22.私鉄私見(その5 近鉄)

 
★近畿日本鉄道★

 総延長594.2キロを有する近鉄は日本最大の私鉄として名高い。
 この延長距離を、もし東京駅から東海道線でつなげてゆくとすれば、神戸を通り越して山陽本線に入り、兵庫駅の少し先くらいまでになる。「近畿」だけでなく「日本」を名乗る資格は充分にあると言えよう。
 よくあることだが、この巨大私鉄も、最初からひとつの会社であったわけではない。
 奈良線・大阪線の母体である大阪電気軌道と、名古屋線・山田線の母体である参宮急行電鉄が、それぞれ手近な小私鉄を吸収したのち、昭和16年に関西急行電鉄として合併した。さらにこのシリーズで何度も触れた戦時統合によって南海電鉄を併合したときから近畿日本鉄道を名乗るようになり、戦後南海が独立したあとも同じ名を使っているというわけだ。小田急や京王、京急を併合した東横電鉄が東急を名乗り、戦後他の鉄道が独立したあとも東急を称しているのと同様である。なお、京都線の前身である奈良電気鉄道が近鉄に合併されたのは昭和38年のことで、奈良電鉄の合併については近鉄と京阪電鉄が熾烈な取り合いを繰り広げて近鉄に軍配が上がったという経緯がある。このあたり、物語としてはなかなか面白いのだが、この稿は鉄道史を語るわけではないので省略する。
 何しろ巨大な図体を持っているため、論評しようとしてもどこから手をつけてよいのか迷ってしまう。長短様々な28の路線をひとつひとつ語っていてはきりがない。七賢出版から、近鉄フリークの鉄道ジャーナリスト寺本光照氏の労作「まるごと近鉄・ぶらり沿線の旅」が刊行されているので、詳細に興味がおありの向きはそちらをお読み下さい。
 実は私は最近、上記の寺本氏の本を片手に、近鉄全線乗り潰しを敢行してきた。こういう馬鹿なことを考える人間のために、近鉄では「近鉄遊(ゆう)レールパス」というものを発売している。もとは年末年始や夏休みだけの発売だったのだが、年間を通して売られるようになった。連続する3日間、近鉄の全線(生駒・西信貴ケーブルカーを含む)に乗り放題で3800円(平成10年現在)というスグレモノである。ただし、特急に乗るためには別に特急券を買わなくてはならない。近鉄の駅でしか買うことができないのが欠点だが、ともかく、大阪と名古屋をただ往復するだけでも充分元が取れるので、お得である。
 もとよりほとんどの線区は1回、せいぜい1往復乗ったに過ぎないので、知悉している関東の私鉄を語るようなわけにはゆかないが、思いつくままにいろいろな話題に触れてゆこうと思う。

 大所帯な鉄道だけあって、路線の個性も様々だった。
 特筆すべきは、3種類の線路を用いていることだろう。
 大半の線区は、2本のレールの間隔が1435ミリのいわゆる国際標準軌を用いている。JRでは新幹線がこの軌間であり、在来線は1067ミリ軌間の狭軌である。
 近鉄にはこの狭軌を用いている所もあり、南大阪線・道明寺線・長野線・御所線・吉野線・伊賀線・養老線とふたつのケーブルカーがそれだ。従って、標準軌である大阪線や名古屋線などからは、これらの線には直通電車を走らせることができない。
 このうち道明寺線と御所線は短編成の電車がごく短い区間を行ったり来たりしているだけの枝線であり、伊賀線と養老線は距離こそあるがローカル線と言ってよいので、まださほどの影響はないが、吉野線が狭軌なのは近鉄にとっては痛いところだろう。このために、京都や奈良から吉野山への直通電車を走らせることができず、橿原神宮前(かしはらじんぐうまえ)で乗り換えをしなくてはならないのである。
 吉野へ直行できるのはあべの橋から出ている南大阪線で、従って大阪からは不便とは言えないが、本当は全部標準軌に改軌したいところだろう。しかし改軌工事にはむろんお金がかかるし、南大阪線はミナミ側の通勤の大動脈で、なかなか工事をする余裕もない。
 かつて近鉄は、昭和34年の伊勢湾台風で線路が寸断され、大打撃を受けた際に、英断を下して2ヶ月間名古屋線を完全運休し、それまで狭軌だった名古屋線を、突貫工事で標準軌に直してしまったことがある。南大阪線もいっそのことそれをやりたいところかもしれない。

