忘れ得ぬことどもII

コロナ渦中の合唱祭

 武漢ウイルスの蔓延以来、中止あるいは延期に追い込まれた催しごとは枚挙にいとまがありません。私が直接関わっているものだけでも、板橋区演奏家協会のオペラ公演、Chorus STの演奏会、コーロ・ステラの演奏会、小樽商大グリーOB会の演奏会、川口第九を歌う会の今年の第九公演と来年の自主公演、『星空のレジェンド』定例公演、同じく『星空のレジェンド』ミュージカル版の初演、東京都合唱祭、新宿区の初夏と秋の合唱祭、世田谷区の合唱祭が取り止めもしくは延期となっています。いまこうして列挙してみて、あらためてその数の多さに愕然としているところです。
 このうち、板橋のオペラ公演は、内容も出演者もほとんど変えない状態で、来年に繰り越されました。私の関わりかたはオーケストレーションとか字幕操作とかですが、どちらも今年の公演がある前提のスケジュールで進めていたために、作業はほぼ完了しており、来年の春はやることがあまり無くなりそうです。
 Chorus STの演奏会も、今年の5月5日の予定だったところを、ほぼ1年後である来年の5月1日に復活公演が決まっています。場所は変わりますが、内容は同じになりそうです。
 実はこの演奏会は、私の『続・TOKYO物語』混声版の刊行に関わっているので、その意味でも復活公演は大変ありがたい話です。つまり、混声版の委嘱初演者がChorus STということになっているので、Chorus STで歌わない限り刊行ができず、従って今年5月予定であった刊行も遅れているというわけです。当然ながら印税もまだ入ってはいません。
 また、この演奏会では私を含む3人の作曲家(あとふたりは相澤直人くんと山下祐加さん)の新曲初演のステージがあり、それらの曲の披露も延び延びになっているので、なんとか形をつけないと外聞も悪いことになりそうなところでした。今後、5月までに演奏会事情がどう変わるかわかりませんが、最悪の場合無観客公演も覚悟しています。
 コーロ・ステラの演奏会は、7月開催予定でしたが、直前まで緊急事態宣言が発令中でしたので、練習がまったくできない状態で延期となりました。しかしこの合唱団はなかなか粘り強いところがあって、練習会場確保もなかなか難しい中、半数ずつの練習などといった苦肉の策を取り混ぜつつ、11月下旬に復活公演をするべく準備中です。こちらも場所は当初の予定から変わりましたし、練習期間の関係でステージをひとつ省くことになりましたが、来年に持ち越さなかったのは感心します。
 小樽商大グリーは、確か100周年記念だったかで、松下耕さんに合唱組曲を委嘱していたのですが、2月下旬以来すべてがストップしています。Chorus STの新曲ステージと違い、松下先生の作曲のほうも全然進んでいないそうです。作曲前に小樽を訪れてイメージを固めようとしていたのが、延び延びになっているうちに緊急事態に入ってしまって動けなくなったらしいのですが、Go To トラベルキャンペーンがはじまったことだし、そろそろ行っているでしょうか。
