忘れ得ぬことどもII

東西大統領選

 2017年5月7日(日)フランスで大統領選挙の決選投票があったのに引き続き、9日(火)には韓国の大統領選があり、洋の東西で政治の季節を迎えているようです。
 マダムはもともとフランスかぶれだということもありますが、通っているフランス語学校のクラスで大統領選の話題を扱うことがあったようで、大いに興味を持っていました。各候補を揶揄したフェイクポスターなどをネットで蒐集するのが好きだった模様です。
 先月末に第1回の投票がおこなわれ、どの候補も過半数を制することができなかったので、得票数1位だった候補と2位だった候補で決選投票がおこなわれたわけです。フランスの大統領選は直接選挙で、USAのような選挙人方式ではありませんから、全国の有権者がもういちど投票しなければなりませんでした。選挙管理委員などは大変だったことと思いますが、余計な文句を言わせず、あとくされを残さない意味では、それも悪くありません。
 私が思い浮かべているのは5年前の自民党総裁選で、そこでも決選投票がおこなわれました。ただ自民党の規約では、初回投票は一般党員が参加できるのに対し、決選投票は現国会議員のみによるものとなっていました。それはそれで決められたルールなのだから問題は無いのですが、初回投票で2位だった人物が決選投票では多数をとって総裁となり、そういうケースが党史上わずか2回目で、ほとんどの党員がイメージしていなかったために、不満をぶちまける人が続出して、いささか見苦しい状態になってしまったのでした。
 決選投票での逆転は、はるか昔、結党の翌年にいちどあっただけですから、無理もないとはいうものの、投票にあずかれなかった一般党員としては、なんとなく自分たちの権利を奪われたような気がしてしまったのかもしれません。
 手間はかかるでしょうが、自民党は決選投票の方式を改めたほうが良いかもしれません。

 フランスの決選投票は、逆転することなく、初回投票で得票数第1位だったエマニュエル・マクロン氏が、第2位だったマリーヌ・ル=ペン氏を下して、順当に当選しました。
 順当とはいうものの、ル=ペン女史の率いる国民戦線極右とまで言われた政党です。実際の公約などを見ると、そんなに過激な政策を訴えたわけではなく、極右というのはいささか悪意のあるレッテル貼りであったと思いますが、父親のジャン=マリ・ル=ペン氏が国民戦線を結成したときは確かにエキセントリックな国粋主義政党でしたから、そのイメージをひきずってしまうのはやむを得ません。
 そういう候補が、初回投票で第2位の票数を得るということの意味は、重く受け止めなければならないと思います。彼女が訴えたのは、EU離脱、移民の制限と失業率の改善というところでした。英国に続いてEU離脱を説く候補が存外な人気を得ていたのです。決選投票に進み、下馬評ではけっこう食い下がるのではないかと噂されるところまで行っていました。
 フランス国民のかなりの割合が、そういう候補を支持していたということを、当選したマクロン氏も、今後配慮せざるを得ないでしょう。

