リフレッシュの旅 (2011.8.14〜16.)

I

 今年(2011年)も去年の夏に引き続き、山梨県甲斐市にある「リフレッシュガーデンクレスト」に逗留してきました。
 この宿については去年の日誌でも触れましたが、もういちど簡単にご紹介いたします。本体は都市型温泉、つまりスーパー銭湯と呼ばれる施設と言って良く、それにビジネスホテルのような宿泊施設が附属しています。2階と3階がホテル、4階と5階と屋上が風呂とそれに付随する施設ですから、バランスからしても銭湯が本体と言えましょう。
 風呂はサウナやミストサウナを含む各種のものが揃っていますが、特筆すべきなのはワイン風呂です。ワインを搾る時に出る皮を乾燥させて粉末とし、それを一種の入浴剤として源泉に混入したものです。今回、その粉末を投入する際に居合わせました。係の人が大きな計量カップに入れて粉末を持ってくるだけで、あたりにぷんと葡萄の香りが立ちこめます。
 「それ、一日にどのくらい入れてるんですか」
 と訊いてみたところ、
 「2時間に1回入れてます」
 とのことでした。見た感じ、1回に入れる分量は300グラムくらいではないかと思われました。営業時間は朝10時から深夜24時までなので、7回入れることになります。とすると毎日2キロ以上使用しているわけで、確実な入手ルートがないと続けられないでしょう。
 そもそもこの宿を見つけたのは、ワイン風呂に入りたいとマダムが希望したのがきっかけでした。最初は
 「勝沼でワイン風呂に入りたい」
 と土地まで限定していたのですが、検索してみると勝沼にそういう入浴施設は見つかりません。あるのかもしれませんがネットではわかりませんでした。それではと思い、近在で探してみたら、石和温泉でひとつ見つかりました。しかし石和といえば古くからの温泉場で、宿も何やら由緒あるところが多く、ワイン風呂のある宿が見つかったものの、1泊おひとり様2万円といった高級旅館だったのでした。
 さらに検索を続けてみると、この「リフレッシュガーデンクレスト」を発見したのでした。宿泊料金はまさにビジネスホテル並みです。ことにふたり連れのプランの廉価さは眼を見張るものがありました。ホントにこの値段でいいのか、と何度も見直したほどでした。
 食事は朝に食パンとコーヒーが供されるだけ(有料で定食や、オプションの小皿などを注文することは可能。他の時間帯も簡単な料理──スーパー銭湯附属の食堂並みのもの──なら食べられます)で、高級旅館のような風情はもちろんありません。甲府バイパス道路沿いに建つただのビルに過ぎませんが、とにかく待望のワイン風呂と、その度外れたような廉価さが決め手となって、去年訪れてみたのでした。

 行ってみると、筋トレ用のジムや、シアタールームなどまで併設されていて、一日こもっていても退屈しないようなところでした。
 公共交通機関である鉄道の駅やバス停などからは少し歩くものの、バイパス沿いだけあって飲食店などは(ありきたりの店ですが)近くにたくさんあり、また嬉しいことにコンビニやスーパーマーケットも歩いてゆける範囲にあります。ホテルで食事しなくとも、食いはぐれることはありません。
 セミダブルの部屋を予約しておいたのに、訪ねると広めのダブルルームに代えてくれたのも好印象でした。私たちの体格を見て急遽代えてくれたのかどうかは知りませんが、旅先ではこういうちょっとしたことで滞在地に対するイメージが左右されたりします。
 ともかくも、大いに満足しましたので、今年も再訪することにしたわけです。

