忘れ得ぬことどもII

捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

 前に使っていたパソコンをやっと処分しました。
 電化製品は、新しいのを買ったときに、販売店が古いものを引き取ってくれる(引き取り代金も加算されますが)というのが普通だと思いますが、パソコンを新調した場合は、前のマシンから新しいマシンに、いろいろと引き継がなければならないデータその他があるはずで、普通はどうやっているのだろうかと思います。今回の私の場合は、去年の春に入手した新しいほうが中古パソコン頒布会で手に入れたノートパソコンであったため、古いほうを引き取って貰うシステムにはなっておらず、1年半以上そのままうちに置いてありました。
 頒布会で売っている中古パソコンはぼったくりだと言う人も居ますが、私はおおむね満足しています。およそ4万円で買いましたけれども、コストパフォーマンスは充分に良いと感じます。私の使用目的程度に必要なスペックは、値段相応に満たしていると言えるのでしょう。動画とかオンラインゲームなどを主にやっている人からすれば、少々不満足なのかもしれません。
 何しろ、前のパソコンはおよそ12年間も使っていたWindows XPマシンで、いろいろな動作に不都合が発生しつつありました。そのマシンで動きうるInternet Explorerのファイナルヴァージョンでは、すでにyoutubeも動かないし、各種フォームも対応していない場合が多く、仕事やネットによる申込みなどに支障をきたしていました。
 ソフトの動きもとにかく遅く、しばしば停まりました。フリーズではありませんがビジー状態というヤツで、あとから考えると、セキュリティソフトの自動更新が原因であったようです。つまり、最新の状態ではないというので自動更新がはじまるのですが、やはりそのパソコンのスペックではもうそれ以上のアップデートが受け容れられず、常に更新が失敗して、そのためにまた実にしょっちゅう自動更新が開始されてしまうという繰り返しであったと思われます。
 そんなこんなでいろいろと困り、新調したいとずっとぼやきつつ、さらに5年くらい経ってしまいました。デスクトップパソコンでしたので、新調するとなるとやはりいろんな物入りで十数万円はかかると思われ、なかなかそれだけの費用を捻出する機会が無かったのです。それなりにまとまった収入が見込まれたとき、今度こそ買い換えようと思うのですが、そういうときに限って決まって他にお金が入り用なことが発生し、パソコンよりも優先しなければならなかったりして、見送りに終わるのでした。
 それでも、確定申告のweb入力ができなくなったり、Finaleでの作業中に電源が落ちてしまって数時間分の仕事が不意になったりして、はっきり言って実害が発生しはじめましたので、とうとう思いきって、中古パソコン頒布会に出かけたわけです。
 官庁やオフィスなどで使っていたノートパソコンを、そこで交換するときに回収し、内部外部のクリーニングをおこない、いくつかの必須ソフトだけ入れて希望者に譲渡するというのが頒布会の趣旨です。
 中古とはいえ、私の12年落ちのロートルマシンに較べれば、はるかに新しいはずですし、搭載メモリもCPUもずっとスペックアップしているでしょう。買ってみると、内蔵ハードディスクの容量だけは前のほうが大きかったようですが、内蔵ハードディスクというのはそもそも全部使ったりはしないもので、半分くらい埋まっただけでも全体のパフォーマンスが落ちてくるシロモノですから、いくらか少なくともさして問題ではありません。上に書いたとおり、私は自分で作成したデータのほとんどは外付けハードディスクに記録していますので、内蔵ハードディスクの容量はほどほどで良いのです。

