忘れ得ぬことどもII

映画「マダム・フローレンス!」

 メリル・ストリープ主演の映画「マダム・フローレンス! 夢みるふたり」というのを観てきました。知る人ぞ知る実在の「もっとも個性的な歌姫」フローレンス・フォスター・ジェンキンスを扱った映画です。
 何が個性的と言って、とにかく歌がヘタなのでした。発声は怪しいし、音程も外れまくるし、要するにヘタの横好きを絵に描いたようなものでした。それでも歌うことが好きで好きで、幸い(あいにく?)大金持ちだったために、お金の力で客を集めて何度もリサイタルを開き、ついには70歳を過ぎてカーネギーホールで歌ってしまったという伝説的な人物なのです。落語の「寝床」を思い出しますね。
 あまりのヘタっぷりにかえって人気があり、カーネギーホールでのリサイタルのチケットも即日完売だったと伝えられます。ウソかマコトか、カーネギーホールの録音アーカイブの貸し出し数ではぶっちぎりの1位をマークしているとか。私もどこかで録音を聴かせて貰った憶えがありますし、うちのマダムも先生のところで聴かされたと言っていました。確かに、そこまでヘタだと言われれば、むしろ聴いてみたくなります。
 レコードには客席からの絶え間ない笑い声も一緒に入っていますが、決して冷笑といった雰囲気ではなく、むしろ温かさを感じます。みんな一緒になって「頑張れ、頑張れ」と声援している様子で、歌はヘタでもそれがちゃんとシャレになる人柄であったのでしょう。実際、彼女は貧しい音楽家たちにかなりの援助もおこなっています。映画でも出ていましたが、トスカニーニが彼女の援助を受けていたのもわりに知られた話です。こだわりのない、愛嬌のある性格の人であったと思います。

 実はこの映画を観るまでに、だいぶ前日談があります。
 まず、去年(2016年)だったか、ジェンキンスをモデルにしたフランス映画を観たのでした。「偉大なるマルグリット」という邦題です。こちらはカトリーヌ・フロが主演で、マダムがフロのファンであったという理由で観に行ったのだったと思います。
 舞台もフランスに移し、登場人物もフランス人にしてありました。ジェンキンスの役どころはやはり大金持ちの男爵夫人で、彼女が歌う機会があると夫のクルマが決まってエンストを起こし、夫は聴きに行けない(行かない)という繰り返しギャグが効いていました。
 映画の結末のネタバレは避けるべきでしょうが、「偉大なるマルグリット」はもう1年前にやっていたものなので大丈夫でしょう。男爵夫人は、最後でテープに録音した自分の声をはじめて客観的に聴き、ショックを受けて昏倒してしまうのでした。自分のヘタさを、自分だけが知らなかったわけです。
 この映画はジェンキンスをモデルにはしていますが、だいぶ脚色され、伝記映画のようなものとは異なっています。
 その同じジェンキンスの映画が、今度は英国で作られ、どうやらフランス映画よりも史実に忠実であるらしいということを聞き、マダムはずいぶん前から観に行きたがっていたのでした。
 ところが、なかなか行く機会がないうちに、上映している映画館も少なくなってきました。
 3週間ほど前に調べたところ、都内やうちの近くの映画館ではすでに上映しておらず、守谷とか新所沢とかのシネコンでしかやっていないようでした。
 マダムは、
 「守谷ならうちの実家()から近いから」
 と、守谷のシネコンに行くことにしたのでした。柏から近い(確かに市として隣接はしている)とは言っても、マダムの実家から交通の便が良いとも言えません。何しろ茨城県ではあり、以前ならとても行く気にはなれないような場所でした。しかし、つくばエクスプレスに乗ればいまや都心から快速で30分ちょいの便利さです。うちからだと、南浦和から武蔵野線に乗り、南流山で乗り換えればわけはありません。
 調べたときは、朝夕の2回上映しているようだったので、その次の週の月曜の朝の回を狙って行くことにしました。家を8時頃に出ます。
 川口駅はその朝、電車が遅れ気味だとかで改札口の入場制限をおこなっていましたが、私たちは都心とは反対方向なのですぐに入れて貰いました。北行の電車も多少遅れており、ちょっと上映開始時刻に間に合うか微妙になってきましたが、まあたいていの映画館では、最初の15分くらい予告編が続くことだし、きっと大丈夫でしょう。
 武蔵野線とつくばエクスプレスを乗り継いで守谷へ行きます。適切な交通機関さえあれば、距離的には茨城県内でいちばん東京に近い街ですので、そんなに時間もかかりません。マダムなどは、柏たなか駅の次がもう守谷駅であることに、あらためて驚きを感じていたようです。
 守谷のシネコンはイオンモールの中に入っていて、そのイオンモールは守谷到着寸前に電車の中からも見えます。ただ駅に着いてしまうと、他の建物が遮ってしまっていて、一見どこにあるのかわからなくなります。マダムも不安がっていましたが、少し歩くと宏大な建物が見えてきました。
 朝の上映なので、まだイオンモール自体が開いていません。シネコンに近い入口だけを開けてあるのですが、意地の悪いことに駅から行くと、建物の反対側にあるようで、ここでも時間をロスしました。たいていの人はクルマでやってくるのでしょうから、どちら側が開いていようとあまり関係ないのかもしれません。
 開演時刻をわずかに過ぎて、ようやくシネコンに到着しました。マダムが窓口で切符を買おうとします。
 ところが、
 「『マダム・フローレンス』は18時半からになります」
 と言われて唖然としました。
 どうも、週が変わったところで上映スケジュールも変わり、朝夕2回上映だったのが夕方の1回だけになってしまったらしいのでした。当日の確認をしなかったのは私たちの落ち度でしたが、その前の週にチェックしたときには翌週のスケジュールはまだ表示されませんでしたし、当日の朝は遠くの映画館に行くということで、とるものもとりあえず飛び出してきたわけで、これまた余裕が無かったのでした。
 マダムはその日は午後から仕事があるので、夕方の上映をまた観に来るというわけにはゆきません。それだけでなく、マダムは平日ほとんど午後から晩にかけて予定が詰まっていて、他の日に来るのも無理そうです。そして守谷での上映は、その週で終わりということでした。
 結局その日は、マダムが
 「それならこれを観たい」
 と言った、「サバイバルファミリー」という映画を観て帰りました。世界同時的に数年に及ぶ停電(ばかりか、電池式の器具もすべて使用不能)になるという異変が起こった状況をシミュレートして、その中のある家族の悲喜こもごもの騒動を描くという話で、この種の設定の邦画にしては変に深刻ぶらず軽いタッチで作られていて、これはこれで面白かったのですが、ともかく「マダム・フローレンス」は見そこねたことになってしまいました。