 さて、これまた去年と同じく、青春18きっぷを活用しようと思いました。
 私の住んでいる川口から、宿の最寄り駅である竜王(甲府のひとつ先)までの運賃は2520円です。18きっぷは11,500円でのべ5日分使えますので、1日分は2300円。川口-竜王はかろうじて元が取れる区間です。
 しかし往復それではいかにも芸がないし、なんだかもったいない気がします。それで去年は、帰りに身延山に立ち寄って迂回ルートを帰ってきました。
 今年はあいにくと、最終日である今日(8月16日)の夕方にマダムの予定が入っていて、帰り道にあまり遠回りしている余裕はありません。そこで、初日(14日)に竜王に直行せず、清里まで足を伸ばしてみました。
 9時02分新宿発の「ホリデー快速ビューやまなし」に乗車します。快速ですから18きっぷが利用できます。ただ、混むと思われたので、指定券を買っておきました。
 中央線の「ホリデー快速」にはいくつも乗っていますが、「ビューやまなし」ははじめてでした。「ビュー」がついているのは、2階建て車輌を用いているからです。プラットフォームに入ってきたのを見ると、東海道線の快速「アクティー」に時々使われている2階建て車輌でした。「アクティー」には乗る機会そのものが少ない上、普通の車輌による運転も多く、この2階建て車輌に乗れたことはいままで1度しかありません。
 それでうっかりしていたのですが、この車輌は固定式ボックスシートだったのでした。つまり、指定席をとったので確実に坐れるとはいえ、強制的に他人と向かい合わせにならざるを得ないわけです。なんでこんな時代遅れのレイアウトにするのやら。どうせクロスシートなら、関西で多用されている転換クロスシートを導入すれば良いのに、なぜかJR東日本はかたくなに転換クロスを避けているようです。以前「踊り子」などに導入した時に評判が悪かったのを引きずっているのかもしれませんが、特急だから不評だったので、普通列車としては申し分のない車内設備だと思います。
 指定券は完売状態だったそうです。新宿を出る時には向かいには客が居ませんでしたが、そうするとどこかで必ず乗ってくるわけです。実際、次の停車駅である三鷹で塞がりました。
 立川八王子と、停まるたびに乗客が増えます。しかし、高尾で少し下車客が居たので意外な気がしました。自由席ではなく指定席からも下りた人が居ました。通勤電車が頻繁に走っている区間ですが、510円の指定券を買って少し豪華な想いをしてみようと考えたのでしょうか。
 大月ではかなりごそっと下り、向かいに坐っていたカップルは、別の空いたボックスに移ってゆきました。
 甲府から指定席車に乗ってきた人が案外居たのにも驚きました。この快速は小淵沢止まりですから、甲府から指定料金をわざわざ払うのはばからしいような気がします。しかし、立つのを好まない気持ちのほうが強かったのでしょう。
 小淵沢着11時59分。終点まで乗った乗客は、ほとんど全員が小海線のプラットフォームへ移動します。12時26分発の休日臨時列車「八ヶ岳高原列車5号」に乗るためです。私たちももちろんその列車に乗り換えます。
 もっともらしい愛称がついているものの、要するに普通のキハ110系です。しかしこのディーゼルカーは、JR東日本が作った中では、ほぼ好評をもって迎えられた唯一の車種と言って良い車輌です。ディーゼルカーというイメージを覆すような瀟洒なデザイン、2+1クロスシートという合理的な座席配置、軽量化と高速化が図られたボディやエンジンなど、どちらかというと野暮ったさや「誤った合理化」を指摘されることの多いJR東の新造車としては、まずピカイチと呼んで良い出来なのでした。もちろんこの車輌であることに不満はありません。
 清里まではわずか3駅ですが、距離は17.5キロ、しかも急峻な昇り勾配で、高速化したキハ110系でも25分ほどかかります。清里と、その先の野辺山との間にJRの最高標高地点があるのはよく知られていますが、列車はそこに向かってぐいぐいと登ってゆきます。旧型車では「あえぎあえぎ」というのがふさわしいような、烈しいエンジン音のわりにさっぱりはかがゆかない登攀区間でしたが、そこは軽量の新造車、ずいぶんと軽やかな走りっぷりとなりました。
 沿線には別荘地が拡がっています。小淵沢を出ていくらもゆかないうちに別荘がちらほらと見え始め、高度を上げるとともにさらに目立つようになりました。この辺が軽井沢みたいになる日も遠くはなさそうです。
 途中の甲斐小泉駅前には、平山郁夫美術館なるものが建てられていました。マダムは立ち寄りたがっていた様子ですが、今回は見送ります。

