忘れ得ぬことどもII

「天空ノ鉄道物語」ほか

 「特別展・天空ノ鉄道物語」というイベントに関連したスタンプラリーをはじめました。
 このイベントは六本木ヒルズ森アーツセンターで開催されています。この正月(2020年)に、マダムの実家で彼女の叔父さんに会ったとき、なんのきっかけだったかこのイベントの話が出ました。叔父さんは現在は鉄ちゃんというほどではありませんが、少年時代は鉄分豊富で、まあ鉄ちゃん上がりといったところでしょうか。以前にも、叔父さんに奨められて水戸線に乗りに行ったことがあります。いや、私は水戸線なぞ何度も乗っているのですが、マダムが興味を示したのでまた乗りに行ったわけです。
 その叔父さんが、奨めたわけではなかったと思いますが、
 「あのアレ、行ってないのか、天空の、あの、なんつったっけ」
 というようなことを言ったのではなかったかと記憶しています。それで、またマダムが興味を持ったのでした。
 私も、興味が無かったわけではありません。まあどの程度の展示であろうかと、期待半分危惧半分といった気分で居ました。しかしマダムが行きたがっているのであれば、一緒に行こうと考えました。
 で、この前地下鉄に乗って改札前のラックを見てみると、このイベントに関連したスタンプラリーのパンフレットというか台紙を配布していたのでした。
 
 見てみると、最近私らがよくやっているような謎解き仕立てにはなっておらず、スタンプ設置駅が最初から明かされていました。東京メトロで3駅、都営地下鉄で3駅、下車してスタンプを捺してくれば良いのでした。メトロの駅は六本木麹町麻布十番。都営の駅は麻布十番汐留新橋です。麻布十番が2回登場していますが、メトロ南北線都営大江戸線の接続駅で、ひとつの駅で両方捺せるというお得なところになっています。
 何日か前、「地下謎への招待状」をプレイした日に、少し時間が余ったので、六本木と麻布十番に立ち寄りました。メトロの24時間券を持っていたので、メトロだけで移動したいところではありましたが、日比谷線と南北線には接点がありません。日比谷線の六本木と神谷町、南北線の六本木一丁目と麻布十番のそれぞれ駅間で交差しています。六本木と麻布十番を、メトロだけで移動しようとすると、相当に迂回しなければなりません。
 しかし、この両駅とも大江戸線との接続駅であり、大江戸線に乗りさえすればひと駅です。それで、24時間パスには申し訳ないことながら、ここだけ節を屈して都営地下鉄に乗ったのでした。おかげで、大江戸線側のスタンプもあっさり捺すことができました。
 メトロでは麹町駅だけ残ってしまいましたが、マダムが妙に張り切って、翌朝わりと早くから出かけて、24時間パスの効力が切れる前に麹町まで行ってスタンプを捺してきたのでした。むろん私の分も頼みました。彼女は池袋までの定期券を持っているので、24時間パスと併せれば麹町まで無料で行けたのです。
 麹町でお世話になったので、都営のあとふたつ、新橋駅と汐留駅は、私が今週の金曜日にマダムの分ともども捺してこようと考えていました。金曜日の定期的な仕事であるクール・アルエットの指導が今週は休みで、晩のChorus STの練習までは予定が入っていなかったこと。都営の一日券を買って汐留と新橋に立ち寄ったのち、しかるべき駅ちかくのキンコーズに寄って楽譜を印刷する用事があり、それも都営一日券でまかなえそうなこと。Chorus STの練習が今月は田端で、田端を通る都営地下鉄は無いけれどもわりと親しみのある都営バス路線が通っていて、都営一日券なら都営バスにも乗れること、などなど考え合わせて、ちょうど都合が良いと思ったのです。

