マダムの青春18きっぷの旅 

 今年(2018年)は旧盆の頃に恒例の墓参りの旅に行ったわけですが、毎年の例からして、

 ──青春18きっぷが1回分剰っているはずだが、あれはどうしたんだ?

 と思われたかたも居られるでしょう(居ないか?)。
 青春18きっぷは5回分の枠があり、ひとりで5日間使うこともでき、同一行程であれば複数人で使うこともできるようになっています。昔は1回分1枚で、5枚1組の切符になっていた記憶がありますが、それだとばらして金券屋に売る不届き者が居たりしたので、1枚の券面に5つの検印枠を設けることにしたのでしょう。
 墓参行自体、剰った青春18きっぷの処理方法としてはじめたことでした。そのうち目的が逆転して、墓参行で4枠(ふたり×2日)使って、残り1枠で私がよくふらふらとどこかへ出かけるというパターンが普通になりました。
 その今年の「残り1枠」の処理方法について書いたエントリーがまだありませんでした。青春18きっぷの有効期限は9月10日ですので、そろそろ使わないと無駄になってしまいます。
 実は、今年は珍しく、うちのマダムに使って貰ったのです。
 いままでも、マダムが深谷に居る友達を訪ねるときに1枠使って貰ったこともあります。ただ川口から深谷に往復するだけでは元が取れないので、マダムはその日友達の家を辞してから、わざわざ大宮で乗り換えて古河まで行き、ギョーザを食べて帰ってきました。
 それはまあ、用事があるので使って貰ったというところですが、今年は趣きが異なります。一日中列車に乗り回して過ごすという、私の趣味みたいなことをマダムがひとりで決行したのでした。

 マダムとふたりで近場の旅をする場合、よく湘南新宿ラインなどのグリーン車に乗ります。グリーン車と言っても座席のグレードは特急の普通車並みと言ったところで、あくまで通勤電車の中で少しグレードが高い席というに過ぎません。それでもふたり掛けのクロスシートで、立っている人を気にせずにのびのび座っていられるというのは気が楽ですし、2階建てになっているので車窓を眺める目線がいつもと違って楽しさがあります。
 料金は特急のグリーン車に較べれば安く、しかも土休日に乗車前購入をすればさらに安くなります。距離に対する値段の変化も2段階しかありません。普段使いする気にはなれませんが、ちょっと「お出かけ」という感じのときには手頃なオプションなのでした。
 たいてい、赤羽あるいは浦和からどこかまで、あるいはその逆という乗りかたをしています。ただ、赤羽や浦和というのは、湘南新宿ラインや上野東京ラインの行程の、やや北寄りとはいえ、真ん中に近いあたりになります。つまり行程の約半分くらいしか乗ることができません。

 ──高崎から小田原あたりまで、一気に乗り通してみたいなあ。

 と、グリーン車を下りるときにマダムがよく口にしていました。
 この前、墓参行の帰りに「たんばらラベンダー号」に乗って、そこから下りるときにも同じことを言っていました。「たんばらラベンダー号」はグリーン車ではありませんが、そんじょそこらのグリーン車がはだしで逃げ出す豪華車輌で、下りるときには名残惜しさを感じるほどです。沼田から赤羽まで、2時間足らず乗っただけでは欲求不満がたまります。それでマダムも、いつも口にしている「グリーン車乗り通し」をまた呟いたとおぼしいのでした。
 「それなら、この18きっぷの残りの1枠で乗ってくるか? ぼくは一緒には行けないけど」
 と水を向けてみると、行ってきたいと言うので、今年の18きっぷの剰余分はマダムに譲ったという次第でした。

 とはいえ、マダムが自力で旅程を組み立てることはできないので、私が旅程表を作ることになります。旅程を作るという作業は、自分の旅行でなくともけっこう楽しいもので、宮脇俊三氏も