 私はパソコン歴の最初のときから、デスクトップばかり使っており、ノートパソコンというのはこのときはじめて買いました。次のデスクトップを買うまでのつなぎというつもりだったのですが、使いはじめてみるとけっこう使い勝手が良く、しばらくはこのままでも良いかと思うようになりました。
 前に、自分のデスクトップパソコンが故障して修理しているあいだ、マダムのノートパソコンを借りて作業したことがあり、そのときだいぶ使い勝手が悪かったので先入観がありました。しかしそのときの不都合を思い出して、早速テンキーワイヤレスマウスを買ってきたのが良かったようです。特にfinaleの作業は、テンキーがあるだけでずいぶん能率が違います。
 モニターの画面が少し小さくて、わずかに困ることはありましたが、おおむね問題は無く、特につなぎと考えなくとも良さそうです。もともと、ノートパソコンとしてはかなり大型で、電源もバッテリーパック式ではなくAC電源を常につないでいないとすぐに落ちるタイプですので、なかばデスクトップに近いみたいなものです。
 自分で入れたソフトは全部入れ直さなければならず、中にはヴァージョンが古くてもうWindows 10には入れられないものもありました。仕事上いちばん大事なFinaleがダメだったのには凹みましたが、何しろ12年ぶりですので仕方がありません。やはりパソコン本体の他に数万円の出費にはなりました。
 あと、しばらくあとになって気がついたのですが、スキャナーが使えなくなってしまっていました。うちのスキャナーのドライバがWindows 10には対応していなかったのです。
 そのため、去年の暮れに年賀状を作る際、久しぶりに古いパソコンを動かしました。やはり非常に動作がのろく、もう使えないなと思いました。こんどの年賀状は、スキャナーを使わない作りかたをしましたが、スキャナーはパソコンの周辺機器としてはさして高いものでもないので、また買い直そうと思っています。
 使えないとは思いつつ、もしかしたら新しいパソコンに移せなかったソフトやデータの何かが必要になるかもしれないと考えて、いままで処分せずに来ました。処分の手続きが面倒くさそうだったせいでもありますが。
 それから1年経って、結局いちども古いマシンのスイッチを入れることはありませんでした。もうさすがに処分しても良いでしょう。また、しばらく前からマダムが部屋の模様替えをしたがっていて、古いパソコンが残っているとそれがなかなかやりにくいということもありました。
 年末でもありますし、そろそろ古いパソコンを捨ててしまおうと思いました。市役所のサイトで捨てかたを確認すると、メーカーによって方法が違うらしく、それぞれのメーカーのサイトに飛ぶようになっていました。それでNECのサイトで「排出」のしかたを見てみると、思ったより簡単そうだったので、すぐに手続きをしてしまいました。
 まず、少なからぬ料金をとられるとばかり思っていたのですが、リサイクルマークがついていれば、もともとの品物代の中に引き取り料金が含まれているらしく、無料で良いそうです。web上で引き取りを申し込み、翌日か翌々日に伝票が送られてきます。その伝票を、簡易梱包(3重くらいにしたゴミ袋に入れればOK)したパソコンに貼付し、近くの郵便局に持ち込めばそれで良いのでした。郵便局が遠い人は、本局か、メーカーの営業所から引き取りに来てくれるそうですが、そのためにまた電話をしなければならず面倒になります。うちはごく近くに郵便局があるので、その必要はありませんでした。
 拍子抜けするくらい簡単で、なぜいままで面倒くさがっていたのだろうかと可笑しくなるくらいでした。
 もっとも、郵便局の局員は、何やら手間取っていたようです。
 「あんまりこういうの、持ち込まれませんか?」
 と訊ねると、
 「たま〜に、ありますけどね」
 とのことでした。たいていは販売店引き取りで、郵便局に持ち込む人は少ないのかもしれません。

 これで古いパソコンが無くなりました。部屋がだいぶすっきりした感じです。
 あと、古いテレビも残っています。こちらは30年近く前の製品で、地上波デジタルになったときに無用の長物となったのでした。これも、普通なら新しいテレビを買ったときに販売店が引き取ってくれるのでしょうが、確かいまのテレビは、配達して貰わずに自分で持って帰ってきたので、やはり引き取って貰っていません。リサイクル法などができる前の製品ですので、こちらは捨てるにもお金がかかるでしょう。
 もう7、8年ほど私の部屋に置きっぱなしになっています。最初は、放送は入らないけれどテレビゲームならできるはずなので、ゲーム用に取っておこうと思った気がしますが、そのゲームもいまや全然やらなくなってしまいました。古いテレビはまったくの置物となってしまったのです。
 いちど、流しのリサイクル屋に頼んだことがありました。テレビでもラジカセでも自転車でも、なんでも引き取ってくれそうな口ぶりだったのですが、いざ玄関に招じ入れてテレビを持って行って貰おうとしたところ、急に
 「何か貴金属のアクセサリーとかありませんかね。そういうのがあれば一緒に引き取れるんですが」
 と言い出しました。
 そんなものは無い、と答えたのですが、
 「なんでもいいんです。指輪でもネックレスでも、何かそんなものがあればいいんですけどねえ」
 としつこく言いつのります。
 とにかくそんなものは無いので、テレビだけでは引き取れないのか、と単刀直入に訊くと、
 「ええ、まあ、貴金属と一緒ならお引き取りするんですが」
 とまだ言っています。結局お帰り願いましたが、なるほど、流しのリサイクル業者とはそういう仕掛けになっているのか、とひとつ勉強した気分になりました。これ、招き入れた家に奥様ひとりしか居ないようだったら、こう執拗に言われると少々怖く感じるかもしれません。

