忘れ得ぬことどもII

中核市移行

 私の住んでいる川口市は、この4月(2018年)から中核市に移行することが決まっています。駅前には大々的にその旨を記した横断幕が架かっています。
 しかし、中核市になると何がどうなるのか、多くの川口市民はよくわかっていないと思います。私もよくわかりませんでした。
 政令指定都市、というのはある程度イメージが湧きます。都道府県とほぼ同じ権限を持ち、宝くじなども発行することができ、市域は複数の区に分けられているのが常です。静岡市みたいに3つしか区がないところもありますが、それでもとにかく区に分けられています。隣のさいたま市が政令指定都市なので、様子もわかりやすいと言えるでしょう。
 中核市というのは、政令指定都市ほどには権限が強くないのだろうと見当はつきますが、どの程度の力を持ち、そして住民にとっていままでと何が違うのかということがはっきりしないので、気になります。そこで、ちょっと勉強してみることにしました。

 まず中核市の条件ですが、これは現在では非常に簡単です。「人口が20万人以上」これだけです。
 以前はもう少しいろいろと条件がありました。中核市の制度が発足したのは1995年ですが、このときは
 「人口が30万人以上」
 「面積が100平方キロ以上」
 「人口が30万以上50万未満の場合は、昼間人口が夜間人口より多いこと」

 という三条件がありました。私は1986年の暮れから川口市に住んでいますが、当時の人口は50万には届きませんでした。50万を超えたのは2009年のことです。しかし1995年現在で30万は超えていたはずなので、第一の条件はクリアしていました。
 しかし、面積が100平方キロに及びません。鳩ヶ谷市を合併した現在でも62平方キロほどです。それで、当初の条件では中核市にはなれませんでした。また、住民の多くは「川口都民」と呼ばれる都内への通勤者で、昼間人口は明らかに夜間人口より少なかったのです。
 2000年から「特例市」というカテゴリーが誕生しました。これが「人口20万人以上」というただひとつの条件でなれるもので、川口市も特例市となりました。特例市と普通の市と何がちがうのかといえば、「都市計画に関する事務」と「環境保全行政に関する事務」を県から委譲されるということです。細かく言うと他にもいろいろありますが、大きな柱としてはその2本です。

 特例市制度発足と同時に、中核市の要件も改められました。3番目の「昼間人口が夜間人口より多いこと」というのが削除されたのです。
 もともと中核市という概念は、地方の比較的大きな都市というイメージで設定されたようで、「周辺の市町村から通勤者が集まってくる」ことを前提にしていたのでしょう。実は人口30万人以上などという市は、東京や大阪などの巨大都市の衛星都市に相当するものが多いわけで、そのあたりの住民はどうしたって中枢巨大都市への通勤者が多くなるので、昼間人口が少なくなる道理です。当初のイメージでの中核市は、そういうものではないという考えがあり、だから昼夜の人口比率が要件に加えられていたのだと思われます。
 が、中核市の多くの権限を行使するにあたっては、人口比率はあまり問題ではないということがわかってきて、この要件が削除されたのでした。地方分権推進委員会からの勧告もあったようです。
 しかし、巨大都市の衛星都市がやたらと中核市になってしまうと、都道府県の行政効率性に支障が生じるという判断で、「面積100平方キロ以上」の要件は残されました。衛星都市の多くは、面積は大したことがありません。このため、川口市はまたも中核市になり損ねました。
 2002年に、人口50万人以上の市については面積要件が削除されました。50万以上となるとさすがに衛星都市群の中にもそう多くはないので、あっても支障はなかろうということですね。
 この時点では川口市の人口はまだ50万に届かず、45万ほどでしたので、まだ中核市になれません。もともと埼玉県下ではもっとも人口の多い市だったはずなのですが、1位の座を争っていた浦和市大宮市が合併してしまい、しかも与野市岩槻市なども吸収して、さいたま市という広域区画になったことで、はるかに水をあけられてしまいました。こちらも対抗して周辺の市と合併しようとしましたが、鳩ヶ谷・蕨・草加・戸田を巻き込んだ広域市の構想はまるでまとまらず、ならばと画策した鳩ヶ谷・蕨との3市合併もうまくゆかず、かろうじて鳩ヶ谷市との合併のみが実現しました。しかし鳩ヶ谷市というのは、歴史的経緯からしても地理的条件からしても、川口市に吸収されないのがむしろ不思議に思われるほどの市で、面積も蕨市に次いで日本第2位の小ささであり、ほとんど領域が拡がった気がしないのでした。
 2006年に、ついに面積要件が全面的に削除されました。中核市が続々と増えてきたけれども、都道府県との業務の衝突とか不都合がほとんど起こっていないことが判明し、それなら別に衛星都市が軒並み中核市になってしまっても問題は無いだろうという判断でした。
 この時点で、川口市は中核市になっても差し支えなかったと思われます。もう数年で人口が50万を突破するのは確実でしたし、同じ埼玉県下の川越市はとっくに中核市となっていました。しかし何を考えたか、川口市は中核市への移行を断念しました。