 ──旅行の計画を立てているときの楽しさは、実際の旅行の楽しさをしばしば上回るほどである。

 と何度も書いています。
 まず湘南新宿ラインの電車にフルに乗るというのが大きな幹となります。上野東京ラインでも良いのですが、こちらは「アクティー」を除くと普通電車ばかりで、全駅に停車しているとさすがにマダムも飽きるでしょう。湘南新宿ラインの特別快速なら、東海道線に入っても「アクティー」と同等の快速運転です。高崎から小田原までの全行程で約3時間ほど、ちょうど良い所要時間という気もします。
 これに乗るためには、まず高崎なり小田原なりまで足を運ばなければなりません。帰りも同様です。さすがに同じ高崎線や東海道線を往復するだけというのはマダムもいやがったので、別のルートを考える必要があります。高崎側は八高線両毛線経由が良いでしょう。小田原側は、直接小田原に抜ける別ルートはありませんが(青春18きっぷの処理イベントなので、当然JRしか使えません)、茅ヶ崎相模線を分岐しているので、活用できそうです。
 高崎か小田原かどちらを先にするかという問題もありますが、これは簡単に解決しました。群馬名産の鶏めし弁当の店である「登利平」で昼食にしたいというマダムからの要望が出たのでした。この前の墓参行のとき、高崎で寄るのは断念したものの、前橋で寄ることができ、そこでドリンク無料券を貰っていました。どの店舗でも有効ということなので、マダムは高崎の店に行って食事をし、その無料券でドリンクを貰おうという計画を立てていたのでした。
 それならば、高崎を先にする選択肢しかあり得ません。高崎までのルートは、この前乗ったばかりではありますが八高線を使うことにしました。マダムは八高線の趣きを大変気に入っているのです。
 埼京線川越まで行き、川越線に乗り継いで高麗川へ、そして八高線に乗り換えます。家を出るのを8時半頃の常識的な時刻にしたので、高崎にはこれでお昼ちょっと前に到着します。そういえば去年は、考えうる限りの長距離日帰りをしようと思って、私は5時半頃に家を出たっけ。
 昼食に宛てる時間は、私なら1時間でも余るくらいですが、マダムを伴っているとたいてい1時間ではせわしなくなることがわかっています。混む店でもありますので、余裕をとって1時間半ほど空けておきました。
 そしてメインコース、湘南新宿ラインの特別快速で一気に小田原へ。
 小田原でも1時間弱の空き時間をとった上で、茅ヶ崎〜橋本八王子西国分寺南浦和〜川口というルートで帰るという旅程を立てました。全部で12時間ほどの行程です。休日の過ごしかたとしてはけっこう充実しているのではないでしょうか。
 私も暇だったら同行したいくらいでした。この範囲であれば、休日おでかけパス寄居〜高崎と高崎〜神保原の切符を買い足せばカバーすることができます。そんなに交通費はかからないのでした。しかし、決行日は9月8日土曜日、残念ながら私はピアノ教室の仕事を抱えています。
 8日の朝、マダムが例によって出発直前にアレが無いコレが無いと言い出して予定よりも遅れて出立するのを見送ったのでした。

 私が旅程表で指定した京浜東北線電車は逃してしまったようですが、赤羽での埼京線への乗り換えに少し余裕をとってあったので、なんとか予定どおりの川越行き快速電車に乗ることができたと連絡がありました。早朝と夕方以降を除き、川越行きの電車というのは快速だけで、平均して20分に1本くらいしか走っていません。埼京線にも乗り損ねていたら、あとの旅程がめちゃくちゃになるところでした。まあ、八高線を別にすれば、例えば1時間遅らせてもほぼ同じパターンで運転されている路線ばかりではありますが。
 高崎〜小田原、192.7キロを3時間で走る湘南新宿ラインの特別快速電車は、JR東日本の普通列車としてはかなり長いほうです。ちなみに最長普通列車は、黒磯熱海間を走る上野東京ラインで、走行距離267.9キロ、所要時間4時間40分です。土休日運転6時52分黒磯発と、毎日運転18時53分熱海発の上下1便ずつしかありません。5時間足らずの便が最長列車かあ、と私などは慨嘆したくなります。
 私が自分で旅行をはじめた頃は、長距離の鈍行はだいぶ減りつつありましたが、それでもまだかなり残っていました。寝台車を併結した鈍行列車すらまだありました。指定券発行のためにそれらには愛称名がつけられていて、札幌釧路を走る「からまつ」名古屋天王寺を走る「南紀」(のち「はやたま」)、京都出雲市を走る「山陰」門司港長崎を走る「ながさき」というラインナップでした。もちろん、座席車だけの、従って愛称名のついていない夜行鈍行もたくさん走り回っていました。「大垣夜行」とそれを代替した快速「ムーンライトながら」「長岡夜行」とそれを代替した快速「ムーンライトえちご」にはずいぶんお世話にもなりましたし、そのほか松本夜行、札幌〜函館の山線まわり夜行などを利用したことがあります。
 昼間の鈍行にも長いのがありました。長いこと「最長鈍行」として知られていた山陰本線の824列車は、門司を早朝5時52分に出発し、終点の福知山に23時51分に到着するという悠然たる列車でした。ほとんどが非電化単線ばかりである山陰本線とて、行き違いなどのためにしょっちゅう10分、20分という長時間停車を平然とおこなうために、595.1キロを走るのに18時間も要したのでした。
 私は残念ながらこの列車が存命なうちに乗りに行くことはできませんでしたが、そのなごりのような下関出雲市という列車には乗りました。走行区間は減りましたが、それでも8時間近く乗っていたと思います。
 青森から仙台という鈍行列車も憶えています。当時はまだ、東北本線などには機関車牽引のいわゆる「客車列車」がたくさん走っていました。青色やチョコレート色のオンボロな車輌であることもありましたが、私が乗ったときは、東北本線のような表街道には、さすがに赤色に塗られた近代的な客車が投入されていました。電車は積雪や低温に弱いとされ、701系のような寒冷地用電車が開発されるまでは、東北地方などは客車列車の天下だったのです。
 ともかく長距離鈍行といえば、機関車牽引、長時間停車、大半の行程はがら空きというのが相場でした。
 それらのキーワードは、いずれも「合理化」という概念には反しています。機関車牽引の客車は自力で動けないので、編成や回送も大変です。長時間停車は客のニーズにも合わないし、車輌の回転という意味でも好ましくありません。がら空きの列車を長時間走らせるほど無駄なこともないでしょう。
 そのため、「合理化」の名の下に、これらの長距離鈍行は続々と廃止されてしまいました。車輌は電車や軽量ディーゼルカーに置き換えられ、走行区間は短くちょん切られました。山陰本線など惨憺たるもので、かつては何時間も客車に揺られてのんびり旅ができたものが、いまでは簡素なディーゼルカーにせいぜい1時間か1時間半くらい乗ると終点に着いてしまい、先へ行くためには乗り換えを強いられます。しかもJR西日本はどういう料簡か、それらのディーゼルカーを片端からロングシートにしてしまいました。ロングシートにはロングシートの利点もあるのですけれども、少なくとも車窓を眺めるには不便と言わざるを得ません。東北本線も奥羽本線も似たようなものです。首都圏を縦断する通勤型電車が、JR東日本の管内だけとはいえ最長列車になる日が来るとは、まさに隔世の感があります。
 しかしともかく、そんな「長距離電車」のグリーン車を乗り倒してみたいと希望するとは、マダムの鉄分もだいぶ多くなってきた気配があります。