 清里駅周辺がすっかり観光地化していることは知っていましたが、下車したのははじめてです。なるほど、駅前には土産物屋やおしゃれなレストランが建ち並び、近くには萌木の村なるテーマパークもあり、俗化したといえばまたえらく俗化したものです。しかし、昔の清里を知っているわけでもないので、こんなものかと思うばかりです。
 大きな荷物はコインロッカーに預けてから、まず昼食をとりました。昼食はマダムの希望でグラタンの専門店に行ってみました。マダムがその店を知っていたわけではなく、
 「清里ったら牛乳? 牛乳の料理ったらグラタン? グラタン食べたいな」
 と言いだし、調べてみると確かにグラタンの専門店なるものが存在することがわかったという次第です。駅からもすぐ近くでした。
 実はけっこう有名な店のようで、行ってみるとドアの外にまで列ができていました。高原とはいえ陽差しが強く、日向に立っているとそれだけで汗が噴き出してくる暑さでしたが、マダムはひるまずに列に加わりました。
 たぶん40分ばかり待ったことになると思いますが、14時過ぎてようやく料理にありつきました。
 40分待った甲斐があったと言える味であったのは幸いでした。マダムは甲斐地鶏のマカロニグラタン、私はコーンとポテトのグラタンを注文しましたが、鶏肉の歯ごたえとコーンの甘みは特筆すべきでしょう。
 しかしながら、40分待っていたおかげで、食事が終わるともう15時です。17時07分の列車で戻るつもりでしたので、もう2時間しかありません。
 要領良くあたりを見ようと思い、レンタサイクルを借りることにしました。この前、松江天橋立で自転車を借り、ずいぶん重宝したもので。
 ところが天橋立のようにあちこちの店で自転車を貸していたりはしませんでした。やっと見つけたレンタサイクル屋は、ずいぶん高い料金設定になっていました。競争が無いからこんなことになるのだと思います。借りた自転車も、あまり整備が良くないような気がしました。
 競争が無い理由は、走り始めると間もなく判明しました。海辺の天橋立や松江と違い、ここは山麓なので、坂が多すぎるのです。まずは下のほうの萌木の村を目指したので、下り坂は快適でしたが、これは戻る時苦労するのではないかと悪い予感がしました。

 萌木の村のオルゴール博物館に行きました。建物の前に、大きなバンが置いてあり、その中には巨大な自動オルガンが積まれていました。大変運が良いことに、15時10分から日に2回だけの演奏の第2回目がおこなわれると言います。その場で待っていると、ほどなくパイプオルガンの音色の「皇帝円舞曲」が始まりました。なかなか壮大です。なんでも清里フィールドバレエ団というのがあり、先頃この自動オルガンと共に震災の被災地をまわって公演してきたそうです。
 そのあと本館に入っていろいろ見たり説明を聞いたり、試演を聴いたりしました。オルゴールというものの観念が覆された気がしました。
 まず、自動オルガンや自動ピアノとオルゴールとはほとんど同義であるというのが新しい知見でした。シリンダー、ディスク、ロールペーパー、ブックなどに穿たれた孔や突起などで発音体を操作して自動演奏させる楽器の総称がオルゴールと呼ぶべきで、よく小物入れなどにくっついている鉄琴みたいな音を立てるヤツは、ごく一部のシンプルなシリンダー式オルゴールであるに過ぎないのでした。そもそもオルゴールという言葉は、オランダ語オルゲルから変化した日本語だというのも知らなかったことです。「テンプラ」や「襦袢(ジュバン)」などと同じ伝だったのです。オルゲルは言うまでもなくオルガンのことで、この場合箱形をした楽器の総称だそうです。
 すっかり感心し、もうしばらく滞在したいところでしたが、せっかく自転車を借りた意味が無くなりそうだったので博物館を出ました。
 予想した通り、駅のほうへ戻るだけでも大変でした。ギアをいちばん軽くしても坂を登ることができず、ついに押して歩きます。
 それから今度は上のほうの清泉寮を目指しましたが、これも大変な上り坂で、ペダルをこいで登るのは無理でした。傾斜度よりも、上りが蜿蜒と続くのがしんどい点です。しょっちゅう押して歩いていたら、もう時間も残り少なくなり、道半ばのキープファームで先へ行くことを断念しました。
 手持ちの地図を見ると、キープファームのあたりから遊歩道が出ていて、そこを行くと清里唯一のサイクリングロードに合流することができるようでした。わかりづらい入口をなんとか探し当てて遊歩道に入ると、途中からほとんど山道みたいになって、自転車で乗り入れたのは無謀だったかな、と思いましたが、ほどなくサイクリングロードと交差しました。あとはサイクリングロードを通って駅近くまで下ります。
 このサイクリングロードは、おそろしく九十九(つづら)折りになっていて、その分えらく長いように思えました。カーブだらけなのは、ひとつには傾斜を緩和するため、ひとつにはサイクリングがそんなに短時間で終わらずに利用者に満喫して貰うため、ひとつには下りといえどもそんなにスピードを出させないためかと想像されます。
 おそらくこれだけの九十九折りがあれば、上りのほうも充分自転車で登れる斜度になっていることでしょう。私たちは下りでしたので、整備の悪い自転車とはいえ、大変気持ちよく走らせることができました。

