24.バスの旅 船の旅


 鉄道の話ばかり書いているが、私は必ずしも鉄道にしか乗らないというわけではない。
 乗用車に関しては、末端の補助交通手段だと信じているので、長距離ドライブをする気にはなれず、せいぜい旅先でレンタカーを借りて、交通の便の悪い所を訪ねる程度にしか使うことはない。多くの人が同じように考えてくれれば、高速道路の渋滞もなくなるし、排気ガスも減るし、万々歳だと思うのだが、残念ながらあまり賛同してくれる人はいないようである。

 同じ自動車でも、バスには結構お世話になっている。特に西の方へ旅する時は、往復のどちらかで夜行高速バスを用いることが少なくない。
 西の方へ行く時、鉄道を使うとすれば、事実上新幹線に乗るしかない。新幹線に乗らずにダイレクトで行く方法としては、九州行きの寝台特急か大阪行きの寝台急行「銀河」、もしくは大垣行きの夜行快速「ムーンライトながら」ということになるが、目的地が近畿地方の場合、九州特急は深夜になるので使えない。「銀河」にしても、せいぜい大阪までなのに高い寝台料金を払うのはなんとなく馬鹿らしい。「ムーンライトながら」は「ワイドビュー東海」「ふじかわ」などの昼間特急の間合い使用であるため、夜行列車としては乗り心地が悪く、眠りたい場合はパスしたいものがある。
 新幹線も夜行も使いたくなければ、乗り換え乗り換えして行くしかない。「ワイドビュー東海」や快速「アクティー」、中京圏の新快速、関西圏の新快速などを活用しても、東京から大阪までは8時間以上かかる。もっとも戦前に「超特急」と謳われた「つばめ」の東京−大阪間が8時間だったのだから、鈍行や快速を乗り継いで8時間あまりというのは相当なものだが、それにしても現代では間尺に合わない。
 いや、時間のことは言わないにしても、静岡県内の普通電車は多くがロングシート化されており、少なくとも静岡−浜松間をそれに乗らなければならないのはかなり苦痛である。乗り継ぎ西行きは何度かやったことがあるが、さすがの私もそうそうやりたいとは思わない。

 なぜ新幹線に乗らないのかと言われるかもしれないが、私は新幹線が嫌いだからと答えるほかない。緊急の用事がある時はやむを得ず乗るけれど、楽しみの旅行の場合はなるべく乗りたくない。料金が高い上に味気なく、飛行機に乗っている気分とあまり変わらないのである。
 そして、飛行機は私のいちばん嫌いな乗り物だ。先日所用で札幌へ行った帰りに、急いでいたので仕方なく乗ったが、それは約10年ぶりのことであった。旅行好きな男にしては驚くべき御無沙汰かもしれない。何しろ飛び立って、シートベルトがようやく外れたかと思うと、じきにまたシートベルト着用サインが出て、間もなく東京国際空港に到着です、と来たものだ。大枚25,000円も支払って、このあっけなさは許し難い気がする。まるで旅をした気になれない。
 何が悲しくて、大金を払って味気ない想いをしなければならないのか、と私は憤慨するのだが、これもまた賛同してくれる人は少ないようである。

 そういうわけで飛行機も新幹線も嫌い、と言って在来線はしんどい、という厄介な状態が西への旅行にはある。私の旅が北方面に偏りがちなのもそのためかもしれない。
 そこで、東名高速バスを使うことが多い。夜行の「ドリーム号」はリクライニングが深く、独立三列シートで、「ムーンライトながら」よりはずっと楽だ。昼行でも超特急「東名ライナー」は「ドリーム号」と同じ車輌を使う場合が多く、ロングシートの鈍行でいらいらしながら静岡県内を進むのに較べれば雲泥の差だ。途中足柄山浜名湖など風光明媚なサービスエリアで休憩するのも嬉しい。沿道も意外と景色がよいのである。もうひとつ言えば、昼行の東名高速バスは全駅全車が時刻表に記載されているので、多少、時刻表片手に列車に乗っているのと似た気分が味わえる。
 もちろん、バスのことだから、大幅な遅延も珍しくはない。ただ、私の乗った限りでは、大幅に遅延するのはむしろ高速道路を下りてからのことが多い。名古屋であれば途中の星ヶ丘あたりで下りて地下鉄に乗り換える、といった作戦が必要な場合もある。
 かなりいい座席に坐れるのに、東名高速バスの運賃は東海道本線の運賃とほぼ同じである。特急料金や寝台料金など一切の追加料金なしの運賃と同額なのだ。「ドリーム号」は1500円ほどの座席指定料金を払わなくてはならないが、それでも特急券や寝台券に較べれば遙かに安い。このコストパフォーマンスの良さも大いに気に入っている。

