愛のかたち──パラクレーのエロイーズ──
   I

 夜更けて 書物を閉じて
 遠くに犬の声を聞きながら
 月あかりにひとり 照らされている時
 わたしは つい思い出してしまう

 わたしを抱きしめるあなたの腕
 わたしに囁(ささや)きかけるあなたの息づかい
 眼を閉じれば こんなにも近く感じられるのに
 あなたはもう ここには居ない

 手も 声も届かない遠くへと
 去ってしまった あなた
 こんな夜には あなたも思い出してくれるかしら
 わたしと過ごした うたかたの三年(みとせ)を──
   II

 十七のわたしの前に あなたは現れ
 十七のわたしの前で あなたは語った
 熱をおび 熱に舞い
 あなたは輝いていた
 あなたは力強かった
 十七のわたしはいざなわれ
 十七のわたしは夢を見た
 熱をおび 熱に舞い
 あなたが空だった
 あなたが星だった
 あなたが すべてをくれた

 ありとある書物を読み尽くし
 なんでも知っていると思っていた
 でも 何ひとつ知ってはいなかった 十七のわたし
 人の世の真実 人の心の歓(よろこ)び
 あなたが すべてを教えてくれた
 わたしを抱きしめて
 わたしに囁(ささや)いて
 うち慄(ふる)える恍惚の中で わたしは知った
 愛するということ
 求めるということ
 痛みさえもが甘美だということ
 あなたにすべてを許した 十七のわたし
   III

 永遠の誓いなど 要らないと思っていた
 あなたの枷(かせ)になりたくないと思っていた
 ただの人の妻であるよりは
 すぐれた人の情婦であることを願った
 あの頃の 傲慢なわたし

  時々 思うのです──
  あなたとわたしが
  ただの人の子として結ばれていたならば
  もしかしたら
  あなたは今より幸せだったのかもしれない と

 すぐれた人の情婦でありたいと願ったわたしは
 身を隠すことを選んだ
 それが あなたを追いつめることになるなんて
 これっぽっちも思わなかった
 あの頃の 賢(さか)しらなわたし

 あなたが あの歓びを与えてくれることが
 二度と再び かなわなくなったと聞いて
 わたしは本当の真実を知った
 うしなうということ
 さびしいということ
 こんなにもせつないということ

 すべては わたしの傲慢のために
 すべては わたしの賢しらのために……
   IV

 うずいた夜もあった
 もだえた夜もあった

 けれど今 わたしはここに居ます
 パラクレー……あなたの建てた学舎(まなびや)を守りながら

 神様に仕えるためなどではなく
 あなたに償いたい一心で

 手紙を書きましょう
 今はそれだけが
 あなたとわたしを結ぶ ひとすじの糸だから

 静かに待ちましょう
 あなたからのお返事を
 抱きしめる腕も 囁(ささや)きかける声も もうないけれど
 この愛のかたちを 信じたいから