忘れ得ぬことどもII

震災復興費用について

 今回の震災では、東北地方の太平洋岸が広範囲にわたって壊滅的被害を受け、その復興には10兆円とか20兆円とかかかると試算されています。おまけに福島の原子力発電所の騒ぎはいまだに収拾される気配も見えず、附近の農業や漁業に対する補償などを含めると、莫大な額になるであろうことは容易に予想できます。
 ただしこれは特大規模の公共事業が始まるということでもありますので、ひとまず落ち着いてからは、復興需要で景気が回復することを期待している向きもあるようです。

 さて、国としては、復興を賄うためには、国債を発行するか、税金を投入するかしかありません。
 赤字国債はすでに100兆円に近く、少しでも減らさなければならないのに、さらに増やすなどとんでもないという意見もあることでしょう。
 ただ、日本の国債はその大半が国内からの資金となっており、外国からの借金は僅かなものであるため、赤字国債が増えてもさほど国富を損なうことにはなりません。しかも、複式簿記の考え方をすれば、国債を発行して負債が増えている分、それで調達した資金という形で資産も増えているわけですから、表面上の額面に驚くことはないわけです。問題は負債と資産の差額である「純負債」だということくらい、簿記の知識など大して無い私にでもわかります。
 なぜか役所というところは、どんな小さな会社でもやっている(なんと板橋区演奏家協会みたいな零細団体ですらやっている)複式簿記を導入しているところが少なく、東京都ですら石原慎太郎知事がやかましく主張してつい最近導入されたに過ぎません。単式簿記だと、年度をまたがる事業がやりにくいし、国債の話のように表向きの負債額ばかり大騒ぎになるし、今どき時代遅れも甚だしいと思うのですが、どういうつもりなんでしょうか。
 ともあれ、ここで20兆ばかりの追加国債を発行しても、日本経済は本当はびくともしないはずです。その使途と言えば決して無駄金になるものではなく、明らかにより良い世の中を作るために使われ、負債以上の付加価値が発生することは確実なのですから、政府はためらっている場合ではないと思います。

 これに較べると、税金の話は、どうも気分が重くなります。
 もともと長引く不景気で、税収は落ちまくっているわけで、そのため増税をしなければならないということは、震災前から話題になっていました。とはいえ、増税をするとその分可処分所得が少なくなるわけですから、人々は消費を控えるようになり、さらに景気が悪くなるであろうことも目に見えています。たぶん税収は、見込んだ額よりずっと少なくなることでしょう。
 現時点で増税などした日には、もともとの自粛ムードに加えて、日本中が火が消えたような有様になるのも容易に想像できます。
 ただ思うのは、お金はあるところにはあるのだろうという点で、震災義捐金なども、孫正義氏の100億円は別格としても、個人で何億という寄付をおこなう人も決して少なくはないようです。そのかたがたの心意気はまさに素晴らしいと思いますが、そういうお金持ちには少しだけ上乗せしていただくわけには参りませんでしょうか。
 つまり、消費税を累進制、もしくは品目別などにしたら良いように思えます。
 竹下内閣で消費税が導入された当初から、食糧などの生活必需品については無税とするとか低税率とするとか、そんな議論はおこなわれていたように思うのですが、それがなぜ不都合であるのかについて、納得のゆく説明を受けた記憶がありません。
 品目別に税率を設定するための機器操作など、造作もないことであるはずです。今どき個人だってそのくらいのプログラムを組むことは容易でしょう。実際に品目別間接税を導入している国はいくらでもあるわけで、日本人にその程度の能力がないわけはありません。
 どうも、高税率になると予想される業界から横槍が入ったのではないかと邪推したくなります。思いつくままにいくつか挙げれば、クルマ、観光、ファッション、外食などなど……建設や医療は高税率の対象になるかどうかわからないので挙げませんでしたが、資金力と集票力を持つ業界であれば政治家は弱いでしょう。
 そういうことではないというのであれば、累進や品目別の消費税ではいけない理由を、わかりやすく説明していただきたいものです。

 思うに、今まさにこの時であれば、きちんとしたヴィジョンを持つ政治家にとっては、思いきった施策をとれる時期です。「こういう時だから……」という殺し文句で、ふだんは口うるさい経済界などの連中を封じることができるはずですから。
 改革というものは、平時に徐々に進めるのはたいへん困難ですが、非常時に一挙に成し遂げるのはわりに容易です。政治の話ではありませんが、伊勢湾台風によって壊滅的な打撃を受けたのを奇貨として、それまで狭軌だったために大阪方面と直通することができなかった名古屋線を、一気に標準軌につけかえた近鉄の英断が思い起こされます。壊滅的打撃は、抜本的改革の好機であると考えることができます。
 問題は、現在の民主党政府に、好機をとらえて抜本的改革を成し遂げるだけのヴィジョンと実行力のある政治家が居るかどうかです。居ないのであればここは潔く退陣すべきだと私は思うのですが、いかがなものでしょう。

(2011.4.5.)

【後記】震災後、復興税というのが導入され、私たちが出演料などを貰うときにも、もともと取られていた源泉税10%に加えて、0.21%を上乗せされることになってしまいました。計算が面倒くさいこと。これはいつまで徴収されるのかわからないようです。その上に消費税は8%となり、10%となり、そのため消費マインドは冷え込んで、一向に景気が良くなりません。
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