 2015年に、特例市と中核市の区別を無くすることが決まり、特例市の要件であった「人口20万人以上」がそのまま中核市のただひとつの要件となりました。これにより、埼玉県下では越谷市がすぐに中核市となりましたが、川口市はなおも動きませんでした。特例市の規定は無くなりましたが、2020年までは「施行時特例市」とされています。川口市はそれらの中でダントツに人口が多く、去年の暮れについに60万人を突破しました。
 もしかすると、定められた要件とはまったく別に、「人口60万突破」という要件を自ら課していたかのようです。ほとんど同時に、中核市移行が発表されました。
 実は去年の暮れの「第九」演奏会の際、奥ノ木信夫市長がレセプションに出席して、
 「まだ言ってはいけないと言われておるんですが……」
 と前置きして、人口60万突破の件と、中核市移行の件をバラしていたのでした。なお副市長は「川口第九を歌う会」の団員です。市長があとで副市長に叱られたかどうかは知りません。年が明けて横断幕が掲げられるようになり、なるほど市長の言っていたのはこれかと納得しました。
 現在のところ、中核市の中で人口が最大なのは船橋市ですが、63万人に過ぎません。川口市の人口増加の勢いをもってすれば、数年のうちに船橋を抜くことは充分にあり得ます。

 さてそれで、中核市になることはわかりましたが、それでは中核市というのは何ができるのか。
 保健所が設置できます。これまでは県の保健所の支所があっただけですが、自前のを持って、地域の保健衛生行政を主導できるようになります。
 民政行政、環境保全、都市計画、文化財保護などの行政分野について、多くの事務を県から委譲されます。それらの事務処理を進めるため、地方交付税が増額されます。
 ここがいちばん重要ですね。つまり国から貰えるお金が増えるのです。多くの市が中核市移行を希望したのはその理由が大きいと思われます。
 しかしもちろん、委譲される事務の受け皿を作っておく必要があります。権限が増えるということは責任も増えるわけで、何かトラブルが起こったとき、それ以前なら都道府県が訴えられていたのが、市が訴えられるということになりかねません。施行時特例市の中で、中核市移行をためらっているところは、やはりそのあたりを心配してのことでしょう。埼玉県下の施行時特例市は、川口市の他、所沢市・草加市・春日部市・熊谷市がありますが、熊谷市は2020年までの中核市移行は見送る方針であることを明らかにしています。所沢市は移行するつもりであるようですが、草加市と春日部市はまだ意思を明らかにしていません。
 所沢市は県中南部の中心的な都市ですから、中核市の資格は充分にあると思います。また熊谷市も、県北部では随一の都市であり、新幹線の駅まであるのですから、イメージとしては中核市にふさわしいと思うのですが、やはり事務委譲の受け容れ準備が難しいということなのでしょうか。
 川口市はやっと受け容れ準備が調ったというところかもしれません。

