ミステリーゾーン
概論
推理小説あれこれ

●推理小説と歴史小説●

 コナン・ドイルが、歴史作家をもって自らを任じていたというのは有名な話だ。彼はシャーロック・ホームズ物を自分の代表作であるとは決して認めなかった。
 確かにドイルには他の著作も数多い。「失われた世界」「毒ガス帯」「マラコット深海」というようなSFに分類される小説もあるし、晩年には心霊術関係の本も書いている。また「大ボーア戦争」はリアルタイムの戦記である(ドイルに与えられたナイトの称号は、自身が軍医として従軍したボーア戦争での功績に対してのものだった。シャーロック・ホームズの創造などに対するものではなかったのだ)
 歴史小説に分類される作品としては、ホームズ物第一作「緋色の研究」の翌年に早くも発表された「マイカ・クラーク」を皮切りに、「白衣の騎士団(ホワイト・カンパニー)」「ロドニー・ストーン」「ナイジェル卿」などが挙げられる。歴史を舞台に架空の人物を活躍させる、時代小説と呼ぶべきものとしては、「勇将ジェラール」シリーズの2冊の連作短編集が代表と言えよう。
 ドイルのこの種の作品における、時代考証の確かさについては、賞賛する人も多い。「白衣の騎士団」では中世の甲冑や弓矢などについて、きわめて詳細な蘊蓄が長々と語られる。ただその正確な時代考証が、案外小説としての面白さにつながっていないところが欠点だが。

 ──(「白衣の騎士団」における)愛国心とチーム精神とを強調した14世紀の生活の描写は、ヴィクトリア時代人の眼で中世を観る誤りを犯しているように思えるし、社会における体制的秩序を著者が熱烈に支持しているところは、いささかばかげて見えるとまでは言わずとも、不愉快に感じる向きも多かろう。ジュリアン・シモンズ「コナン・ドイル」

 シモンズは続けて、もちろんこれらの作品の中にも素晴らしい描写はあるが、それは歴史作家としてよりも、冒険小説家としてのドイルの資質によるものだと論じている。なかなか手厳しい評ではあるが、ドイル自身が思っていたほど、彼の歴史小説の出来が良かったとは言えないことは確かだろう。

 ドイルは歴史作家としての嗜好をあまりホームズ物には反映させていない。「マスグレイヴ家の儀典書」などごく少数の例があるのみである。
 これに対し、フランスのモーリス・ルブランは大いに歴史的題材を扱っている。アルセーヌ・リュパンが盗もうとするのが、主に由緒ある美術品や骨董品である場合が多いせいもあるのだが、ルイ14世時代のなんたらとか、大革命時代のかんたらとか、次々と歴史の因縁が語られる。まあそのほとんどはトンデモなヨタ話であるが、推理小説というものが、案外歴史と相性が良いことが窺える。
 リュパンの奇想天外な犯行の手口を語るだけでは、いずれネタ切れになるし、リュパン自身の活躍がそれほど際立たない。むしろリュパンの手口を暴く側の明敏さが目立ってしまう。捜査側が右往左往しているところへリュパン自身が種明かしをするという方法もあるが、それでは推理小説としての面白さがなくなってしまう。
 そこで、歴史上の人物が遺した謎をリュパンが解いて、まんまと財宝や美術品を手に入れるという形式を導入したのはうまいアイディアだった。謎そのものはヨタであるにせよ、いわば歴史上の人物とリュパンとの智慧比べという趣向は、当時としてはかなり新鮮なものがあったことだろう。

 ブラウン神父もいくつか歴史上の謎に挑んでいるが、「歴史」と「推理」を有機的にフュージョンした作品として名高いのはジョゼフィン・テイ「時の娘」であろう。シェイクスピア以来、歴史上の悪役とされてきたリチャード3世が、実は領民に愛された名君だったのではないかということを、病床のグラント警部がさまざまな史料に基づいて立証してゆく物語である。
 江戸川乱歩は「時の娘」を読んで絶賛した。歴史の通説をひっくり返すという大胆な行為を、学術論文などではなくこともあろうに推理小説でやってしまったという点に、推理小説の普及に腐心していた乱歩としては感激せざるを得なかったのだろう。もっとも最後まで読むと、この説はウォルポールその他の先人がすでに唱えたことだと判明し、