 標準軌と狭軌の他に、近鉄には762ミリ軌間という、玩具のような線路もある。昔の軽便鉄道の名残であり、北勢線内部・八王子線がこれだ。
 あの大近鉄の一員とは思えないような、遊園地の豆汽車を思わせるかわいらしい電車が走っている。 北勢線は桑名駅の片隅にある西桑名から、内部・八王子線は近鉄四日市から出ているが、いずれも肩身が狭そうにひっそりと発着しており、知らないと乗り場にたどり着くのも難しいかと思われるほどである。
 内部・八王子線はそれでも全線が四日市市内に含まれ、市内電車のような、いわば東急世田谷線に近いおもむきがあるのだが、北勢線は郡部に分け入り、阿下喜(あげき)というローカル駅まで達している。本当の軽便鉄道と言える。私が行った時は、阿下喜に近づくと、線路のまわりの休耕田が一面レンゲ草の花に覆われ、可憐にも壮観であった。
 こういう軽便鉄道的な軌間のことをナローゲージと呼ぶ。ナローゲージと狭軌は同じことではないかと言われそうだが、わが国ではJR標準の1067ミリを狭軌、それ未満のもの(超狭軌?)をナローゲージと呼び分けているようだ。

 変わり種の線区としては、田原本線もそうだ。これは「たわらもとせん」と呼ぶのであって、「たわらほんせん」ではない。私は昔これをほんせんと呼んで、大阪線でさえ「本線」とはつかないのに、これこそ近鉄の最重要路線なのだろうかと思ってしまった。実際には、10キロばかりのローカル線に過ぎない。
 田原本線がどうして変わり種かというと、この線区は西田原本新王寺を走っているのだが、この起点と終点のどちらも、そして途中駅のどこも、ほかの鉄道に接していない。他の自社線に接していないというのなら、西武多摩川線、名鉄瀬戸線、南海貴志川線などもそうなのだが、この田原本線は、JRにも、他社の路線にも接していない、根無し草のような路線なのである。
 もっとも、西田原本は橿原線田原本から、新王寺は生駒線及びJRの王寺からごく近いのだが、そうやってごく近いにもかかわらず同じ駅にしていないあたり、いろいろ歴史的な経緯はあろうが、よくよくスネモノなのであろうかと思われる。
 スネモノと言えば、田原本から西田原本の乗り換えがこれまた素直でない。西田原本はその名の通り、田原本駅の西側に隣接しているのに、田原本駅は東側(下り線)にしか出口がないのである。私は上り線から乗り換えたものだから、まず構内地下道をくぐって下り線側に行き、改札を出て、商店街を少し歩き、踏切を渡り、ようやく西田原本駅にたどり着いた。上り線側に改札があれば、話はすこぶる簡単になるのに。
 新王寺と王寺の方は、JR王寺駅の駅前ロータリーをはさんで向かい合っているようなもので、なぜこればかりの距離をつなげられなかったのだろうかと、ひとごとながらじれったい想いがした。

 天理線も特色ある線区と言えるだろう。橿原線の平端(ひらはた)から分岐する、わずか4.5キロの支線だが、支線区としては唯一、全線が複線化されている。しかも終点の天理は、4面3線を持つ堂々たるターミナルで、近鉄のなかでは京都駅よりも広いのである。
 そのくせ、普段はあまりひと気もなく、閑散としている。没落した旧家を思わせるような寒々とした駅で、広い構内を持て余しているようだ。
 複線になっているのも、駅がこれほど広々としているのも、天理教の大祭などがある時に備えているわけである。そういう時は、全国から集まった信者たちで、天理駅のみならず天理線全体があふれてしまうらしい。日本でほぼ唯一の宗教都市である天理市の特殊性によるものなのだ。
 それにしても、天理教という一宗教の信者が、小さからぬひとつの市を形作り、なおかつあの広い駅構内を埋め尽くしてしまうほど、この日本国内にたくさん居るというのは、どうもぴんとこないものがある。案外と身の廻りにも、隠れ天理教徒がいるのかもしれない。

 養老線はいちばんローカル色豊かな線区と言えるのではないだろうか。山の中へ分け入るという点では吉野線も同様だが、養老線は57.6キロという長さを持ちながら、特急は愚か急行も準急も走らない点、よりひなびた感がある。
 沿線に大きな観光地もない。終点の揖斐(いび)は谷汲山華厳寺への入り口とはいえ、そこへゆくなら名古屋周辺からなら名鉄の方が便利であるし、遠方からわざわざ参詣に来るほどの寺というわけでもない。あとは養老公園があり、前回にちょっと触れた天命反転地という面白いアミューズメントがあることはあるが、これまた、そのためにわざわざ遠方から出かけてゆくほどのものではない。そんなこんなでごく地味な路線だが、それだからこそローカル色が強いと言える。電車がみんなロングシートなのだけが不満だが。
 なお、景観そのもので言えば、大阪線の榛原−榊原温泉口間、鳥羽線から見える海などが素晴らしいが、素晴らしいとは言っても、近鉄の中ではということで、乗り潰しの旅の途中、JR関西本線に乗ったところ、近鉄のあらゆる車窓風景が一挙に霞んでしまった。やはりローカル線(関西本線の亀山−加茂間は、どう言い繕いようもないローカル線である)の車窓ということではJRの方が遙かにスケールが大きいと言わざるを得ない。