 ところが、昨日の晩になって、マダムの今日予定していた用事が入らないことになったと判明しました。どうやら一日オフになったようです。
 それなら、一緒に出てスタンプラリーを完遂し、六本木ヒルズにも行ってしまおうと誘うと、マダムは一旦は「家のこともしないと……」とためらったものの、すぐに乗ってきました。
 朝は1月15日恒例のアズキがゆを作って食べました。あと洗濯もして、わりに午前中はのんびり過ごしました。ひとつには雨がかなり激しく降っていて、あんまり外出する気になれなかったのです。パソコンに入ってくる天気予報を見ると、何やらすぐにでも晴れ上がりそうな感じなのですが、いっこうに雨音が止みません。
 昼くらいになって、ようやく雨音がしなくなったので、出かけました。もっとも最初の頃はポツポツと霧雨みたいのが落ちていて、私は傘を差さなくとも平気なくらいだったのですが、マダムは小雨にでも当たるのをいやがるたちで、わざわざ長い傘を持って出てきました。なお天気はその後予報どおりに回復したのに、マダムは一日中傘を持ち回り、案の定途中で忘れかけたりしていました。
 「折り畳みにすりゃ良かったのに」
 と言うと、すぐに持って出られる折り畳み傘が見当たらなかった、と答え、さらに
 「杖代わりにするからいいの!」
 と負け惜しみみたいなことを言い張りました。確かに彼女は年末このかた腰を傷めているので、杖代わりの傘でも持っていたほうが歩くのが楽なのかもしれませんが、それにしても余計な荷物であることは事実です。
 出かけたと言っても、すぐにスタンプラリーに出発したのではありません。川口駅前のそごうで買い物の用事があり、さらに駅前のバーガーキングで昼食をとり、ようやくおもむろに動き出しました。ちなみに「おもむろに」という副詞は、漢字で書くと「徐に」となり、「ゆるゆると」というのとほぼ同義です。

 他の用を済ませたのち、汐留駅と新橋駅のスタンプはあっさり捺せて、大江戸線で六本木へ向かいました。
 六本木ヒルズは、地下鉄の駅からダイレクトに行けるものだとばかり思っていました。地下2階から3階まで一気に昇る長いエスカレーターを記憶しています。ところが、大江戸線の改札を出て、「六本木ヒルズ」という案内に従って歩いてゆくと、外へ出てしまいました。何度も来ているマダムはあたりまえのように通りを歩いてゆきます。私は首を傾げながらついてゆきましたが、要するにくだんの大エスカレーターのところには、メトロの日比谷線の改札からしか行けなかったようです。大江戸線の乗り場とは直接連絡はしていないのでした。同じ六本木のランドマークである東京ミッドタウンへは、どちらの地下鉄からも地下道経由で行けるのですが、大江戸線と六本木ヒルズはいまのところ仲が悪いようでした。
 道路を歩いて、ハリウッドビューティというビルの中に入りました。そこから六本木ヒルズはつながっています。
 まず3階の、アート&デザインストアというところに行って、スタンプラリーコンプリートの景品を貰わなければなりません。くだんの店を探して若干さまよいましたが、要するに森アーツセンターギャラリーの入口にあるショップのことでした。このショップを抜けるとチケット売り場があり、そこで入場券を買って専用エレベーターに乗ると、52階のギャラリーに着くという按配だったのでした。
 景品は先着15000名ということで、もう無くなっているかもしれないなどとも思っていましたが、幸いまだありました。小さなタオルハンカチで、子供だましみたいなものではありましたが、まあ貰えればそれなりに嬉しく思います。
 実はここまででは本当のコンプリートではありません。「天空ノ鉄道物語」会場内に最後のスタンプがあり、それを捺して真のコンプリートになります。そちらでも景品が貰えることになっていますが、ただこちらは配布数が2000名に過ぎず、12月3日からの会期でまだ残っているかどうかははなはだ心許ないのでした。クリアファイルとステッカーを貰えるということでしたが、ステッカーのほうは品切れになった旨、汐留駅のスタンプ設置場所に掲示されていました。新橋駅にもあったかもしれませんが記憶にありません。一昨日の時点ではその掲示が無かったのは確かで、一昨日か昨日に在庫切れになったのかもしれません。するとクリアファイルのほうも怪しいものです。