 それで諦めたのかと思ったら、新所沢のシネコンでまだ上映しているので観に行くと言い出しました。水曜日は西武新宿線方面での仕事なので、空いている午前中に新所沢に行き、そこから仕事に移動しようと思ったようです。
 今日は私も特に予定が無かったので、同行することにしました。
 やはり8時頃に家を出ます。守谷に行った日とあまり時間が変わらないのに、今朝は川口駅のプラットフォームにわりと余裕がある感じでした。曜日の差でしょうか。
 それにしても赤羽・池袋・高田馬場という名だたる混雑駅を抜けてゆくのはイヤだったので、今朝も北行の電車に乗ります。南浦和からまた武蔵野線で、今度は前回とは反対向きに乗り、新秋津で下ります。そこから西武池袋線秋津に乗り換え、ひと駅乗って次の所沢でまた新宿線に乗り換えて行くことにしました。
 新秋津〜秋津は接続駅ということになっていますが、乗り換えがはなはだ不便さです。お互いにもうちょっとだけ近づけて駅舎を造っていれば簡単な話だったのに、大喧嘩中の夫婦のようにそっぽを向いた形で入口を設けているので、乗り換え客は400メートルほどの歩きを強いられます。しかも、何度も曲がり角があり、人の流れに乗ってゆかないと道に迷うところです。
 私は以前何度もここで乗り換えをしたことがあるので、迷うことはないだろうと思っていたのですが、考えてみるといつも秋津から新秋津への乗り換えで、逆はほとんど経験していません。20年近く前のことではありますし、危うく曲がり角を間違えかけました。まったく不細工な乗り換え駅と言うほか無く、しかも何十年も経っているのに、JRも西武もまったく改善する気が無さそうです。マダムは商店街の中を歩いて面白がっていましたが、毎日の通勤でここを歩かざるを得ない人たちにとっては腹立たしいことこの上ないでしょう。
 秋津の隣の所沢も面白い乗り換え駅で、複線の新宿線と三線の池袋線が並んだ形をしています。しかも東京側から来る場合、池袋線と新宿線は逆向きに乗り入れてくるため、池袋行きと新宿行きが同じプラットフォーム上で乗り換えられるという便利なことになっています。発車する向きが逆なので混乱しますが。
 ただ今朝のように、飯能方面行きから本川越方面行きに乗り換える場合は別に便利でもありません。普通に橋上コンコースに昇って移動します。
 私の子供の頃は、1番線である本川越方面行きのプラットフォームに、改札から直接出られるようになっていた記憶がありますが、そういう構造の駅はめっきり減りました。橋上コンコースにすると、どのプラットフォームに下りるのでも手間がほとんど変わらないという点ではまあ良いのかもしれませんが、何しろあんまり面白くはないようです。
 本川越行きの電車に2駅乗って、新所沢到着です。
 新所沢のシネコンはパルコの中に入っています。マダムは新所沢なんてところにパルコがあるのを不思議がっていました。
 「そりゃ、あってもいいだろう。西武沿線なんだし」
 「え、パルコって西武と何か関係あるの?」
 問い返された私のほうがびっくりです。パルコはもともと西武百貨店の別館みたいな形ではじまったことは、私らの年代では常識なのですが、10年近くあとに生まれたマダムの年代では、パルコは物心ついた頃からパルコであって、西武と関係があるとは思わないのが普通なのかもしれません。
 例によってパルコ自体はまだ開店していませんでした。シネコンのある別棟の入口は開いていましたが、エレベーターが動いていません。少し早く来すぎたようです。
 エレベーターホールの隣にスターバックスがあって、そこだけ妙に賑わっています。シネコンの開場を待っている人も多いのでしょうか。私たちも一旦そこに入って、朝のコーヒーをいただきました。
 そのうちエレベーターが動き出したので、4階まで上がります。
 シアターが3つだけの、ごくこぢんまりとしたシネコンでした。昨年末にリニューアルしたばかりだそうで、座席は自然とリクライニングするようにできています。前のほうには、少し豪華な座席があったり、ボックス席があったりしました。ボックス席は3〜4人くらいで坐れるようで、周囲から半ば遮断されて、ホームシアター感覚で映画を観られるのが売りであるらしいのでした。
 こぢんまりとしているのと関係があるのか無いのか、予告編などもほとんど無く、すぐに本編がはじまりました。