 ──この問題で一大論文を書いてやろうと野心満々であった(グラント警部の)助手の若い学究は、ガッカリするが、読者もここで、いささかガッカリする。(江戸川乱歩「続・幻影城」

 ともあれ「時の娘」は日本でもたちまち追随者を出した。高木彬光「成吉思汗の秘密」は、高木作品のレギュラー探偵である東大助教授神津恭介が、義経=ジンギス汗説を立証しようとするというもので、病床で推理するという構成までテイの作品を模倣している。ただし、ここでの神津の推理にはあんまり説得力を感じないし、当時(昭和32年)話題になった愛新覚羅慧生(清朝のラストエンペラー溥儀の姪)と大久保武道の心中事件を持ち出すことで論敵が軟化するあたりも、読者としては納得しがたいものがあるけれども。

 大体その頃を境にしてのことだろうか、特に日本において目立つのだが、推理作家が歴史に手を染めるということがばかに流行し始めた。松本清張水上勉黒岩重吾もみんな歴史小説に傾斜して行ったし、推理作家としてデビューしながら完全に歴史作家に転身してしまった陳舜臣などの例もある。
 陳氏の場合はその業績から考えても、歴史作家と言うよりもはや堂々たる歴史家と呼ぶべきかもしれないが、彼の歴史小説にたいてい、どこか「名探偵」的な登場人物──洞察力が異常に鋭く、歴史の流れを正確に見据えている人物、例えば「阿片戦争」温翰など──が出てくるのは興味深い。
 もっと若い世代でも、歴史作家となってしまった推理作家、歴史ものが多い推理作家はたくさん居る。なんだかドイルに本卦帰りしてしまったようでもある。

 歴史というのは、もともと謎の宝庫なのだ。史書は、「こういうことが起こった」という点については伝えてくれるが、それがはたしてなぜ起こったのか、どのように起こったのかについて伝えてくれるものは少ない。
 そして往々にして、史書の記述は時の権力者によって潤色されていたりする。潤色だけならともかく、完全に捏造されていることすら珍しくはないので、完全に信用するわけにもゆかない。いくつもの史料を較べ合わせて、真実を見つけてゆかなければならないのである。
 それはあたかも、信用してよいかどうかわからない証人たちを次々と訊問してゆく中から事件の真相を探り出す、名探偵のような作業だと言えよう。
 歴史上のある事件について、関係者たちを洗い、背景をえぐり、一本の連なった糸をひっぱり上げる作業は、まさに推理小説に通じるものがある。
 ひとりの推理作家が考え出す「謎」にはどうしたって限りがある。多作家と呼ばれる作家でも、中心となる謎そのものはそんなにいろいろ考えつくものではない。いきおい、組み合わせやバリエーションでお茶を濁すしかなくなる。作家に筆力があれば、それでも読ませるものにはなるけれど、その作家のものをいくつも読んでいる読者にしてみると、だんだん手の内が読めてきて、推理小説としての面白さは必然的に減じてゆく。
 だが、歴史上の謎というのは、ほとんど無尽蔵と言ってよいほどに豊富であるし、過去の多くの人々が、生き延びるために渾身の智慧をふりしぼって行動した結果であるだけに、そのパターンも非常にヴァラエティに富んでいる。
 つくりごとの推理小説に飽き足らなくなった推理作家たちが、歴史へと眼を向けるのは、当然と言えるかもしれないのである。