 もっともマクロン氏にしても、そんなに期待されたというわけではなさそうです。
 マダムの集めたフェイクポスターでも、彼は誰かの操り人形になっていたり、中身がカラッポであることを示唆する内容のものが多かったようです。若いこともあり「オランドの息子」などと揶揄されることもありました。やりそうなことがオランド前大統領と大差ないと見られていたのでしょう。
 25歳上の夫人のこともよくからかわれていました。高校生のときに先生であった現夫人に恋し、両親に引き離されても一途な愛を貫いて十数年後に結婚したのでしたが、そのこと自体は感動的であるかもしれませんけれども、ひとつことを思い込むとそれしか眼に入らなくなるような人柄が推測され、国を預かる政治家としてはどうなのでしょうか。
 また「カラッポ」ということは人の影響を受けやすいという意味でもあります。だからオランドの息子などと呼ばれたわけですが、今後の政策についても、夫人の意見にかなり左右されるのではないかという危惧が拭えません。うまくゆけば内助の功となりますが、夫人が教師上がりにちょくちょく居る「脳内お花畑」な理想主義者であった場合は、国の進路がこれから相当迷走することが予想されます。
 すでに日本では、鳩山由紀夫氏と比較するようなコメントが出てきています。鳩山氏は日本の国益を相当損なってくれましたが、さてマクロン氏はいかがなものでしょう。
 彼が当選したのは、たぶん現状維持を望む人が多かったということなのだろうと思います。いちおう前オランド政権の経済相を務めていたので、政策的な継続性を期待されたのでしょう。今回の大統領選では、大本命と思われていたフランソワ・フィヨン氏が身内への不正給与疑惑であえなく落ち、前首相マニュエル・ヴァルス氏もあまりぱっとしないまま終わり、急進左派のジャン=リュック・メランション氏は言うに事欠いて
 「年間40万ユーロ以上の所得に対する課税を100%とする」
 つまり個人所得は5千万円ほどを上限とし、それ以上は全部国が没収するというとんでもない政策を打ち出して、なかば自爆しました。
 「人の蓄財には、限界がある」
 とうそぶいてのことでしたが、本物の共産主義者というのはすげえなあ、とあっけにとられたものでした。もちろん、そんな政策を実行すれば金持ちはみんな国から逃げ出してゆき、結果として仕事も無くなって、失業率がさらに上がってしまうに決まっています。
 こうして次々と有名どころが落ちてゆき、残ったのがマクロンとル=ペンであったというのは、フランスの幸せだったでしょうか、不幸せだったでしょうか。
 急激な変化を求めない人が、消去法で選んだのがマクロンだったということでしょう。
 なおマクロン氏はフランス史上最年少の大統領だそうです。いままでルイ・ナポレオン、すなわちナポレオン3世が40歳で当選したのがいちばん若かったのですが、マクロン氏はそれを1歳下回りました。ちなみにルイ・ナポレオンはその後、国民投票によって大統領から皇帝に就任します。第二共和政の腐敗ぶりに幻滅した国民が、ナポレオン(1世)時代の栄華をもういちど、とばかりに甥のルイを担ぎ上げたのでした。合法的に人民に推戴された独裁者という点ではヒットラーに似ています。
 対するル=ペンですが、上にも書いたとおり、その公約は決してそんなにエキセントリックなものではなく、反EUであることをひとまず措けば、わりにまっとうに思えます。親父のジャン=マリのイメージが強くて損をしたという気がします。
 マリーヌは国民戦線の実権を握ると、眉をひそめさせるような言動の多い親父を追放し、集会にたいていまぎれ込んできていたネオナチ系の過激派も一掃し、文字どおりの国民政党となるべく努力しましたが、今一歩力及ばなかったという印象です。
 USAのトランプに続き、ル=ペンが当選したら大変なことになる、などと、どうしたわけか日本国内でもあおる人が居ました。極右というレッテルにおびえている、あるいは便乗しているだけで、彼女の政策のどこがどう「大変なこと」につながるのかをきちんと解説していたのを見た記憶はないようです。

