えるオーケストラはラヴェルと同じ3管編成。

 というものでした。打楽器を多用してなんとか注文に応えられましたが、まったく無茶を言うものです。
 そんなこんなで相当に鍛えられました。オーケストレーションにかけては、わが国の作曲家の中でも私は手際がよいほうだと自負しています。
 注文が来れば、すぐにでもオーケストラ曲を書けるくらいの準備はできているのですが、あいにくとオーケストラ曲の注文などは全然来ないのでした。

 フルでない、室内オーケストラくらいの編成なら書いたことがあります。
 室内オーケストラの定義というのははっきりしないのですが、まあ「室内楽」より大規模でフルオーケストラより小規模なアンサンブルと考えると、10〜25人くらいの編成でしょうか。弦楽器が各パート1〜2名程度、それに管楽器やピアノ、若干の打楽器などが入るというのが普通でしょう。
 より変則的な、サクソフォンを主体とした「板橋オケ」のために毎年オペラを編曲しているわけで、もうどんな編成だろうと、矢でも鉄砲でも持ってこいという気分になっていますが、とりあえずその板橋オケ編成のために、『レクイエム』『セーラ』を書きました。この2曲とも、いずれはフルオーケストラにしたいものだと考えています。むしろ仮想のフルオケの曲を板橋編成にアレンジする、というような気持ちで書きました。
 こんど『星空のレジェンド』をオーケストレーションすれば、大学卒業以来はじめてのオリジナルのオーケストラ作品ということになります。その意味ではぜひ成功させたいですし、はずみがついて『レクイエム』や『セーラ』もオーケストレーションする気になるかもしれません。まあ、繰り返しますがさしあたってはそれを電子オルガンで演奏して貰うわけで、本当にフルオケで演奏する機会はまだ遠そうなのですが……

 どんなオーケストレーションにするか、すでに大体イメージができているところもあれば、いろいろ迷っているところもあります。
 いちおう型どおりの2管編成にしておこうとは思っています。3管となるとなかなか大変だし、合唱のほうも人数が必要になります。
 歌のパートを楽器で重ねるということが多くなりますので、ある意味では歌は楽になるかもしれません。
 ともあれ正味60分の、かなり大規模な作品ですから、オーケストレーションするのも大変な作業になるでしょう。いちおう大川先生には、半年くらい猶予を貰いました。しかし電子オルガン奏者のアレンジの都合もあるでしょうから、また出来上がったところから流してゆくことになるのではないかと思います。

(2017.6.14.)

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