 大まかなストーリーは「偉大なるマルグリット」とそう変わらないのですが、細かいところで違いがあります。いちばん顕著なのは、ヒュー・グラント演ずる夫の描きかたで、妻が歌うときにはいつも運悪く(運良く?)クルマがエンストして聴くことを避けていたマルグリットの夫に対し、フローレンスの夫はつねに舞台袖で見守っていました。しかし、酷評の載った新聞を買い占めて廃棄するなどの行動は共通しています。
 さすがに妻の歌の才能の無さには気がついているようではありますが、それはそれとして妻の望むようにしてやりたいという気持ち、むしろ一緒に夢を見ていたいという気持ちが強い描きかたであるように感じました。だから副題の「夢みるふたり」ということになるのでしょう。深い夫婦愛を活写している……と言いたいところですが、この夫、若い愛人が居ます。史実がどうであったのかは知りませんが。
 こちらの映画では、主人公はカーネギーホールでの「大成功」のあと、夫が買い占めて棄てていた新聞を道端の屑籠から発見し、そこに書かれた酷評を読んで昏倒することになっています。
 なおジェンキンスが、カーネギーホールでのリサイタルの数ヶ月後に亡くなっているのは事実です。その死因が酷評を読んだせいであるかどうかはわかりません。
 マルグリットが自分の歌を録音したテープをはじめて聴いてショックを受けたのに対し、フローレンスは自分のレコードを作ってあちこちに配っています。当然、自分でも聴いていたはずです。
 また、映画では描かれませんでしたが、史実のジェンキンスはしばらく自分のラジオ番組を持っていたことがあります。もちろん自分の歌も披露したことでしょう。カーネギーホールで即日完売の快挙を成し遂げたのは、すでにラジオで有名な存在だったからというのが正しいところであろうと思います。

 ──「あの」フローリイのナマ歌なら、ぜひ聴いてみたい!