 自転車を返し、近くの店でソフトクリームなどを買っていたら、ちょうど良い時間となりました。
 17時07分発の234D列車は、野辺山発着であった先ほどの「八ヶ岳高原列車」とは違って小諸からずっと走ってきた列車で、ずいぶん混んでおり、清里からの乗客も多くて、とても坐ることはできませんでした。
 小淵沢でも雑踏の中で乗り換えました。往路は25分以上待ち時間がありましたが、復路はわずか4分の接続です。しかしまあ、乗り換え客が途切れないうちは発車しないでしょう。流れに乗ってゆけば、乗り遅れることは無いはずです。とはいえ、事情が許せばここで駅弁を求めてこの日の夕食にしようという魂胆があったのが、混雑で急ぐことができず無理だったのは残念でした。
 塩山行きの電車は編成が長かったので、幸いほとんどの乗り換え客が坐れました。
 坐った途端に、眠気が襲ってきました。前の晩は睡眠時間が短かった上に、清里の自転車でだいぶ疲れたもので無理はありません。韮崎あたりまでは憶えていたのですが、はっと気がつくと、竜王を通り過ぎて甲府に着こうとするところでした。なんとマダムも眠ってしまっていたようです。ふたりして寝過ごしてしまったのです。
 逆向きの電車でひとつ戻るしかありません。25分ばかりありましたので、一旦改札を出て、駅ビルで弁当などを仕入れました。構内の駅弁屋はすでに営業を終えていたのでした。
 竜王の駅に着くとだいぶ夕闇が迫ってきていました。少し歩いているうちに空はとっぷりと暮れ、東に血のように赤い満月が昇っていました。
 宿までは1キロ半ほど歩くことになります。バスに3区間ほど乗ればもっと近くまで行けますが、それでも700メートルくらいはあるので、さして違いはありません。去年一度来ているので、歩く道も少し近く感じました。
 途中の様子はそれほど変わってはいませんでしたが、廃業したらしい店がいくつか目につきました。節電で灯りを落としているところも多く、一体に去年より少しだけ不景気を感じました。

 フロントへ行って名乗ると、定番どおり宿泊者名簿を書かされますが、住所を書き入れようとすると
 「あ、去年のデータが残っておりますので、お名前だけで結構です」
 と言われました。
 「去年と同じく、少し広い部屋をご用意いたしました」
 ありがたい話で、通されたのは廊下のいちばん端の部屋でした。いわば角部屋です。
 外に、階上の入浴施設にお湯を上げたり抜いたりするパイプが通っているらしく、時々ゴーッという音がしたり、流れ落ちる水音がしたりしましたが、不足はありません。
 ひと息つくと、すぐにおなじみのスーパーマーケット「やまと」に出かけて、翌日の朝食や飲み物などを仕入れてきました。そしてもちろん入浴です。
 足がだいぶこわばっていたので、時間をかけてほぐしました。心地よい疲れを感じます。
 やはり、再訪して良かったと思いました。

(2011.8.16.)

II

 8月15日(月)の朝は、「リフレッシュガーデンクレスト」の食堂で供される食パンとコーヒー、それに前夜「スーパーやまと」で買っておいたサラダや卵などで朝食を済ませました。
 この日はずっと宿でひきこもっていようかという話もあったのですが、マダムが、ここまで来たのなら「小作」ほうとうを食べたいと言うので、昼食は食べに出ることにしました。
 午前中は、ホテル内のジムでトレーニングをします。マダムは来る前えらく張り切っていて、トレーニングウェアはもちろん、運動靴まで持ってこようとしていました。しかし荷物があまりにも重くなったため、残念ながら靴は置いてこざるを得ませんでした。
 「靴はかないと危ないんだよ」
 と主張していましたが、もともと入浴施設に付随したジムに過ぎず、ほとんどの人は裸足か、せいぜい靴下履きで利用する程度で、靴まで用意してくる人は稀ではないかと想います。