 東名高速バス以外は、バスと鉄道の選択肢があれば迷わず鉄道を使うことが多いが、そうでないこともある。
 盲腸線と言って、終点が行き止まりになっている線区がある。こういう線区はたいてい、幹線から分岐している起点のあたりは乗客も多いが、次々と下りて行く一方で、半ばを過ぎると列車ががら空きになってしまうのが普通である。従ってトータルでは採算性が悪く、その多くがすでに廃止されてしまった。
 残っているのは以前に乗った線が多く、この頃はあまり盲腸線を乗り潰す機会もないのだが、昔はしょっちゅうやっていた。
 その時に、同じ路線を往復乗るのはどうも面白くない。並行するバスなどがあれば、私はよく片道だけそれを使ったものだ。
 あるいは、終点からどこか他の鉄道の走る街へ行くバスなどが出ていれば、時間が合えばそれに乗る。これをやると、乗り潰しの効率も上がる。近くの他の盲腸線の終点まで行ってくれるようなバスなら申し分ない。同じ道を往復することなく、2つの線区に乗れるのだ。

 ローカルバスも好きである。鉄道が入って行かないような辺鄙な山の中に分け入って行く小さなバス。こういうバスの車窓の感動はしばしば鉄道を遙かに凌駕する。こんな所にも人が住んでいるのだと、胸が詰まるような想いをすることもよくある。時々、列車の窓から、駅の片隅に、村役場あたりで運行している白ナンバーのマイクロバスが停まっているのが見えたりして、
 ──この先の予定なんか無視して、あれに乗りたいなあ……
 と思う。
 そんなに辺鄙なところが好きなら、クルマなら自由に行けるじゃないか、と言われるのだが、やはりローカルバスで行くのとクルマで行くのとでは大きな違いがある。その違いをうまく説明できないのがもどかしいのだが。

 バスの話はこのくらいにして、他の交通機関では、も好きだ。
 青函連絡船に長く親しんだからかもしれない。鉄道とも違う、独特の旅情がある。
 しばらく前に九州を旅行した時は、8日間ほどの行程の中で、4回も船を使った。しかも、島に渡ったわけではない。戸畑から若松までの渡し船、博多から西戸崎までの水上バス、島原から三角までの国道フェリー、大隅半島の根占から薩摩半島の山川までのフェリーである。なるべく船に乗りたくて、そういう計画を立てたのだった。
 ただ、なにぶんにも船は遅い。
 最近は高速船も増えてきたが、それでもやっぱり遅い。時速60キロ出る船にしても、それなら1時間で60キロ離れたところまで移動できるかというとそうはゆかない。入港・出港に手間取ること、列車や自動車の比ではない。
 船でしか行けない島などに行こうとする場合。陸上交通では大幅に迂回しないと対岸へ行けないが、船ならすぐの場合。船旅自体を楽しみたい場合。
 あえて船を使うのは、そのくらいだろう。
 北海道へ行くのに東京から船を使ったことがあるが、2泊を要した。さすがによほど時間的余裕がないと、やる気にならない。2泊なら、鈍行列車を乗り継いで行った方が気が利いている。
 船も、最下等の船室ならずいぶんと安いものだ。東京−苫小牧で、2等なら10,800円である。JRなら運賃だけで13,440円かかる(平成11年現在)。
 ただ、短時間ならともかく、せっかくの船旅で最下等というのもなんとなくみじめたらしい。1等A船室だと運賃はほぼ2倍、特等船室だとほぼ3倍になる。この差の大きさが船の醍醐味と言えば醍醐味でもある。
 青函連絡船健在の頃、私は時々、船に乗ってからグリーン券を買った。当時船のグリーン券は1000円程度で、ささやかな贅沢のつもりだったのである。
 1等船室であっても、考えてみれば飛行機よりは安いわけで、たまにはのんびりと船の旅をしてみたいものだ。

(1999.2.9.)

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