ミステリーゾーン
概論
推理小説あれこれ

●「嘱託探偵」について●

 わが家はケーブルテレビに加入しているのだが、筆者自身はそれほどテレビを見ない人間なので、さほど活用していない。もっぱら家人が夢中になって、昔のドラマの一挙放送なんかを見ている。
 とはいえ筆者も、AXNミステリーチャンネルだけはかなり見ることが多い。『シャーロック・ホームズの冒険』『名探偵ポワロ』の全話放映をしてくれたのは嬉しい限りだし、『刑事コロンボ』の全話ノーカット放映などもしてくれている。丁寧に作られた海外のミステリードラマは大好きで、昔からよく見ているし、いま見直しても魅力は衰えない。

 そういう比較的古い番組の他、新作ミステリードラマも放映している。こちらは字幕放映だったりして、集中して見なければならないこともあり、やや敬遠しがちなのだが、今のところひとつだけ見ている。『ホワイトカラー』というドラマである。主人公はもと詐欺師──詐欺だけではなく窃盗や偽造などもやっているようだが──の美男子で、かつて自分を逮捕したFBI捜査官と組んで、知能犯罪の解決に取り組むのだ。基本的には一話完結だが、シリーズを通して徐々に解かれる謎もあって、けっこう惹きつけられる。
 詐欺・窃盗・偽造といった昔取った杵柄を活かして犯人をだまくらかしたり潜入したりするのが見どころであって、厳密に言えば推理ドラマとは言えないのだが、まあ広義のミステリーに含めても差し支えないだろう。

 ところで、このドラマについて語るのが目的というわけではない。主人公がFBIの「嘱託」という立場であるところに興味を覚えたのである。
 筆者は見ていないが、家人がよく見ているやはりUSAのミステリードラマで、『メンタリスト』というのがある。こちらも、もとは霊感詐欺をおこなっていた主人公が警察の「嘱託」となって活躍する。最近、こういうタイプの「探偵役」が増えてきたような気がするのだ。
 「嘱託」というのはわざわざ説明するまでもないのだが、正規の職員ではないけれども業務に携わっている存在のことである。広い意味では現在やたらと増えた「派遣社員」などもこれに類するかもしれないが、普通は「相談役」みたいなイメージで捉えられるだろう。定期的に会社に訪れて健康診断などをしてくれる「嘱託医」などが典型的である。最近ならシステムエンジニアなども嘱託になることが多いかもしれない。
 筆者の敬愛する随筆家内田百も、短期間だが日本郵船会社の嘱託をやっていた。なんのために雇われていたかというと、文書の校閲のためである。社内もしくは社外に何か文書を提出する時、百閧ェ眼を通して、不都合なところがないかどうかチェックするという役割だったようだ。そんな程度のことのために高名な文士を雇い入れるあたりが、当時(昭和初期)飛ぶ鳥を落とす勢いだった郵船の豪儀さというところだったかもしれない。実際にはあんまり仕事もなく、百閧ヘ豪華な嘱託室に陣取って欠伸ばかりしていることが多かったとか。
 ともあれ、非正規職員である「嘱託」という存在がミステリーに増えてきた点は、面白いと思う。

 FBIや警察に「嘱託」というのが本当に居るのかどうかは知らない。居たとしても、まさか捜査に参画させるなんてことは現実には無いだろう。事務作業とか、上に書いたようなコンピュータ技師とか、そんな役目が関の山と思われる。監察医なんかも嘱託かもしれないが。
 が、正規の捜査官に採用するわけにはゆかない前科者を、そういう形で役立てるというのは、ある意味「警察」の原点に戻った形態とも言える。
 よく知られているが、江戸時代の「岡っ引き」「目明かし」は前科者が多かったと言われる。もと犯罪者であればこそ、犯罪者のツボやスジをよく心得ているし、裏の社会ともつながりがあるので情報もとりやすく、捜査にはうってつけだった。彼らは決して正規の役人ではなく、与力同心といった役人に雇われて仕事をしていたのである。給料もそういう役人のポケットマネーから出す程度が大半であったようで、まさに「嘱託」なのだ。
 ヨーロッパの警察も、初期にはそういう前科者をたくさん雇っていたようだ。時にはそんな中から捜査局長まで出世するすごいヤツも出た。19世紀前半のフランスの警察で活躍したフランソワ・ヴィドックがそれで、映画にもなったのでご存じのかたも居られるだろう。ヴィドックの回想録ポーガボリオドイルなど初期の推理小説作家たちにも大いに影響を及ぼしたほどである。
 前科者出身の「嘱託」が増えてきたのは、先祖返りしたような趣きが感じられる。詐欺師が多いのは、知的なミステリーにいちばんふさわしいからだろう。