 ジムには筋トレ用のマシンが5台、ダンベル、エアロバイクなどが置いてあり、自由に使えます。夕方以降は使う人も居るようですが、午前中は滅多に利用されず、1時間半ほど私たちの独占状態でした。
 エアロバイクの「体力測定」モードでペダルをこいでみたら、なんと私は最高の「10」をマークしたので自分でも驚いてしまいました。何か間違っているのではないかと思ったほどです。ふだん特にトレーニングもしていませんし、筋肉などなまりまくっているに違いないのですが、同じ年齢の連中に較べれば体力があることになるのでしょうか。自転車だけは人並み以上に乗っているので、ペダルをこぐ運動に関しては馴れているということかもしれません。ちなみに毎日のようにフィットネス通いしているマダムの判定は「7」でした。
 筋トレなど久しぶりで、たちまち汗びっしょりになりましたが、やった後は確かに爽快です。以前は少しやっていたのですが、また始めてみようかと思いました。
 ジムから出て、風呂で汗を流します。屋上のワイン風呂に漬かっていたら、市の広報アナウンスが流れました。終戦記念日なので正午から1分間黙祷しましょう、という呼びかけでした。もっともだと思い、風呂から出て服を着、フロントの前に出たところでちょうど正午になったので、合掌して祈りを捧げました。

 それから昼食をとりに「小作」へ出かけました。ほうとう屋「小作」はチェーン店化し、甲府近辺に何軒もあるのですが、私たちが向かったのは県立美術館前店です。
 なんでもマダムが最近見たサスペンスドラマで、主人公がこの店で食事をするシーンがあったそうです。それで余計再訪したがっていたのでした。
 宿から店までは2キロちょっとあります。暑いのでバスを使おうと考えていましたが、バス停まですでに700メートルくらいあって早くも汗をかいてしまったのと、バス停に着いてみるとしばらくバスが来ないようなのとで、やはり歩くことにしました。バス停自体がかんかん照りの日向にあり、そこに突っ立って20分以上待っているのと、バス停2区間分を歩くのと、疲れ具合はあんまり変わらないと思われます。
 去年も同じことをして、汗びっしょりで店にたどり着いた憶えがあります。ほうとうには夏季限定ヴァージョンとして「おざら」という冷やし麺もあり、そちらを食べたい気分になっていました。ところが、店内の冷房がおそろしく強く、席に案内されて待っているうちに寒いくらいになり、普通に温かいほうとうを食べることにしたのでした。
 ところが今年は世間が節電モードで、「小作」店内も去年ほどの冷房になっていません。正統派のほうとうは去年食べていたという安心感(?)もあり、今年は迷わずおざらを注文しました。それと、最近急に流行りだした「鳥もつ」も頼みました。鳥もつなどは別に珍しい料理とも思えませんが、甲府あたりのは水分の少ない照り煮になっているのが特徴で、古くから食べられていました。それが急にブレイクしたのは、去年の9月、全国のB級グルメを集めた大会で優勝したからだそうです。「みなさまの縁をとりもつ隊」なる普及部隊まであるそうな。マダムはこういう情報にはいやに詳しいのでした。
 おざらは、氷で冷やした麺を熱い汁に漬けて食べる方式で、つまりつけ麺のほうとう版でした。麺が冷たいので、そのうち汁も冷えてきて、最後の頃にはすっかり冷や汁になっていました。その変化も楽しいところなのでしょう。

 「小作」を出てから、一旦バスで甲府駅へ出ました。マダムが辞書を買いたがっていたからです。甲府駅からさらにイオンモールまで行かなければならないかとも思いましたが、幸い駅ビルの中の書店で用が足りました。
 駅からは、バスで戻るより速いし安いので、電車にひと駅乗って帰ることにしました。
 電車に乗ると、どこかでお祭りでもあるのか、浴衣を着た男女が目立ちました。中には花魁(おいらん)張りに肩まではだけて、眼のやり場に困るような着かたをしている女の子も居ましたが、着こなしが下手なのか意図的なのかよくわかりません。
 竜王駅に着くと、そこからも浴衣の人たちが何人も乗ってきました。改札を出ると、駅員がブースを特設して、上諏訪駅までの往復切符を売っていました。帰ってから調べてみると、この日の晩には諏訪湖の花火大会があったようです。