 歴史の推理は、既存の史料に抵触しない限り、どういう説を立ててもわりと通ってしまうというあたりも、作家にとってはおいしい点だろう。
 書き上げた後に新史料が発見されて説がひっくり返されるという危険はあるものの、学術論文とは違って、歴史小説はそのまま無価値になってしまうというわけではない。吉川英治山岡荘八が活躍していた頃から見ると、新しい史料もずいぶん発見されて、歴史の解釈も変化しているが、それでも彼らの作品はいまだに読まれ続けている。文芸作品としてのクオリティが高ければ生き残る可能性も高い。
 ともあれ、ダシにされた人物が生き返ってきて、
 「お前さんの解釈は間違っとる」
などとクレームをつける懸念はないわけなので、現代の内幕ものなどを書くよりも遙かに安全であることは論を待たない。

 また、歴史小説の出来不出来は、資料収集力に左右されるところが大きい。作家として名を成せば、それだけ資料も手に入れやすくなるのは当然で、編集者に頼んでおけば大量の参考書がいちどきにドサッと届けられたりする。そんなにものぐさではないにしても、少なくともどこにどういう資料があるというような情報は入りやすくなるだろう。
 この点、アイディア勝負の推理小説とは好対照なところもある。若い頃は推理小説を書き、アイディアが枯渇してきたら、それまでに築いた人脈による資料収集力にものを言わせて歴史小説に転向する、と、そんな単純な話でもあるまいが、事実はそうなっているケースが多いように思える。

 日本という国は、幸いにして各種史料が非常に充実している。陳舜臣氏が

 ──目録マニアの中国人、保存マニアの日本人。

 と対比させたことがあったが、中国では度重なる戦乱で書物や文物が散逸することが多かったせいか、目録を作るのが非常に盛んだった。それで、その時代にどういうものがあったかということは大変よくわかるのだが、現物は喪われたというケースがずいぶんある。その点、日本では書物や文物の保存がしっかりしていて、中国では目録にだけあって現物がなくなった本が日本に残っていた、ということも少なくない。
 そういう国柄である上に、官撰史書というものがお粗末で、平安初期の六国史あたりでほぼ終わってしまっている。鎌倉幕府の公式記録である東鑑(あずまかがみ)、江戸幕府の公式記録である徳川実紀は、一応正史とはされているが、中国の官撰史書のような権威は持っていない。むしろ複数の個人による記録や日記のたぐいが多く、ということは権力者によるコントロールが及んでいないわけで、史実がねじ曲げられている可能性は他の国に較べてかなり低い。筆者の個人的偏見は免れないだろうが、その点は複数の史料を参照することで補正できる。
 シャーロック・ホームズの曰く、

 ──データを集めずに理論を立てようというのは大きな間違いだよ。知らず知らずのうちに、理論に適うように事実をねじ曲げ始めてしまうからね。

 ──データだ、データだ、データだ! 粘土がなくちゃレンガは作れないよ!


 というわけで、データの豊富な日本史は、推理作家が眼を向けるのに絶好の狩り場だと言えよう。
 歴史そのものの浅いアメリカはもちろん、英国でも、権威ある史書はあっても、比較検討の余地のある史料がそんなに沢山残っているわけではない。推理小説から歴史小説への転向が、英米に較べて日本で異様に多いように見えるのは、そのためではないだろうか。

 日本史の謎はいろいろあるが、例えば死因に疑問のある重要人物だけでも、聖徳太子天智天皇清原真衡源頼朝北条時頼足利直義加藤清正孝明天皇などたちどころに何人も思いつく。誰かの陰謀で暗殺されたということにすれば、それだけでもう短編の一本くらいは書けそうだ。
 本能寺の変などは事件の推移も事実関係もよくわかっているにもかかわらず、明智光秀には黒幕が居たのではないかという説が根強く、いろいろに憶測されている。忠臣蔵だって、そもそもなぜ浅野内匠頭吉良上野介に斬りかかったのかという、肝心のところに説得力のある説明が不足している。
 データは豊富だが、推測の余地が大きい。日本史は、最上の推理小説の条件を備えているのである。

(2003.12.16.)


トップページへ戻る
「娯楽のコーナー」へ戻る
「ミステリーゾーン」目次に戻る