「ホームライナー」を考える

 最近、私鉄にも「ホームライナー」的な列車が多くなりました。
 「ホームライナー」というのは今さら説明しなくても良いかもしれませんが、いちおうおさらいしてみると、ラッシュの時間帯に主要駅だけ停車するように設定された列車で、たいていの場合は乗車整理券を買うことで着席保証がなされます。仕事で疲れて、帰りの電車は坐ってゆきたいと思う勤め人に好評で、たちまち全国的に普及しました。
 最初は、主に上野駅に到着した特急列車などを車庫まで回送するにあたって、客を乗せることにしたというのが濫觴であったと記憶しています。
 昔の上野駅は次から次へと特急が入線してくる駅でしたが、いわゆる頭端式、行き止まりのプラットフォームであったために、車庫に回送するには逆向きに出ていかなければなりません。これが夕方ラッシュ時にはけっこうダイヤを圧迫する存在だったのでした。何しろ上野駅からは、山手線京浜東北線は別としても、常磐線・東北線・高崎線に向かう列車がひっきりなしに発車します。ラッシュ時には数分おきに出発してゆきます。ここに特急列車の回送のスジを入れなければならないので、ダイヤ編成が大変だったのでした。また、満員の通勤列車に揺られているとき、空っぽの特急列車が通り過ぎてゆくのを見ると、客のほうも腹が立ちます。あれに乗せてくれれば、と思わざるを得ません。
 そこで、整理券を発行してこの戻り特急列車に客を乗せることにしたわけでした。最初は大宮までだったかと思います。 
 特急に乗ろうとすると、どんなに近距離でも千円近い特急券を買わなければならなかったのが、300円ほどで乗れるというのですから、たちまち評判になりました。そういえば当時は、定期券では特急に乗れないという規則もあったはずです。この戻り列車はもちろん定期券で乗ることができました。

 「ホームライナー大宮」と名づけられた戻り列車は好評で、増発の要求がひきもきらず、何本も走るようになりました。そのうち運転区間も拡大し、さらに東京駅や新宿駅発着のものも出現しました。東京駅や新宿駅は頭端式ではありませんから、回送列車が通勤列車のダイヤを圧迫するということは特に無いのですが、東海道線中央線にもホームライナーが欲しいという声が高まったのでしょう。
 東京だけではなく、関西圏や中京圏、あるいは静岡県内などでもこの種の列車が走りはじめました。もはや特急列車の回送ついでということではなく、ちゃんと最初からそのためのスジを用意して走らせるようになっています。整理券の値段は路線や区間によってまちまちですが、いずれも数百円程度で、そのくらい出せば坐って帰れるということの魅力は、日々の生活に疲れたサラリーマンたちにとっては福音のようなものだったのです。

 現在では、東海道線だけでも、東京口に「湘南ライナー」「おはようライナー新宿」「ホームライナー小田原」、静岡県内に「ホームライナー沼津」「ホームライナー静岡」「ホームライナー浜松」が走り、関西圏の特急「びわこエクスプレス」も一種のホームライナーと言えます。中央線にも東京口に「中央ライナー」「青梅ライナー」、名古屋口に「ホームライナー瑞浪」など何種類か(行き先によって名前が変わる)走っています。
 元祖である上野発列車を見ると、実は現在はここから本来の意味でのホームライナーは出ていません。高崎線は特急「スワローあかぎ」がホームライナーの役割を果たしています。また常磐線も特急「ときわ」が同様の役割で、朝の上りと夕方以降の下りは、異様に停車駅が多くなっています。また東北線にはこの種の列車は無くなりました。特急にしてしまったのは、まぎれもなく増収策でしょう。整理券を特急料金にしても利用者は居ると判断したのだと思います。ただし「ひたち」「ときわ」「スワローあかぎ」は普通の特急より安い特定特急料金が適用され、なおかつ全車が指定席になっています。着席保証というホームライナーのいわば存在意義を無くすわけにもゆかなかったのでしょう。
 昔の特急は全車指定席というのがあたりまえだったのですが、だんだんと自由席が導入され、エル特急なんてのが増えるに従って自由席率も増加し、やがて全車自由席の特急も登場しました。かように国鉄=JRの特急列車は自由席が増える傾向を突っ走ってきたのでしたが、ここへ来てふたたび全車指定席が復活しています。