 マダムの旅程の中で、相模線にはしばらく乗っていないので、また乗りに行きたいと思います。
 たぶん、非電化のうちに1回、電化されてから1回乗った程度ではないかと記憶しています。首都圏の路線の中では縁の薄いところです。
 『星空のレジェンド』以来、平塚に足を運ぶことが多くなりました。相模線が出ている茅ヶ崎は平塚のひとつ手前です。茅ヶ崎に停車したときに向こうのプラットフォームに相模線の電車が停まっているのを見て、帰りはあれに乗ろうか、などと考えることもあるのですが、結局そのまま東海道線で帰ってしまいます。
 しばらく前に、座間の合唱団の練習に招かれて行ったことがあり、終わってから小田急で引き返さず、もうひとつ先の海老名まで行きました。そこから、相模線に乗るか相鉄線に乗るか(字面が似ているのでご注意を)迷ったあげく、結局相鉄で横浜に出てしまいました。そんなわけで、ずいぶん長いこと相模線にはご無沙汰しています。
 電化したときに、横浜線と同様快速でも走らせるのだろうかと期待したのですが、そんなことにはなりませんでした。全線複線化が完了した横浜線と違い、相模線は全線がいまだ単線で、行き違い設備が無い片面駅も多く、快速など走らせる余裕も価値も無いというところでしょうか。乗ってきたマダムの証言によると、ドアの開閉も半自動のドアボタン方式だったそうです。利用客の少ない閑散地域で使われている方式で、いかにもしょぼい印象があります。沿線人口は決して稀薄とは言えないのに、なんでそんなにしょぼくれているのかわかりません。起点の茅ヶ崎というのが微妙に中途半端なのでしょうか。

 マダムは私の立てた旅程どおりに列車を乗り継ぎ、小田原で買ったという干物やカマボコを携えて帰宅しました。とても楽しかったようです。またあんまりお金を使わずに済んだのも高得点だったのでしょう。青春18きっぷを持っているので、あとはグリーン料金(土休日事前購入)780円と、登利平での昼食代くらいで済みます。実際には小田原でお土産を買ったとはいえ、ショッピングなどをしに街へ出かけるのに較べればはるかに費用が抑えられます。マダムも鉄道乗りつぶしが趣味になるかもしれません。

(2018.9.9.)


トップページに戻る
「時空のコーナー」に戻る
「途中下車II」目次に戻る