 合唱団の練習も、まだ再開のメドは経っていません。この合唱団は、札幌組と東京組に分かれて練習しており、東京組はサンシャイン60の高層階にある小樽商大同窓会の持ち部屋が練習場所になっています。ピアノが無いのが瑕疵ですが、なかなか広い部屋で、「密」になりそうもないと思うのですけれども、やはり高齢のメンバーが多くて、池袋まで出てくること自体が不安らしいのでした。今年の11月、つまり今月に札幌で演奏会の予定だったのが、ひとまず1年延期ということになったものの、来年つつがなく復活公演できるかどうか、まだなんとも言えない段階であるそうです。北海道も感染者数の多いところで、とりわけ死亡率が他より高い傾向にあり、どうしても慎重にならざるを得ないようなのでした。
 川口第九を歌う会は9月から練習を再開していますが、何しろ人数の多い合唱団ゆえ、半分ずつに分けての練習となっています。全員が入れるところはまだ見当たらないようです。
 コーロ・ステラとは違って、半分に分けたものを、同じ日に時間を変えて練習するといったことはしていませんので、簡単に言うと以前は毎週の練習だったものが隔週になっています。単純計算でも練習時間が半分になっている上、毎週だったものを隔週にすると、いろいろ先生から言われたことを忘れてしまい、上達速度が著しく低下します。
 それで、年末の第九公演はもちろん、来年6月に予定していた自主公演も延期にしてしまったのでした。ちなみに今度の自主公演はハイドンのオラトリオ『四季』です。第九と同様ドイツ語であり、ドイツ語の歌というのは検証してみた結果、他の言語よりも唾液の飛沫が飛びやすかったなんて話もありますので、これも慎重になってしまったかもしれません。
 『星空のレジェンド』は残念でした。まあ、私としてはこの時期、オーケストラ版を作ることにけっこう充実感を覚えていたので、わりと喪失感は無かったのですけれども、毎年続いていた公演が中止されたのは、やはり縁起の悪さのようなものを感じます。この先ちゃんと続いてくれるのだろうかという不安が拭えません。指揮者の中村拓紀さんのもくろみとしては、来年は音源打ち込みによるカラオケで公演し、新しいホールが出来次第生オケを入れるということらしいのですが、うまく運ぶことを祈るしかありません。
 ミュージカル版が頓挫したのも残念です。芝居小屋でクラスターが発生した事例がいくつもあるので、公募の素人さんを何十人も集めて稽古することはそもそも無理だったでしょう。復活公演についてはいまのところ何も聞いていません。
 私の作曲も、何曲か書いたところでストップしています。作曲のほうは遠慮なく進めれば良いようなものなのですが、どうしてもモチベーションというか、他の仕事と較べた場合の優先順位が下がってしまうのはやむを得ません。私もあまり松下耕さんのことは言えなさそうですね。