 近鉄特急については、いろんな人が論評しているが、質量共に他の鉄道を圧倒しているのは事実だ。近鉄より特急が充実しているのは新幹線しかなさそうである。幹線ではほとんど15〜30分おきに各方面への特急が往来し、区間によっては他の種別の列車よりも特急が圧倒的に多い、などというところもある。
 長らく、濃紺とオレンジのツートンカラーで親しまれ、2階建て車輌を有するビスタカーが売り物だったが、最近は多様化が図られ、アーバンライナー伊勢志摩ライナーといった豪華な列車が走るようになった。今のところ、近鉄が総力を挙げて売り出しているテーマパーク・志摩スペイン村の開業に合わせて投入された伊勢志摩ライナーがもっともハイグレードで、JRのあらゆる座席車輌を遙かに凌駕するデラックスカーサロンカーが連結され、しかも結構リーズナブルな料金で乗ることができる。こんな座席にせいぜい2時間半しか乗っていられないのは残念と言うべきだ。
 もっとも長距離を走るのが京都−賢島間のいわゆる京伊特急だ。走行距離195.2キロは、東武の急行「南会津」及び同区間(浅草−会津田島)を走る快速の190.0キロをわずかに上回り、私鉄最長である。なお、この京伊特急は、橿原線と大阪線の間を移行するため、大和八木附近で「新ノ口(にのくち)連絡線」を経由する。この線路は、特急しか走らないという珍しいものである。
 もっとも短距離の特急は、近鉄四日市−湯の山温泉間の15.4キロ。
 名阪・阪伊・名伊の各特急は、停車駅の異なるふたつのパターンを持つ。基本的にノンストップの甲特急と、主要駅に停車する乙特急だが、甲とか乙とか古風な名称を使い続けているのも近鉄のこだわりだろうか。ノンストップの方は超特急とでも名付けたいほどで、県庁所在地駅であるや、それより人口の多い四日市すら通過してしまうのだから豪儀なものである。

 特急以外の電車も、様々な車輌を用いてはいるが、基本的にはワインレッドとアイボリーの2色に塗り分けられている。上記のナローゲージ線区の電車だけは、赤とオレンジの鮮やかな配色になっているが、そのため余計玩具のようにも見えないでもない。
 列車種別は、特急の下、快速急行、区間快速急行、急行、区間急行、準急が設定されている。ほとんどがロングシート車輌だが、名古屋線の急行には、しばらく前から回転クロスシートの5300系が投入され、大阪線や奈良線の快速急行にも徐々に入ってきている。名古屋線に真っ先に投入されたのは、並行するJR東海の関西・参宮線快速「みえ」の大攻勢に対抗するためである。やはり競争があるとサービスがよくなるものである。他にもボックスタイプのクロスシート車があるが、これは奥行きが狭い上に固くて、すこぶる乗り心地が悪い。
 快速急行は大阪線、奈良線、京都線に走っているが、少なくともこれは全列車、5300系クラスの車輌を用いるべきだろう。
 なお支線区に入る急行もいろいろ設定されているが、支線の中ではすべて各駅停車になってしまうのが物足りない。長野線などでは急行運転した方がよい。

 各線区の接続は、さすがに私鉄だけあってとても良い。今回、いちばん長い待ち合わせ時間でも、15分とはかからなかった。むしろ1分とか2分とかで乗り換えねばならず、あたふたと走り廻ったことの方が多かった。5分もあれば、余裕の乗り換えという感じがしたものである。ことに伊勢中川大和八木大和西大寺などのジャンクションでの各線の接続は、絶妙を極めると言ってよい。おかげでかなり効率よく乗り潰しを図ることができた。
 乗り終えて、やはり鉄道としてのありようは、関東の私鉄に対し一日の長があるなということを思った。関東の鉄道にも言い分はあろう。沿線人口が、関西とは比較にならないくらい多いというのは確かだ。しかし、乗客サービスのなんたるかということを、関西の鉄道はより深く理解していると言わざるを得ない。周辺事業をいくらがんばっても、鉄道のサービスというのは所詮は、

 ──より速く、より快適に、より便利に、

 ということに尽きるのである。接続の良さなどもこれに含まれる。そういった点、関東の鉄道はまだまだ改善の余地がある。むろん、関西もこれで充分と言うことはなく、乗客の欲望を先取りしてサービスに努めて貰いたい。