 宿に戻ってまた入浴し、そのあとしばらくマダムはシアタールームで映画を見て、私は部屋で仕事をしました。それから近くのファミリーレストランで夕食をとりました。
 20時から、私はタイ古式マッサージを、マダムは垢すり+リンパドレナージュを予約していました。ここまでの日程が少々押し気味で、ファミリーレストランからはかなり急いで帰らなければなりませんでした。
 タイ古式マッサージというのは去年同じ宿ではじめて受けてみたのですが、いわゆる痛気持ちいいという体験でわりと気に入りました。確か去年は日本人のお姉さんが施術してくれましたが、今年は日本語は達者ながら明らかに日本人ではない女性が術師でした。タイ人だったかどうかはわかりません。去年よりストレッチがきついような気がしました。
 主に足をやって貰いました。そのせいかどうか、翌日になると、久々の筋トレの後遺症で肩や二の腕には筋肉痛がありましたが、足にはほとんど来ていませんでした。
 マダムのほうは、こすられ過ぎて肌がひりひりしたり、洗髪をしてくれたのは良いが思いっきり爪を立てられてキューティクルが落ちたり、いろいろと文句を言っていました。術師によって多少の差があるようです。

 16日(火)の朝は10時ちょっと前にチェックアウトしました。
 リフレッシュガーデンクレストにはおおむね不満はないのですが、朝風呂ができるともっと嬉しいところです。風呂の営業は10時からで、出立の朝にはなかなか入れません。チェックアウトした後でも、その日の昼過ぎまでは自由に入浴できることになっていて、時間があればそれも良いのですが、普通は10時にはもう発ってしまうわけで、6時頃に入浴できれば言うことがないのだがと思います。設備の清掃などの関係で難しくはあるでしょうが、全部の風呂を解放しなくても良いので、検討して貰えないものでしょうか。
 10時09分のバスに乗ると、そのまま昇仙峡まで行きますので、立ち寄ってから帰ろうと思います。私は行ったことがないのですが、マダムが自分のパワースポットだと常々言っていたので、甲府から近いこともあるし、行ってみようと考えました。
 バス路線が全部甲府駅からの発着にはなっておらず、竜王あたりから出て甲府を経由し昇仙峡へ、という運行系統になっているのはなかなか良いと思います。甲府駅でどっと客が乗ってきたのでとりわけそう感じました。一旦甲府駅で乗り換えて、となっていたら坐れなかったことでしょう。
 東京から朝の特急に乗ると、ちょうどそのくらいの時間に甲府に到着する按配になります。バスが急に混んだのはそのためでしょう。
 県庁所在地の駅から20分も走らないうちに、すでに山の気配が迫ってくるという感じは、関東平野に住んでいるとなかなか味わえない気分です。しかもその先にあるのが全国でも有数の風光明媚な場所というのはうらやましい限りです。住んでいるとかえってなかなか行くことがないのかもしれませんが。

 バスの終点の昇仙峡滝上まで乗りました。名前通り、昇仙峡のいちばんの見どころである仙蛾滝の上方にあり、遊歩道ですぐに滝を見ることができます。
 しかし、私たちはバス停の近くにある影絵の森美術館に入りました。マダムが前に訪れた時に入れなかったので、ぜひ立ち寄りたいと希望したのです。
 遊歩道を通って下のバス停まで歩くつもりだったのですが、何しろマダムが夕方に用事があるためあまり時間がありません。美術館の出札口の女の子に、遊歩道を歩くのにどのくらいの時間を要するか訊いてみたところ、20分ほどだろうとのことだったので、なんとか美術館を見学しても間に合いそうです。
 影絵と言えば藤城清治氏の名前がすぐに浮かびます。昔母がちょっと購読していた「暮らしの手帖」という雑誌に、毎号藤城氏の影絵が載っていたのを思い出しますし、中公文庫から出ている永漢氏の「西遊記」にも藤城氏による挿絵が満載されており、この「西遊記」をかなり愛読した私にはごく親しい存在でした。
 影絵の森美術館は、思った通り藤城清治作品を中心とした展示になっていました。鏡や水盤を利用して無限回廊のように見せた作品などもあって、照明を落とした室内とあいまってなかなか幻想的です。「西遊記」の挿絵も一枚(悟空の旅立ち)展示されていました。
 藤城氏以外の作者による影絵も展示しておいて欲しいところですが、常設展はそれだけで、あとは特別展の「山下清展」「竹久夢二展」そして「ハローキティ展」がおこなわれていました。これらはもちろん影絵ではありませんが、マダムはハローキティ展に大喜びです。あちこちへ旅行すると「ご当地キティ」のハンカチや根付けなどを買ってくるのが趣味で、今回もハンカチを2、3枚入手しました。