 東京都合唱祭はChorus STのメンバーとして参加予定、新宿区のふたつはクール・アルエットの指揮者として参加予定、そして世田谷区のは講評者として呼ばれていました。いずれも今年は中止となりました。
 クール・アルエットの指導をはじめてから5年くらい経ちましたが、2月下旬くらいから練習が停止となり、いつも使っていた練習場所が使えなくなったためにそのまま休止が続いていました。少し前に主要メンバーで集まって今後のことを話し合ったそうです。もともと8、9人しかメンバーが居なかったのですが、そのうち3人までもが、療養生活に入ってしまい、その他にも辞めたいという人が居て、ついに解団が決まってしまいました。
 高齢者の多い合唱団だったのでやむを得ないこととはいえ、歌わなくなった途端に療養生活に入ってしまったというのは、やはり歌うという行為が健康には有益だという証明になっているように思えます。他の合唱団でも、しばらく歌っていないうちに、すっかり声に張りが無くなって弱々しくなってしまった人を何人も見ています。歌うことによる感染拡大の危険と、歌わないことによる体力・気力低下の危険と、どちらが深刻なのかということになります。現在の世間的なコンセンサスとしては、どうしても前者のほうが深刻視する人が多く、衆寡敵せずというところです。

 さてそんな中、今日、北区の合唱祭が実施されました。Chorus STが毎年出場しています。Chorus STとしては去年の同じ北区合唱祭以来1年ぶりの舞台となります。私自身も舞台に乗るのは1年ぶりであり、関係する舞台ということであれば1月の板橋のファミリー音楽会以来10ヶ月ぶりです。
 北区の合唱連盟でも、中止にするかどうかでだいぶ紛糾した様子ですが、現在の理事長が比較的若手の合唱指揮者名島啓太さんであり、コロナ禍渦中での合唱活動についても積極的な考えを持つ人であったことも手伝い、最終的にゴーサインが示されたということでしょう。もっと年配の理事長であったら、大事をとるということでやめていたかもしれません。
 当然ながら、万が一にもクラスターなどが発生しないよう、細心の注意が払われました。出場者は楽屋どころか舞台袖まで使用禁止、演奏時には客席から花道で舞台に上がるということにしました。歌うときにもマスク着用が義務づけられましたし、メンバー相互の間隔も充分にあけるよう要請されました。ピアノも指揮台も出しっぱなしでまったく動かしません。無伴奏の曲を歌うときでもピアノが出ていることになります。ピアノ移動のためのスタッフが要らないようにしたのでしょう。
 客席も、前のほうは使用不可とし、後方でも6つだか7つだかあいだをあけて坐るように言われました。いつもなら団ごとにまとまって坐るのですが、それはまったく自由席となります。そういう坐りかただと当然定員が激減しますので、聴きに来てもらうお客は事前登録制となり人数を厳しく制限されました。合唱団員は前半と後半で総入れ替えです。その退場のしかたなども順番が定められ、ロビーなどで固まらないように注意されました。
 ちょっと神経質すぎるんではないかという気もしましたが、ここで新規感染者などを出してしまうと、やっぱり合唱はダメだという認識が全国的に拡がってしまうことになるので、念には念を入れたわけです。
 練習が充分にできず、今回は出場を見送ったという合唱団もたくさんありました。北区の合唱連盟には45団体が登録しており、例年はほぼ全部が出場するのですが、今回の出場団体は19に過ぎませんでした。
 Chorus STも、3月末から練習を停止し、7月に一旦再開したものの8月にはまた休止となり、ようやく9月から本格的にはじめたところです。いままで本番を踏んだことのある曲を選んだのでなんとか間に合いましたが、あらたに選曲している状態だったら無理だったかもしれません。
 演奏順はなんとトップバッターでした。名島さんは清水雅彦さんとも親しく、Chorus STの力量についてもよく知っていたので、幕開きの最初に歌って貰って、合唱はやはり佳いな、ということをみんなに感じて欲しかったのかもしれません。清水さんもそれに応えるべく張りきったか、最終段階の練習ではけっこうねちっこく注意をしていました。確かにわれわれも1年ぶりの舞台ではあり、歌うための筋肉の衰えみたいなものを感じていたメンバーも居たようですし、何よりもマスク着用で歌うという、はじめての事態でもありました。マスクをかけると、どうしても音色はデッドになるし、歌詞が聞き取りにくくなります。それを発声や発語でどう補うかという試行錯誤が必要でした。
 結果的には、来年5月の復活公演に向けての良いリハビリになったな、という感想を得ました。普段よりも間隔をあけたフォーメイションで歌うことによる違和感も実体験できました。実は復活公演は、今日の北区合唱祭と同じ場所、北とびあさくらホールでの開催となります。もともとは東京文化会館小ホールで開催するはずだったのですが、いろんな都合でそうなりました。今日、いちどこの舞台で歌えたのは、今後の準備を進めてゆく上でとても大きな助けになったと思います。
 前半の、自分たちを含めて10団体まで聴きましたが、お年寄りの多い合唱団などでは、やはりもう少し練習期間が欲しかったのだろうなと思わせられるところが多かったように感じました。一方、児童合唱団は元気いっぱいでした。児童合唱団の練習の仕上がりというのは、大人よりもずっと短期間で可能ですので、9月からでも充分準備できたということなのかもしれません。そんな差は感じられたものの、どの合唱団も、舞台で歌えるということの喜びをかみしめていたことに違いは無さそうでした。
 願わくばこの合唱祭で新規感染者などが出ざらんことを。そして、対策さえ適切であればこの種のイベントは充分に可能であることを証明し、他の自治体なども続いてくれることを心より望みます。

(2020.11.1.)

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