 ミニタオルを貰ってから、入場券を買います。1枚2500円とかなりの額なので驚きました。実は「天空ノ鉄道物語」だけでなく、53階のギャラリーで同時開催している「未来と芸術展」というイベントも一緒に入れるチケットであって、両方を堪能するのであれば納得できる値段と言えます。鉄道展だけだと少々ぼられた感があります。
 チケットと共に、硬券を1枚渡されました。最近めっきりお目にかからなくなった、硬い厚紙を用いた切符です。「六本木から天空駅ゆき 六本木ヒルズ経由」などと印刷されているフェイクアイテムですが、記念品としてはしゃれており、私らの年代だと懐かしさを覚えざるを得ません。展示の入口のところに、日付印を捺す機械が置かれていて、来場者は自分でその機械に貰った硬券を通し、日付を印字するようになっていました。
 入場する前に、余分な荷物をロッカーに預けてきたのですが、マダムは硬券もスタンプの台紙も預けてしまい、それらを取りに何遍もロッカーに走っていました。百円硬貨が戻ってくるタイプのロッカーだったから良かったようなものの、お金をとられるロッカーだったらだいぶ損したところです。
 入場してすぐのところに、1964年現在、つまり私が生まれた年の上野駅の様子を映したパノラマ写真が飾られ、改札口や列車札なども展示されていました。1964年は新幹線が開業した年でもあり、それだからこの年が起点に選ばれていたのでしょう。生まれた年のことはさすがに憶えていませんが、私が物心ついた70年代ころでも、繁忙期の上野駅の様子はさほど変わっておらず、人混みの写真にも懐かしさを覚えずには居られませんでした。
 新幹線が開業した10月の時刻表の索引地図を拡大したものらしい全国路線図も貼られていました。たいていの人は一瞥するだけでしょうが、私は思わずしばらくのあいだ呆けたように眺めていました。まだ開通していない路線もたくさんあるものの、ああ宇品線がまだある、あちこちの線に短い枝線がたくさんついている、北海道の路線がこれほどまでに密集している、うわあこんなところにも私鉄の路線が……などと、次から次へと眼について、かなりの時間その場から動けなかったのでした。
 国鉄時代の展示はわりとあっさりしていて、JRになってからの展示が充実していました。「トワイライトエクスプレス」の車輌を再現した展示など、戸口に手をかけて中を覗き込んでいたら、
 「お手は触れないようにお願いします」
 と注意されてしまいました。
 それにしても、国鉄がJRになったのなど、ついこのあいだのような気がしていましたが、もう33年も前のことなのですね。私も齢をとるわけです。
 1964年からいままでの時刻表の表紙を残らず並べて展示していたのは圧巻でした。私の持っているいちばん古い時刻表は70年7月のもので、その場所にはちゃんと見慣れた表紙が掲示されていました。大阪万博に向かう臨時列車などがたくさん載っている号でした。
 マダムがいろいろ写真を撮っているので、何をやっているのかと思ったら、自分が生まれた年、10歳になったとき、20歳になったとき……の表紙を撮っていたのでした。
 リニアが大阪まで開業したのちの未来を想定した架空のインタビュー映像があって、けっこう面白かったと思います。リニアが通ると、従来の新幹線は「のぞみ」が減って「ひかり」「こだま」中心のダイヤとなるらしく、それで静岡県内などは停車する列車が増えて便利になると言うのですが、さてどうでしょうか。