 しかしながら、中核市という、あくまでも言葉のイメージ的なことを考えると、川口市というのは、やや見すぼらしい印象でもあります。
 中核市という字面からは、例えば交通の要衝、あるいは地域文化の中枢といったイメージが浮かびます。所沢は大西武鉄道の結節点であり、全列車が停車します。西武球場という一大娯楽施設も備えています。衛星都市とは言えませんが、入間市狭山市などの「所沢圏」というべき地域が存在します。
 熊谷も、上に書いた新幹線の他、JR高崎線秩父鉄道とがクロスする交通の要衝です。熊谷次郎直実という「地域の英雄」を持っています。行田市・深谷市などは「熊谷圏」と言っても良いでしょう。
 先に中核市になった川越はもっと顕著です。JR・東武・西武のそれぞれ主要駅があります。武蔵国の中では最大の石高を誇った川越藩のお膝元であり、「小京都」ならぬ「小江戸」としていにしえの情緒を残し、観光客も多く訪れています。「川越圏」としてはふじみ野市富士見市鶴ヶ島市坂戸市などが含まれそうです。
 もうひとつの中核市である越谷市となると少々微妙ですが、それでも東武スカイツリーラインJR武蔵野線が交差するところではあります。また多くの河川が網の目のように入り組んでいるところでもあり、かつては水運の結節点だったという歴史的事情もあります。
 これらに較べると、川口市の交通事情というのはいささかお寒いものがあります。
 まず、鉄道の分岐や交差がほとんどありません。東川口駅で武蔵野線と埼玉高速鉄道が交差しているだけですが、どちらの路線にとっても主要駅とは言えない感じです。少なくとも、東川口に交通の要衝という印象を覚える人は居ないでしょう。
 市内には8つの駅がありますが、優等列車が停車する駅はひとつもありません。人口50万以上の都市で、市内に優等列車が停車する駅がひとつも無いのは全国でも川口市だけです。
 東京区部を別にすると、人口第1位の市は横浜市、第2位が大阪市、第3位が名古屋市、以下札幌市福岡市神戸市と続きます。このあたりまでは、まず言うまでもないでしょう。いずれも新幹線駅や全特急停車駅があります。
 第7位の川崎市は、川崎駅は通過する特急も多いですが、京急川崎ウイング号以外の全列車が停車しますし、快速・特別快速などの停車駅もいくつもあります。
 8位からは京都市さいたま市広島市仙台市千葉市北九州市と続き、これらも新幹線駅・全特急停車駅を擁しています。
 14位は堺市で、JRの特急は停まりません。しかし南海の特急は、本線の「サザン」、高野線の「こうや」「りんかん」ともに堺東に停車します。
 この調子で、どの市にも特急が停まる駅があるのでした。東京の区の中には停まらないところもありますが、それでも私鉄の急行停車駅ならあるし、特急でなくとも快速なら停まります。東大阪市なんて停まらなさそうですが、近鉄特急の中には布施に停車する列車もあるのでした。
 川口市と同条件、つまり市内に特急であれ快速であれ一切の優等列車が停車しないという市で、いちばん人口が多いのは、約38万人の吹田市です。
 将来埼玉高速鉄道が岩槻とか蓮田まで延びることがあって、急行電車が走ったりするようになれば、鳩ヶ谷と東川口には停車する可能性が高いですが、それもいつになるかわかりません。
 せめて快速的列車を停めようと、奥ノ木市長や、新藤義孝衆議院議員は、湘南新宿ラインを川口駅に停車させるべく頑張っていますけれども、JR東日本の態度はきわめて消極的であるようです。あれこれ「できない理由」を並べ立てていますが、本音は隣駅赤羽の構内ショッピングモール「エキュート」の客が減るのを懸念しているに違いないと私は踏んでいます。川口駅に湘南新宿ラインが停まるようになったら、赤羽駅での乗り換え客が激減することは想像に難くありません。
 しかし、中核市として市内にひとつも快速停車駅すら無いというのは、いかにも見すぼらしい話です。
 鉄道だけではありません。国道も122号線298号線があるばかりで、298号線のほうは要するに外環道の下に設置されたバイパス道路みたいなものに過ぎません。122号線は中心部を縦断しているものの、主要国道とは呼べない規模の道路です。これらを補う県道や市道も、そう便利な形にはなっていません。
 パス路線にしても、川口駅から市内のどこへでも直通できるという具合にはなっていないのが現状です。むしろ市内のいろんなところから都内へつながっている便のほうが整備されていたりします。市内を循環するコミュニティバスは、ほとんど乗るなと言わんばかりの運行頻度でしかありません。各路線の乗り継ぎも決して便利とは言えないのです。
 せめて市内相互だけでも、もう少し便を良くしないと、中核市の名折れではないでしょうか。
 地域文化のほうはどうでしょうか。「川口のあいうえお」などと語呂合わせの「名物」があります。それぞれ荒川(らかわ)・鋳物(もの)・植木(えき)・映像(いぞう)・御成道(なりみち)の頭文字なんだそうですが、この中で川口ならではと言えるのは鋳物と植木くらいでしょう。荒川は川口だけのものではありませんし、御成道なんてローカル過ぎる街自慢です。映像だって意気込みのわりにはそんなに知られていません。鋳物は確かに「キューポラのある街」として全国的に有名になりましたし、安行の植木もその方面ではよく知られています。しかしどちらも、いかんせん地味です。西武球場とか小江戸とかの華やかさには欠けます。
 「川口圏」と呼ぶべき周辺市町村があるわけでもありません。せいぜい蕨くらいでしょうか。かつて合併を試みた草加や戸田は、川口圏などと言われるとむしろ嫌がりそうです。
 そんなわけで、「中核」と名乗るにしてはどうもぱっとしないのです。「通り道」程度ではないかという気がしてしまいます。
 人口ばかり増えましたが、市としてのアイデンティティがどうにもあいまいなのでした。
 とにかく中核市になることで、アイデンティティも明確になってくれれば良いのですが。

(2018.2.10)

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