 入場券を買った時に、飲み物の無料券なども貰っていたので、出口の休憩所でひと休みし、それから遊歩道に踏み入れました。
 仙蛾滝は、高さや水量はまあまあというところですが、周りの風景と併せて見ると大変「絵になる」滝と言えるでしょう。日本の名滝というのはそういうのが多いようです。華厳の滝を見て
 「ナイアガラの滝を見ちまうと、貧弱なもんだなあ」
 とうそぶいていたおっさんが居たという話を聞いたことがありますが、滝の良さというのは大きさだけではないでしょう。ナイアガラの滝なんぞは、他の景色がなんにも見えなくなるばかりで、壮大ではあっても別に美しくはありません。そういえば昨日だったか一昨日だったか、ナイアガラの滝で写真を撮っているうちに転落してしまった日本の女子学生が居たそうですが、写真のアングルに困って無理をしてしまったのに違いありません。
 持っていた絵地図の縮尺がテキトーなので少し迷いましたが、美術館の出札口のお姉さんが言った通り、20分ほどでグリーンライン昇仙峡のバス停にたどり着きました。
 実は往路このバス停に停まった時、マダムが目ざとく足湯を見つけていました。マダムは足湯も大好きで、旅先で見かけるとほとんど欠かさず漬かっています。ここでも漬かるというので、その時間も見込んで下りてこなければならなかったため、余計に時間に余裕がなかったのでした。
 ところが、たいていの場所では無料だった足湯が、ここでは有料でした。その足湯を設置している店で食事をすればタダになるそうなのですが、そこで食事をするほどの時間はありません。お金を払ってまで足湯に漬かる気にはなれず、諦めてバス停に戻りました。

 甲府駅に戻り、若干の買い物をして、高尾行き554Mに乗り込みました。わりと空いているなと思っていると、発車間際になってどっと乗り込んできました。身延線の電車が到着して、そこからの乗り換え客だったのでしょう。たちまち座席は埋まり、立ち客も出ました。
 発車してから、甲府駅で買った駅弁をのんびり食べようと思っていたのですが、ボックスシートに他の人が坐ってしまうと、若干肩身の狭い気分になります。マダムと向かい合ってそそくさと食べ終わりました。
 途中で下りる客はごく少なく、どの駅でも乗ってくる一方です。塩山を過ぎて山間部に入ると、さらにどの駅からもハイキング客が乗り込んできて、ほとんどラッシュのような状態になってきました。駅のプラットフォームで待っている人たちは、例外なく茫然とした顔になっていました。まさかこんな鈍行列車がこれほど混んでいるとは予想しなかったのでしょう。
 この日はUターンラッシュのピークで、時々車窓から見える中央高速道では、クルマがほとんど動いていないのが見て取れました。何十キロという渋滞になっていたものと思われます。特急も指定席はたぶん全然空いておらず、自由席も混んでいるだろうと敬遠した人たちがみんな普通列車に押し寄せたのでしょう。どうせ混んでいるなら特急のほうがましだった、と後悔した人も多かったのではないでしょうか。
 すし詰めの乗客を尻目に、554Mは甲斐大和で1本、相模湖で1本の特急の通過を悠然と待ち、高尾まで2時間弱をかけてのんびり走りました。相模湖なんか高尾までもう1駅というところですから、そこで7分も停車しているのには、ぶち切れそうになった乗客も居たかもしれません。
 高尾からは中央線の特快に乗り換え、飯田橋で用事のあるマダムと別れて先に帰宅しました。
 川口駅から家まで歩きながら、低地はやはり暑いものだと思いました。甲府周辺も決して涼しくはなく、最高気温などはさいたまあたりと同じくらいなのですが、標高が少し高い分、吹く風がさわやかですし、夕方からはずいぶん過ごしやすくなります。川口に帰ってくると、夕方になっても空気がなんだかべとべとしており、まとわりついてくるようで閉口しました。帰宅してすぐ着ているものを全部脱ぎ捨て、エアコンと扇風機をフル稼働させましたが、流れ落ちる汗が引くまでにはかなりの時間を要しました。
 来年あたりは、2泊といわずしばらく滞在してきたいものだと思いました。

(2011.8.17.)


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