 一方韓国では、文在寅(ムンジェイン)氏が洪準杓氏、安哲秀氏との三つ巴の争いを制して当選しました。過半数はとれていませんが、韓国の大統領選の規定では得票第1位の候補者が当選ということになるのでしょう。
 前任の朴槿恵氏が、起訴・収監されるという異様な幕切れを迎えたあとを受けるわけですが、韓国の大統領というのは、なぜか無事に済んだ人が非常に少ないという、おそるべき役職です。たいてい退任後になんらかの罪に問われて、晩節を汚すことになってしまいます。初代の李承晩ハワイに亡命せざるを得ないはめに陥りましたし、3代朴正熙は暗殺され、5代全斗煥は死刑判決を受け、6代廬泰愚は懲役刑となり、7代金泳三は本人は無事でしたが次男が逮捕され、8代金大中も3人の息子すべてが逮捕され、9代廬武鉉は不正資金疑惑で取り調べを受けているあいだに不審死を遂げ、10代李明博は兄が逮捕されています。無事に済んだかに見える2代尹?善と4代崔圭夏ですが、このふたりはいわばワンポイントリリーフに過ぎませんでした。その崔も、全斗煥の軍事クーデターで退陣せざるを得なかったのですから、やはり無事に済んだとは言えないかもしれません。
 こんなはめになる役職に、よくなりたがる人が居るものだと感心するほどです。自分だけは大丈夫だとたかをくくっているのか、その危険さえも冒すに足ると思われるほどに大統領の地位がおいしいのか。
 おそらく韓国には、政権交代が「王朝交代」のようなイメージでとらえられているのでしょう。後任者は、自分の「正しさ」を示さんがために、とにかく前任者を貶めようとするのです。
 そういえば3人の候補は、全員、一昨年の年末に交わされた、慰安婦に関わる日韓合意の見直しを公約に入れていました。入れないと当選は覚束ないのです。
 しかし、国と国が一旦交わした合意を、そう簡単に見直せるわけがありません。機敏にもわが国の菅義偉官房長官は先手を打つように、
 「合意の見直しなどは考えていない。誠実な履行を求めてゆくつもりだ」
 と宣言しました。あたりまえの話で、大統領が替わったからと言って前の取り決めを無かったことにはできません。
 これも思うに韓国では、大統領交代は王朝交代のつもりなので、「前王朝」の交わした「間違った」取り決めなどは破棄して差し支えないものだ、という意識があるに違いありません。
 それを考えると、わが国の明治政府はずいぶんマジメでした。徳川幕府がおこなった外国からの借款を、一銭残らず耳を揃えてきれいに返却しています。前の政権が借りたカネなど返す義理は無い、とつっぱねても無理からぬことで、実際幕府が倒れたのを見て、カネをとりはぐれたかと落胆した国もあったようです。しかし、明治政府は乏しい台所事情の中、歯を食いしばって借金を返しきりました。そのため国民にはだいぶ無理を強いましたが、しかしこのことがあったから日本の信用は大きなものとなり、不平等条約の撤廃もスムーズに運んだのでした。
 慰安婦合意は、「最終的、不可逆的」なものとして交わされており、蒸し返すことはできません。この「不可逆的」の文字を入れたのは、すぐゴールポストを動かす韓国にしびれを切らしていた日本側からと思われがちですが、意外や意外、実は韓国側からの要請だったと聞きます。むしろ国内的に国民を説得するために必要と思われたのかもしれません。
 その合意に基づいて日本からは10億円の「見舞金」を出し、これによって日本の義務は果たされたことになります。しかし韓国側の義務は果たされるどころか、ウイーン条約違反である公館前の非合法建造物(慰安婦像)は撤去されもせず、釜山の領事館前にまで「増殖」しました。さすがに日本側もたまりかねて大使を召還したのは記憶に新しいところです。
 大統領候補者たちは揃ってこの合意が「無効」であるとしました。どの人だったか、
 「戦犯国である日本にはウイーン条約は適用されない」
 とまで言い放っていました。戦犯国、という言いかたを韓国人はよくしますが、日本のことをそんな無礼な呼びかたをするのは韓国だけで、中国ですらそんなことはしていません。またもちろん戦勝国であるUSAなどにも「戦犯国」などという言葉は存在しません。だいたい戦争当時朝鮮は日本の一部だったのですから、日本が戦犯国であるならば韓国や北朝鮮も戦犯国になるはずです。
 そして仮に百歩譲って、戦犯国という呼びかたが正当であったとしても、その国にウイーン条約が適用されないなどという規定はどこを探したって見つかりはしません。要するにいつもの韓国人の「願望の既成事実化」に過ぎないのです。
 合意はUSAの立ち会いのもとにおこなわれており、それが無効だなどというのは、日本のみならずUSAの顔も潰すことになります。候補者たちはそれをちゃんと理解していたかどうか。
 日本としては合意の見直しなどに同意する謂われはさらさらありません。何を言ってきても、官房長官の言葉どおり、粛々と合意の履行を求めるだけのことです。従って見直しとか改訂とかいうことは無く、できるとすれば韓国側からの一方的な破棄くらいでしょう。しかしそれをやれば、韓国は「国同士の約束を平気で破る国」ということで全世界に認知されてしまいます。メンツを潰されたUSAも黙ってはいないでしょう。
 そうなると、「合意見直し」という公約はまず果たされることはあり得ません。誰が大統領になったにせよ、そんな公約は無かったことにして流してしまうしか現実的な方法は無いのです。とはいえ、支持率が高いうちはともかく、低下してきたらその公約不履行は間違いなく叩かれる原因になるはずです。つまりこの件に関しては、韓国側は最初から詰んでいるのです。