 最後に、今回の私の乗り潰し紀行の行程表を掲げておこう。なお、この中に吉野線の名前がなく、また名古屋線・大阪線・南大阪線にも欠けている部分があるが、これらは過去数年のうちに乗ったことがあるので、今回は省略したものである。また、第1日の「三岐鉄道」や第2日の「京阪京津線」などはオマケのようなものなので、気にしないで下さい。

 第1日……(前夜発JR快速「ムーンライトながら」)6:51 大垣 7:02−(養老線)−7:26 揖斐 7:30−(養老線)−7:56 大垣 7:58−(養老線踏破)−9:22 桑名(徒歩)西桑名 9:27−(北勢線踏破)−10:23 阿下喜(徒歩)伊勢治田 10:46−(三岐鉄道)−10:58 西藤原 11:11−(三岐鉄道踏破)−11:54 近鉄富田 12:00−(急行・名古屋線)−12:05 近鉄四日市 12:13−(内部線・八王子線踏破)−12:21 西日野 12:30−(八王子線)−12:33 日永 12:35−(内部線踏破)−12:48 内部 13:05−(内部線)−13:22 近鉄四日市 13:26−(湯の山線踏破)−13:53 湯の山温泉 13:59−(湯の山線)−14:24 近鉄四日市 14:26−(急行・名古屋線)−14:37 伊勢若松 14:43−(鈴鹿線踏破)−14:55 平田町 15:00−(鈴鹿線)−15:11 伊勢若松 15:16−(急行・名古屋線)−15:46 伊勢中川 16:03−(快速急行・大阪線)−16:45 名張(泊)
 第2日……名張 6:40−(区間快速急行・大阪線)−7:04 桜井 7:18−(JR桜井線)−7:35 天理 7:41−(天理線踏破・橿原線)−8:01 大和西大寺 8:02−(快速急行・奈良線)−8:11 生駒 8:13−(東大阪線踏破・地下鉄中央線)−8:33 森ノ宮 8:38−(JR大阪環状線)−8:47 天王寺 8:51−(JR大和路線)−9:10 柏原 9:12−(道明寺線踏破)−9:15 道明寺 9:22−(南大阪線・長野線踏破)−9:42 河内長野 9:47−(長野線)−10:04 古市 10:08−(急行・南大阪線)−10:19 尺土 10:26−(御所線踏破)−10:34 近鉄御所 10:39−(御所線)−10:48 尺土 10:50−(急行・南大阪線)−10:58 橿原神宮前 11:02−(橿原線)−11:16 田原本(徒歩)西田原本 11:20−(田原本線踏破)−11:42 新王寺(徒歩)王寺 11:51−(生駒線踏破)−12:18 生駒(徒歩)鳥居前 12:40−(生駒鋼索線)−12:46 宝山寺 12:49−(生駒鋼索線踏破)12:56 生駒山上 13:09−(生駒鋼索線)−13:16 宝山寺 13:20−(生駒鋼索線)−13:26 鳥居前(徒歩)生駒(昼食) 14:02−(快速急行・奈良線)−14:16 鶴橋 14:25−(準急・大阪線)−14:38 河内山本 14:41−(信貴線踏破)−14:46 信貴山口 14:50−(西信貴鋼索線踏破)−14:57 高安山 15:20−(西信貴鋼索線)−15:27 信貴山口 15:34−(信貴線)−15:39 河内山本 15:45−(準急・大阪線)−15:56 鶴橋 15:57−(快速急行・難波線踏破)−16:02 難波 16:07−(地下鉄御堂筋線)−16:12 淀屋橋 16:15−(京阪電鉄特急)−17:00 三条 17:11−(地下鉄東西線・京阪京津線踏破)−17:34 浜大津 17:37−(京阪石山坂本線)−17:52 石山寺 17:55−(京阪石山坂本線)−17:57 京阪石山(徒歩)石山 18:01−(JR東海道本線)−18:05 大津(泊)
 第3日……大津 7:20−(JR東海道本線)−7:30 京都 (朝食)8:15−(特急・京都線踏破・橿原線踏破・大阪線・山田線踏破・鳥羽線踏破・志摩線踏破)11:02 賢島 11:44−(特急・志摩線・鳥羽線・山田線・大阪線)−13:02榊原温泉口 13:08−(急行・大阪線)−13:28 伊賀神戸 13:39−(伊賀線)−14:07 上野市 (市内観光)16:08−(伊賀線踏破)−16:15 伊賀上野 16:26−(JR関西本線)−17:01 加茂 17:06−(JR関西本線)−17:20奈良(徒歩)近鉄奈良 17:55−(快速急行・奈良線踏破)−18:22 鶴橋 18:30−(JR大阪環状線)−18:46 大阪(JRバス「ドリーム大阪2号」で帰宅)
(1998.11.28.)

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