 さて、私鉄のラッシュも国鉄=JRに劣らず激しいものがありますが、一体に距離が短いので、着席保証のあるホームライナー的列車はなかなか導入されませんでした。
 それでも比較的長距離の路線で、有料特急などが走っているところは、その特急を通勤時間帯にホームライナー的に使うということがはじまりました。
 たぶん最初は小田急だったように記憶しています。小田急のラッシュも深刻であり、またかなりの長距離路線です。
 当初は停車駅の多い「さがみ」をホームライナー的に走らせたのだったと思いますが、やがて「ホームウェイ」という専用列車が設定されました。
 小田急の特急料金は国鉄=JRに較べてだいぶ安いので、乗車整理券のようなものは設置されませんでした。
 小田急はこの種の列車についてはかなり積極的です。地下鉄乗り入れ用特急車輌をはじめて導入したのも小田急でした。前にも書いたことがありますが、地下鉄乗り入れ用車輌というのは、前後に貫通路を備えていることが必須条件です。非常時にはお客がそこから出られるように誘導するためです。地下鉄のトンネルは口径をなるべく小さくして工費を抑えるべく、普通のトンネルに設置が義務づけられている線路脇の非常通路を持っていません。そのため、車輌のほうに貫通路をつけなければならないわけです。
 旧来の小田急のロマンスカーは、もちろん貫通路は備えていません。小田急ロマンスカーと言えば名鉄パノラマカーと並んで、前面の一枚窓で展望を愉しむのが売りですから、通路などはつけられません。その伝統とこだわりをさらりと棄てて地下鉄乗り入れ用メトロロマンスカーを投入したわけです。
 地下鉄乗り入れ用特急車輌は、東武などでも導入を図っているという話ですが、いまのところこのメトロロマンスカーだけです。京成スカイライナー羽田空港まで直通できないのも、他にいろいろ理由はあるものの主に貫通路がないためですので、なんとかすれば良いのにと思ってしまいます。

 小田急の次が、たぶん京急「ウイング号」でしょう。
 京急は有料特急はありませんが、最上級種別である快特には伝統的にクロスシートの専用車輌を宛てています(現在は快特の便数が増えすぎ、専用車輌は一部の列車にしか使われなくなりましたが)。これならば、着席保証のための乗車整理券を売っても文句は出ないでしょう。
 京急も1時間以上走る路線ですから、ホームライナー的な列車は待ち望まれていたはずです。また東海道線と競合していますから、「湘南ライナー」に対抗する必要もあったでしょう。
 小田急の特急と違い、「ウイング号」は停車パターンを快特の上位としました。そして「湘南ライナー」に倣い、横浜駅を通過するという思いきった手段を採ったのでした。短距離客を排除するためです。
 当初は夕方以降の下り列車だけでしたが、現在は「モーニング・ウイング号」が2本走っています。停車駅は「ウイング号」よりさらに厳選して、三崎海岸・横須賀中央・金沢文庫・上大岡・品川に絞ってあります。

 スカイライナーの間合い運転を使った京成の「モーニングライナー」「イブニングライナー」もかなり以前から走っています。
 料金は「スカイライナー」よりかなり安く、停車駅も多くなっています。現在は「スカイライナー」がスカイアクセス線廻りになったので、本線青砥成田間に関しては「モーニングライナー」「イブニングライナー」が最上位列車となっています。
 有料列車用の車輌をこういう使いかたで運用している私鉄は、他にはあまり見当たりません。特急の一部をホームライナー的に使うにしても、料金まで下げていることはまず無いのでした。「スカイライナー」の料金がもともと少し高めであるための措置でしょう。

 東武は、例えば「しもつけ」などがホームライナー的に走っていたと言えそうですが、質量ともに充分とは言えませんでした。近年になって、夕方以降の特急の停車駅を増やしたりして、それらしき意図が見えやすいようになりました。今年の「リバティ」導入で小回りが利くようになったか、杉戸高野台なんてところも停車駅に加えられ、またリバティ車輌を用い「アーバンパークライナー」として野田線にも特急が走るようになりました。この「アーバンパークライナー」と、春日部発着の「スカイツリーライナー」、それに旧急行型を使っている「しもつけ」「きりふり」は、わずかに特急料金が安くなっていますが、あとは普通の特急と同じで、しかもリバティの場合は長距離になるとむしろスペーシアなどよりも料金が高いのが困ったものです。
 東武のホームライナー的列車と言えば、むしろ東上線に走っているTJライナーが典型でしょう。
 長らく有料列車が走ることがなかった東上線に、はじめて導入された着席保証列車で、このためにわざわざ新型車両を投入したのでした。近鉄の急行電車や、JR仙石線などではすでに使われていましたが、関東でははじめてのデュアルシート車です。ロングシートとクロスシートの両方のモードに変形することが可能で、TJライナーとして走るときにはクロスシートとなり、日中などはロングシートモードで他の種別の電車としても運用されます。
 東上線もけっこう長いので、TJライナーは大人気であり、増発に次ぐ増発がおこなわれ、いまや下りは11便に達しています。また朝の上りも運転がはじまっています。