 このたびパソコンを処分するにあたって、テレビについても調べてみました。これも家電リサイクル法により、普通に粗大ゴミで出すというわけにはゆきません。
 テレビの処分のしかたは、まず次の三つがあります。

  ・購入した販売店で引き取って貰う。
  ・買い換えをする販売店で引き取って貰う。
  ・最寄りの家電販売店で引き取って貰う。

 30年近く前にこのテレビをどこで買ったか思い出してみたら、今は無きスーパーマーケット「トポス」の家電売り場でした。従って購入店そのものがいまは存在せず、最初の方法はダメです。
 新しいテレビに買い換えたのは近くのショッピングモール内にあるヤマダ電機だったと思いますが、これももう5、6年も経ってしまっては無理でしょう。
 最寄りの家電販売店で引き取るかどうかは店によって違うそうで、あまり馴染みもない個人商店に問い合わせるのも物憂いものがあります。
 そこで「上記のいずれにも当てはまらない場合」というのを読んでみると、

  1.郵便局で家電リサイクル券を受け取る。
  2.家電リサイクル券に必要事項を書き込み、リサイクル料金と振込手数料を添えてお金を振り込む。そのとき必ず窓口で日付印を貰う。
  3.払い込み受付証明書をテレビの指定された場所に貼る。
  4.指定引取場所に搬入する。

 という手順が必要であるようです。川口市周辺の指定取引場所が4つほど記されていましたが、板橋区の舟渡にあるのが近いようで、そのくらいならたぶん自転車で搬入できるでしょう。自力で搬入できない場合は引き取りに来て貰うことになりますが、当然運送料が別途必要になります。リサイクル料金は1700円だかで、この料金のために別途運送料を払うのもばからしいので、近いうち運んでこようと思っています。しかし年内は無理でしょう。

 年内に出せた粗大ゴミはもうひとつあって、これは家電ではなく、風呂の蓋です。
 16年ばかり前に水回りのリフォームをしたときから使っているので、もういい加減カビやら汚れやらで真っ黒になってきており、さすがに気持ちが悪いので新調することにしました。
 こういうものは店頭で買うのに較べ、ネットで買ったほうがはるかに安いようです。近くのホームセンターで値段を確認したら、送料を含めてもネットで買ったほうがずっと安いとわかり、迷わず購入しました。で、古いほうは捨てることにしたわけですが、一辺40センチを超えると粗大ゴミ扱いになってしまいます。風呂の蓋は短辺でも60センチあるので、粗大ゴミとして捨てなければなりません。市のサイトでは、いろんな具体的な物の捨てかたについて解説しているのですが、その中にちゃんと「浴槽の蓋」という項目がありました。
 こちらは何度もやっているので馴れたものです。ただ、これまでは環境センターに電話して申し込んでいたのが、web上で申し込めることがわかり、そちらでやってみたのですが、引き取り日程が入力できません。よく見ると、web受付は今年分はすでに終わっているとのことでした。その後に申し込んだ分は来年回しになるらしいのです。
 あわてて電話をかけました。それで受付番号を聞き、コンビニなどで粗大ゴミ収集券を買い、番号をそこに書き込んで捨てるものに貼付し、指定された日時にゴミ置き場に出しておけば完了です。電話口に出ていたおばさんに、先ほどweb申し込みしたのをキャンセルしたいと納得させるのに少々手間取りました。
 奇しくも、新しい蓋が配送される日時と、古い蓋を引き取って貰う日時が同じになりました。だからぎりぎりまで古いのを使えたわけですが、風呂場に置いておくと濡れたままになるので、実際には少し前の日から外しておきました。