 また、「嘱託」の英語名である「コンサルタント」を考えると、また別のことを考える。
 コンサルタントの「探偵」──といえば、すぐに思い浮かぶのがシャーロック・ホームズである。ホームズは「コンサルタント・ディテクティヴ」を自任していた。訳本では「諮問(しもん)探偵」という難しい訳語が宛てられていることが多く、どんな仕事なのか、そもそも普通の私立探偵とは違うものなのか、私は長いこと腑に落ちなかった。
 この点については考察したことがあるのだが、結論としてはホームズは、警察官や他の私立探偵に助言を与えることが通常業務であったようだ。一般の依頼人から相談を受けて、ワトスン博士と共に捜査に乗り出すというのは、どうやら余技的な仕事であったらしい。
 本当は、民間人である「私立探偵」が「犯罪捜査」に携わるなどということは、いくら1880年代のロンドンであっても嘘くさい設定だったのかもしれない。そのためにドイルは、「諮問探偵」という、「普通の私立探偵とは違う」立場の人間を創出してみせた可能性もある。
 ところが、シャーロック・ホームズがあまりに有名になったため、民間人が犯罪捜査をするという「無理」が、いつの間にか無理と思われなくなってきたのだろう。ドイルに続く作家たちは、あまり頓着せずに「私立探偵」を登場させるようになった。そして、「天才的私立探偵と無能な警察」という構図が、推理小説の世界ではほとんどデフォルト設定みたいなことになっていった。
 「それはちょっとおかしいんじゃないか?」という声が大きくなってきたのは、ようやく1940年代に入ってからのことだったようだ。
 大体その頃から、「警察小説」と呼ばれるジャンルが流行し始めた。推理小説において、警察官が正当に扱われるようになったのは、まずまずこのあたりからだったと言われる。
 「探偵」役も、それ以後は警察官が大半を占めるようになってきた。民間人が探偵役を務める場合でも、警察官のサポートが不可欠になった。とりわけ「私立探偵」はすっかり不人気になったように見受けられる。筆者の好きなシリーズのひとつであるパーネル・ホールスタンリー・ヘイスティングズは最近のミステリーでは珍しく私立探偵だが、主な仕事は弁護士事務所に雇われて事故の調査をすることで、それが毎度不本意な状況で犯罪に巻き込まれてしまうというパターンである。捜査情報は友人の部長刑事からいつもさんざんイヤミを言われながら教えて貰う始末で、黄金期の「私立探偵」の颯爽ぶりからはほど遠い、目も当てられないヘタレっぷりなのだった。
 しかしながら、黄金期の私立探偵たちを慕いたい気持ちというのは、ミステリー愛好家のどこかには残っているように思える。警察から易々と情報を聞き出し、警察の思いも寄らない方法で捜査し、組織に縛られない自由な立場でふるまう──ホームズやポワロのような民間人探偵は、たとえ非現実的と言われても、本格ミステリーファンにとっては永遠の憧れと言えるだろう。
 そこで登場したのが「コンサルタント=嘱託」というわけである。

 「嘱託」は、正規の警察官ではないので、組織の規律などに縛られず、もっと自由に行動できる。警察官がやったらあとで問題になりそうな方法でも、嘱託であれば採ることができるのだ。それでいて、警察のつかんでいる捜査情報は全部入手できるし、捜査会議に出席することさえできるのである。
 まさに、黄金期の名探偵のような便利な存在だ。
 もちろん、繰り返すがこんな都合の良い「嘱託」は現実の警察には居ないだろう。しかし、「私立探偵」が現代ではいささかミステリーの主役になりづらい状況になったことを受けて、形を変えた私立探偵である「嘱託探偵」が流行し始めているのも無理はないのではないだろうか。視聴者ないし読者も納得できる程度のリアリティがあるように思う。
 「嘱託探偵」は、英訳すれば「コンサルタント・ディテクティヴ」──あのホームズが自任していた職業名にほかならない。この意味でも、最近のミステリードラマには「先祖返り」を感じてしまうのだった。

(2011.5.7.)


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