 以上が、「内周」と称するいわゆる「第一部」です。このあと展示は「外周」に移ります。「外周」は、ぐるりの展望窓に沿っており、さっきのフェイク硬券の目的地である「天空駅」も設置されていました。
 窓の上のスクリーンに、星空が映し出され、そのうちその星空に銀河鉄道の列車が走りはじめます。その映像が、窓の外に見えている夜景と融け合って、なんとも幻想的です。六本木ヒルズに来たときにはもう17時半くらいになっていましたが、夜になって良かったと思いました。
 私鉄に関する展示や、運転シミュレーターなどがあり、その先に最後のスタンプが設置されていました。それを台紙に捺し、景品を貰います。ステッカーは品切れでしたが、クリアファイルはまだ残っていました。負け惜しみというわけでなく、ステッカーなんかはさほど欲しくもなかったので、クリアファイルだけでも貰えて良かったと思いました。

 「天空ノ鉄道物語」は思いの外充実していました。2時間以上愉しめました。まあ、私が古い路線図に食いついたりしていたせいではありますが。
 せっかく併設で入れるので、「未来と芸術展」のほうにも行ってみました。「AI、ロボット、都市、生命──人は明日どう生きるのか」と副題がついています。
 未来都市の設計案とか、火星基地の建設ロードマップなどは興味深く見ましたが、「生命」がらみになってくるといささか気持ち悪いというか、エグいような造形が少なくありません。中国人美術家が制作した、昆虫の拡大写真に見せかけた作品など、「うわあ」と言いたくなります。大きな複眼が、よくよく見ると人間の唇だったりします。昆虫の一部に、必ず人体の一部が貼り込まれているというシリーズで、ハエの下半身に、びっしりと毛の生えたどこやらの人間の皮膚が使われていたり、モノによってはどう見ても睾丸、すなわちキンタマであろうと思われる部位も見て取れました。また、デザインチャイルドというのか、肉体の一部を不自然に改造された赤ん坊の写真(もちろんフェイク写真でしょうが)なんかも、ぞっとするような気味悪さをかもし出していました。
 AIに関しては、予言的な作品として手塚治虫「火の鳥 未来編」の一部が掲示されていましたが、ああいう、絶対的存在としてのマザーコンピュータみたいなものが君臨するディストピアというのは、一時代前の未来図であるように思います。「ターミネーター」もそうだったし、竹宮恵子「地球(テラ)へ…」なども同様でしたが、すべてを支配するマザーコンピュータとそれに反抗する人間たち、という二分論は、わかりやすいけれども単純すぎて現実的ではありません。現代の未来図(なんだか変な言葉ですが)はもっとカオスです。コンピュータは集積されてツリー型のネットワークになるわけではなさそうで、個々のコンピュータがインターネットを介して並列的なネットワークを形成し、むしろ原生動物が群体を作るみたいな状態で拡がりつつあります。誰か、たとえば中国共産党などといった存在が、ネットワークの一部を統制し管理しようとしても、ネットワークは容易に迂回路を通り抜けて支配を脱することになりそうです。
 そういうカオスな未来図のほうが面白いと思いますし、都市とか建築などのジャンルでは充分にカオスな傾向のものが考案されているのに、AIやロボットに関してはどうも発想が古いように感じられるのは、個々の制作者よりもむしろ企画者の問題なのではないでしょうか。
 感動したり、物事を深く考えさせられるというのとは少し違いますが、不思議な気分にさせられる展覧会でした。「天空ノ鉄道物語」のほうは20時で終わりでしたが、こちらの展覧会は22時まで開いていたので、かなりゆっくり観られたのも良かったと思います。

 六本木の駅に戻る途中のはなまるうどんで軽い夕食を食べて帰りました。都営一日券をフルに活用したいと思って、帰りは地下鉄と都バスをうまく乗り継いでゆこうと思っていたのですが、すでに22時を過ぎていて、バスの多くはもう走っていないでしょう。おとなしく大江戸線で上野御徒町に出て、京浜東北線に乗り換えて帰宅しました。
 一昨日、そして今日と、いささか遊び過ぎな気配もあります。マダムはさらに輪をかけていて、昨日も映画を観に行ったりしていました。少しは仕事に戻らなければなりません。

(2020.1.15.)

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