 西武は、ラッシュ時には特急の運転頻度を高くしてホームライナー的な利用をうながしていますが、特にそのための専用の運用をおこなっているわけではありません。停車駅も料金も変わらないのでした。
 しかし、TJライナーの成功を見て、多少考えるところがあったのかもしれません。最近、S-Trainというのを走らせはじめました。
 TJライナーと同じくデュアルシートを採用していますが、これはホームライナーと考えて良いのか微妙ではあります。平日と土休日とで用途が違っているのです。
 平日はメトロ有楽町線に乗り入れ、豊洲に発着します。有楽町線内は有楽町飯田橋にしか停車しません。有楽町線には以前、副都心線との共用区間である池袋小竹向原和光市間を通過運転する準急が走っていたことがありましたが、いつの間にか無くなっていました。今度のS-Trainは本格的な優等列車です。
 西武側は所沢発着で、途中保谷石神井公園に停まります。こういう停車パターンの電車はいままでありませんでした。そしてこの平日便の注目点は、池袋に停車しないことです。思いきったことをやったものです。
 いまのところ便数は少ないのですが、好評だったら増えるでしょう。停車駅などもこれからいろいろ試行錯誤するかもしれません。
 同じ車輌を使って、土休日には副都心線を経由し、東横線に乗り入れて元町・中華街まで走ります。秩父発着のも1往復あるので、これは相当な長距離運転(115キロほど)です。こちらはホームライナーと言うより、行楽列車ですね。東急にはじめて走った有料列車でもあります。西武の快速急行、副都心線の急行、東横線の特急のいずれよりも格上に位置づけられている感じで、停車駅もかなり絞ってあります。

 東急独自の有料列車というのはあんまり走りそうにありませんが、S-Trainの利用度によっては東急編成ができるかもしれません。また田園都市線の混雑ぶりが深刻なので、押上発着のホームライナー的列車を導入する可能性もありますね。
 相鉄も、現状では有料列車を走らせるとは思えませんけれども、神奈川東部方面線が実現し、もくろみどおりに東横線目黒線メトロ南北線埼玉高速線を直通する電車が走るようになったら、有料列車の導入に前向きになるかもしれません。
 さて、あとは京王ですが、ここもずっと有料列車は無しで、オールロングシート通勤車輌だけでやってきました。しかし、来年の春についにデュアルシート車輌を投入するそうです。やはりTJライナーの成功に刺戟されたのでしょう。
 京王の場合、八王子にしろ橋本にしろ、新宿からは40キロ足らずで、着席保証するほどのことだろうかとやや疑問です。乗り入れている都営新宿線本八幡発着にすれば60キロ超えになり、需要も多くなりそうですが、さしあたってそういう運用はしないようです。ライバルである中央線電車のグリーン車導入に対抗したとも考えられます(ただし、中央線のグリーン車は、いろいろ導入に障碍も多く、少し先のことになりそうです)。
 こうしてみると、東京の近郊私鉄のほとんどに、ホームライナー的な列車が登場または登場予定ということになりました。
 関西の私鉄には、有料でないハイグレードな電車がずいぶん走っています。最高クラスとしては京阪の特急(快速急行も)があり、阪急京都線の特急や快速特急にもそれに肉薄する車輌が走りはじめています。阪神の特急も長らくロングシートでしたが最近はクロスシートが多くなりました。
 それに較べ、東京の私鉄は、京急の快特や東武の以前の快速、相鉄以外には、有料でないクロスシートなどはほとんどありません。一時期、東急やメトロ南北線などにわずかにボックスシートが設置されたことがありますが、それも少なくなりました。乗車率が関西とは段違いなのでやむを得ないところでしょうが、乗車整理券という形で何百円か払えばある程度のハイグレード車に乗れるようになってきたのは、長いこと千篇一律のロングシート車ばかりだった東京の通勤電車としては嬉しい傾向ではないでしょうか。

 もっとも、私がホームライナーに乗った経験はごく少ないものです。通勤ということをしていないので、あんまり乗る機会が無いのでした。
 もうずいぶん前、青春18きっぷで旅をしてきたあとで、急遽大船まで行かなければならなかったことがあり、乗車整理券だけ買って東京駅から「湘南ライナー」に乗ったのが初体験だったと思います。運賃のほうはまだ18きっぷが有効だったので不要でした。横浜通過は快感でした。
 それから、夜の稽古で八千代台まで行かなければならず、イブニングライナーに乗ったことがあります。
 TJライナーにはまだ乗っていませんが、その間合い運転である快速急行には何度か乗りました。もともと戻り運転からはじまったホームライナーの、そのまた戻り運転です。
 夕方以降にどこか、けっこう遠いところに行かなければならないというときにしか乗れないわけですから、そういう場所で稽古などがあることを期待しましょう。

(2017.8.5.)


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