蜘蛛の告白──リュディアのアラクネ──
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 叩かないで下さい!
 軒を少しだけお借りしているだけです
 どうか しばらくの間 居させて下さい
 ご迷惑はおかけしませんから どうか……

 あさましい姿に変えられてしまっても
 あたしは毎日 機を織り続けている
 何もかもが楽しかった あの頃と同じように
 はい あたしの名はリュディアのアラクネ
 蜘蛛になった女です……

 あの頃 あたしはきれいだったの
 褐色の長い髪に乳色の肌
 誰にでも愛されていた 誰もが優しかった
 何もかもが楽しかったの
 それに
 あたしはとても上手に機を織ったの
 自分でいうのもなんだけれど
 リュディアの町でいちばん上手だった

 喜びに満ちあふれた花園に遊ぶ妖精(ニンフ)たち
 憂いをたたえた湖水にたたずむ娘たち
 愛にすべてを委ねた至福の人々
 どんな絵柄だって あたしの思うがまま
 みんながあたしを称えたの

   「あの子の織る布は この世のものとは思われぬ」
   「神が乗り移っているに違いない」
   「いや、女神アテナだってあれほどの布は織れまい……」

 人は口々に言い合った
 言うだけなら なんの責任もなかったのだし
 そう すべてが楽しかった すべてが美しかった
    U

 どうすればよかったのですか?
 あたしはどうすればよかったのですか?
 なぜあたしが 罰を受けなければならなかったのですか?

 女神アテナがあたしに挑んだとき
 あたしは喜びに踊り出しそうになった
 だって女神様と競えるなんて!
 あたしにどれほどの力があるのか
 あの方自身が試して下さるのですから。
 こんなに嬉しいことはなかったのです
 お断りするなんて……そんな、畏れ多い!

 町の広場の台の上に 二台の織り機が並べられ
 女神アテナとあたしは 向かい合って織り始めた
 あの方と競えることの喜びに胸をつまらせながら
 あたしはすべての技と心をこめて織り続けた
 神々と人々とが 愛の神エロスの御業によって
 至福の中に睦み合っている歓びの絵を。
 手を抜くなんて……そんな、畏れ多い!

 人々が喝采した
 あたしは一心不乱に織り続けていた
 あの方が立ち上がった

   「思い上がった人間よ
      神に挑もうとした傲慢な人間よ」

 どうすればよかったのですか?
 あの方はあたしの布をびりびりに引き裂き

   「神を貶め神を超えようとした不遜な人間よ」

 あたしを突き倒し 天高く手を差し上げて

   「酬いを!」

 どうすればよかったのですか?
 お断りすればよかったの? 手を抜けばよかったの?
 あなたはそんなことをお許しにはならなかったでしょうに。
 あたしは どうすればよかったのですか?
    V

 もうしばらく ここに居させて下さい
 それからもあたしは毎日 機を織り続けています
 破られても 叩き落とされても 何度でも織り直して

 あたしの名はリュディアのアラクネ
 思い上がって神と並ぼうとした罰で
 蜘蛛に変えられた女です……

 あたしはあなたに勝とうなどとは思わなかったのに
 ただ持てる力のすべてを出してみようとしただけなのに

   「すばらしい! なんと美しい!」
   「女神アテナより上だ!」
   「アラクネの勝ちだ! われらのアラクネの勝ちだ!」

 そう 言うだけなら なんの責任もなかったの
 人々があたしを褒め称えた
 その時 あたしの罰は決まったのです

   「永遠に織り続けるがいい
      それほどに機織りが好きなのならば」

 そうして あたしは蜘蛛になった
 あさましい八本足の毒虫となって
 人の家の軒から軒へと……

 お願いです
 どうか もうしばらくの間
 あたしをここに居させて下さい
 ご迷惑はおかけしませんから どうか……