 と思った人が多数居たとしても、驚くにはあたりません。
 つまり実際のジェンキンスは、自分の歌の録音を聴いたことはあるし、音楽家のパトローネとして耳は肥えていたようですから、それがドヘタであるという自覚もあったように思えてならないのです。映画では、多額のレッスン料を貰っていた教師が
 「素晴らしい才能だ!」
 などと心にもないゴマをすったり、その他の人もあまりに気の毒で本当のことを言い出せなかったりする中、フローレンスは壮大な勘違いをしたまま突っ走ってゆくのですが、本当にそんなことがありうるかどうかは疑問です。
 実際のジェンキンスは、たぶん自分がヘタであることを自覚しつつ、それを一種の「芸風」にしてしまっていたのではないでしょうか。自分が本当に歌がうまいと信じていたら、レコードに残っているあれほどの笑いが客席にまきおこっている時点で、愕然としてしまうはずです。
 いわば「笑われ役」に甘んじる形で歌手活動を続け、齢もとってそろそろ寿命を感じたときに、一世一代の大道楽のつもりでカーネギーを借り切ったのでしょう。幸いにもそれが楽々とできるお金を、彼女は持っていました。そして、お客のほうもそういうことを万端承知していたのだと思います。つまり、気の遠くなるほどの経費をかけた、壮大なアメリカンジョークだったのだろうというのが私の観測です。
 これに対し、映画でも出てきましたが、
 「音楽への冒涜だ!」
 などといきり立つ、シャレのわからん評論家なども居たことでしょう。全体がジョークだと思えばこそ、こういう発言が、むしろ空気の読めない、野暮ったい妄言に感じられるというものです。最近の言葉で言えば、
 「ネタにマジレス、カッコ悪い!」
 というところです。
 まあ、私は深読みしすぎているかもしれません。私としては、実際のジェンキンスは、映画のマルグリットやフローレンスのような、イノセントな勘違い夫人といったキャラであって欲しくはなく、自分のヘタな歌をそのまま芸風にしてしまう臆面の無さと、それでカーネギーを満杯にしてしまうほどの強烈な愛嬌やショーマンシップを持った、したたかでかわいらしいオバチャンであって貰いたいという気持ちを強く感じています。そのくらいのほうが、人間として面白いではありませんか。いまに残るジェンキンスの写真を見ても、ちょっとひと癖ありげな表情をしています。
 なお、エンディングではジェンキンスのレコードからの引用とおぼしき歌声が流れていました。ずっと前に聴いたときはヘタだなと思っただけでしたが、今日あらためて聴いてみたら、発声は確かにめちゃくちゃですけれども、音程に関してはそれほど絶望的な音痴というわけではないなと感じました。もちろん上ずったり届かなかったりはしょっちゅうありますが、まるでとんでもない音を発しているとは言えません。少なくとも、何を歌っているのかは充分にわかります。いわゆる音痴なのではなく、音を正確に出すための鍛錬の方向を間違ってしまったという印象でした。基礎的なヴォイストレーニングをすっ飛ばして、好きな歌だけ自己流で歌い散らしていたのではないでしょうか。

 映画の半券を、パルコの中の店に持ってゆくといろいろ特典がつくらしいので、テナントの店で昼食を食べました。
 マダムはそのあと、玉川上水にある母校の図書館に寄ってゆくというので、一緒に東村山まで出て、国分寺線に乗り換え、次の小川でマダムが拝島線に乗り換えてゆくのを見送りました。
 私のほうは、一旦国分寺に出て、同じく国分寺から出ている西武多摩湖線の電車に乗り換え、萩山まで乗って、小平でまた乗り換えて所沢へ戻りました。
 所沢から大宮へ行く路線バスがあったはずで、過去2回ほど乗ったことがあるので、そのバスで帰ろうと思ったのでした。ところがバスターミナルで時刻を確認してみると、なんと大宮行きは一日1本だけになってしまっており、今日の便はもうとっくに出たあとでした。途中の上福岡駅までですら一日5本しか無くなっています。JRだけでなく、路線バスでも長い路線は淘汰される傾向にあるのでしょうか。
 仕方なく本川越に出て、クレアロード商店街を抜けて(「クレア」は川越名物「倉」のシャレかな?)川越駅まで歩き、埼京線で帰ってきました。

(2017.3.1.)

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