 ものを捨てるというのは、あるとき思いきらないと、なかなか実行できないものです。
 世の中にはミニマリストとかいう人々が居り、家具も買わずにすべて段ボール箱などで代用し、本なども買って読んだらすぐ売り飛ばし、一切個人的なものを持たずに暮らしているそうですが、普通はなかなかそういうわけにもゆきません。生活していると、とにかく物がたまってゆきます。
 私はときどき思いきっていろいろ捨てることがありますが、マダムは「捨てられない女」で、私が片付けを手伝いながら、古雑誌とか古チラシなどを取り上げ、
 「こんなの、もう要らないだろ?」
 と言っても、決まって
 「まだとっとく」
 と答えます。雑誌は暇になったら読むと言い張るのですが、事実上あんまり暇なときは無いようですし、たまに暇そうなときでも彼女はテレビを見るか寝ているかで、雑誌など読んでいる気配がありません。そんなこんなで古いマンガ雑誌が何年分もたまっていたりしたのですが、それはやいのやいの言って、この前ようやく捨てました。ゴミ袋16個分くらいになったのでしたが、それだけ取りのけても、おそるべきことに、マダムのスペースはろくろく片付いたようには見えないのでした。
 衣類も山のようになっています。サイズが合わなくなった服などどんどん捨てれば良いものを、
 「それが着られるようになるまでダイエットする」
 と言い張ります。さていつのことになるやら、とにかくマダムの衣類は増える一方で、それらが山積みになっているのをとがめると、この家に収納場所が少ないのが悪い、と逆ギレするので手に負えません。確かに40年近く前の団地サイズで、いまふうのマンションのようにクローゼットがいくつもしつらえられてたりはしないのですが、それが悪いと言われても、無い物は仕方がありません。いまある収納場所で足りる程度の物量にするしかないのです。
 あとは何しろ、センティメンタル・ヴァリューの感じかたが強いようで、昔の旅行で持ってきたパンフレットだの土産物の小物だのも、まず捨てさせて貰えません。私はそういう感覚があまり無く、私の両親もまるで無い人だったので、そういうものを取っておく神経がよくわからないのでした。私もある程度は「記念品」を取っておくことがありますが、何年か過ぎると、わりとためらいなく捨てるほうです。
 とはいえ、私も本はなかなか捨てられません。同じ本をけっこう何度も読むたちでもあります。本棚に類するものは家の中に10個くらいあります。少し整理したほうが良いとは思うのですが、なかなかその気になれないのでした。だからマダムのことばかり言ってはいられません。
 当然ながら、楽譜も相当な量になっています。こればかりはマダムも私も捨てられません。ただ、本になっている楽譜は捨てられないにしても、微妙なのはコピー譜です。私はなるべく捨てるようにはしているのですが、伴奏とか編曲の元譜とかの用途で、他人から貰ったコピー譜で、自分で持っていない曲であった場合、どうにも迷います。捨ててしまうともうこの曲とはおさらばだと思うと、躊躇せざるを得ません。
 自分の書いた楽譜も難しいものがあります。パソコン作譜してプリンターで打ち出したものなどは捨ててしまっても構わないのですが、それ以前の手書き譜は、たとえあとでパソコンに打ち込んだとしても、捨てるのはしのびない気がしてしまいます。また、打ち込む前の下書きなどもなかなか捨てられません。下書きなんか保存しているのはナルシシズムのような気もするのですが、たとえば夏目漱石の原稿の下書きがちゃんと保存されているのを資料館で見たりすると、おれのももしかしたら、などと考えてしまうのでした。
 もっとも、私の死後に、手書き譜や下書きに資料価値を見出してくれる人など居そうもありませんので、時期を見計らって処分したほうが良いのかもしれません。
 自分の書いたものは、死後に全部破棄してくれ、と遺言して死んだ物書きはけっこう居ます。私の畑で有名なところではショパンがそうで、友人に破棄を頼んで死んだのでしたが、その友人はショパンの遺志を裏切り、遺された譜面を次々と出版してしまいました。まあ、幻想即興曲やら、嬰ハ短調のノクターン(Lento con gran espressione)やら、3つのエチュードやらが陽の目を見たのはその「裏切り」のおかげですから、結果的には良かったと思うのですが、まあ死んだあとのことは本人にはどうしようもないとしか言いようがありません。
 火災や水害などで、どうしても身ひとつで逃げなければならなくなった場合、私は上に書いた外付けハードディスクだけポケットに入れて持ってゆこうと考えています。逆に言えば、それ以外のものは極端に言えば焼失しても構わないと思っているわけですから、死ぬまでにはどんどん処分してゆくのも良いかもしれません。

(2019.12.26.)

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