 それにしても、3人の有力候補とも、見事に反日でした。中には「用日」のようなことを訴えた候補も居ましたが、文字どおり「せいぜい利用してやろう」という程度のことです。
 いちばん喫緊の問題であるはずの北朝鮮に関しては、どの候補もだんまりでした。この時点で北朝鮮について大統領候補者が何も言わないというのは異様です。
 当選した文氏は、もともと朝鮮戦争のときに北朝鮮から逃げてきた両親から生まれた人で、人権派弁護士、廬武鉉元大統領の側近といった経歴から推しても、元来北朝鮮へのシンパシーが強いと思われます。政敵からははっきり「従北派」と指摘されていました。
 「北朝鮮が攻めてきたらどうしますか?」
 という質問に対し、
 「日本と戦います」
 と謎の返答をする韓国の若者の画像がいまだにネットに出回っていますが、文在寅氏という人は、実のところ心情的にはこの若者に近いものがあるのではないでしょうか。著書にも
 「政権をとったら親日派を清算する」
 ということが書いてあるそうです。「清算」というのが具体的に何をするつもりなのか知りませんが、とにかく彼にとって「主敵」は日本であり、日本と通じるような奴には容赦はしないという覚悟であるようです。また反米的なスタンスでもあるとのこと。
 明らかに、中国や北朝鮮にとっては「ウェルカム!」と言いたくなるような新大統領です。しかしながら中国の信頼を得るには、まずTHAADをなんとかしなければなりません。THAADを断れば今度こそUSAを本気で怒らせることになります。慰安婦合意と同様、こちらもすでに詰んでいる状態で、まったくよくこの状況で大統領などになろうとするものです。
 何をやるにせよ、やらないにせよ、文氏の前には難題が山積しています。ジレンマどころか、トリレンマ、テトラレンマみたいな、あちらを立てればこちらが立たずの背反事案ばかりで、ほとんど気の毒に思えてくるほどです。いったいどうするつもりでしょう。
 まあ、さんざん敵視され中傷され続けているわれわれ日本人とすれば、生温かく見物していれば良いようなものですが。
 北朝鮮に対応するためには日韓の連繋が不可欠だから、なんとか文氏とも好い関係を築くべきだ……などと新聞には書いてありますが、本当にそんな連繋が不可欠なのか、日米の連携さえあれば充分なのではないかと思いつつある人がだんだん増えています。実際、韓国の意思決定機能が麻痺していたようなここ数ヶ月、日本の北朝鮮対策には別に障碍があったようにも思えません。大使が2ヶ月以上不在でも特に不便は無かったのです。
 従北派と呼ばれているような大統領を戴く国では、連繋したとしても堂々たる内通者を飼っているようなもので、あまり助けにはなりそうにありません。そろそろ日本政府も見切りをつけているのではないかと私は思っています。

 朴氏がデモによってひきずり下ろされ、緊急の大統領選で文氏が当選した一連の流れを見て、
 「韓国には成熟した民主主義が機能していてうらやましい。しかるに日本は……」
 などとトンチンカンなことを言い出している人々も居るようですが、選挙によらずデモで大統領をひきずり下ろすことのどこが「成熟した民主主義」なのかよくわかりません。まして、文氏が選挙で当選したのはごくあたりまえの手順と結果によるもので、うらやましがるようなことではないと思います。
 たぶん、日本では自分らがあんなに安倍晋三首相の悪口を言い続けているのにちっとも人々が乗ってこず、あいかわらず高支持率状態を続けているので、くやしがっているだけのことでしょう。彼らは自分の望まぬ結果が出た選挙や世論調査については、民主主義のあらわれとは思わないようです。
 ともあれ、ほぼ時を同じくしてユーラシア大陸の西と東で新しい大統領が生まれました。どちらの国も日本にとっては無視するわけにもゆかない存在です。これからどうなってゆくのか、注意深く見守っている必要がありそうです。

(2017.5.10.)

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