忘れ得ぬことどもII

素顔の冥王星

 中学校の英語の教科書みたいな名前の宇宙船「ニューホライズンズ」冥王星接近のニュースには、私も胸をときめかせました。
 冥王星は、つい最近(2007年)まで太陽系の「さいはての惑星」として知られていました。遠すぎるために、その正体もなかなかつかめず、謎めいたところが魅力になっていたようでもあります。
 確か、私の子供の頃に読んだ本では、冥王星の大きさはだいたい地球と同じくらいとされていたと記憶しています。そしてなぜか密度がえらく高く、地球の5倍ほどもあるようなことが書いてありました。
 私は宇宙関連の本が好きだったので、ちょくちょく新しいデータの載っている本を読みましたが、不思議なことに冥王星の大きさは、あいだをおいて読むごとにだんだん小さくなってゆきました。数年経つと地球の半分くらいになっており、それから「火星より小さく、水星よりは大きい」と書いてあったりしました。この分だとどんどん小さくなって、そのうち消えてしまいやしないかと思いました。実際そんなジョークもあったようです。

 1978年に衛星カロンが発見され、それまでの観測数値はカロン「込み」のものであったことが判明しました。カロンは、地球に対する月以上に母星に対して大きな衛星でしたので、この発見により、冥王星の推定質量も激減しました。それまでの、大きさに対して不自然なほどの大きな推定質量(だから密度が非常に高いと見なされていた)も、ここで解消されました。
 その後観測精度が上がるにつれ、冥王星の大きさはさらにしぼみました。水星より小さいばかりか、月よりさらに小さく、月を含めた衛星の中にも冥王星より大きなものが7つもあることがわかったのです。
 冥王星が発見されたのは、パーシヴァル・ローウェル海王星の軌道のずれからさらに外側にある惑星の存在を予言し、その予言に基づいた場所でクライド・トンボー1930年に見つけたといういきさつでした。しかし、冥王星がこんなに小さな星であるならば、とても海王星の軌道に影響を及ぼすほどの力があるとは思えません。現在では、トンボーが「その場所」で冥王星を発見したのはまったくの偶然であったという考えかたが主流になっています。ローウェルの予言も、海王星の観測データが不正確であったための「間違った予言」であったと見なされています。
 だとすれば、トンボーの発見は「世紀の偶然」と呼んでしかるべき、驚くべき大発見だったと言えます。

 冥王星、という命名も良かったと思います。英語ではプルートー
 ローウェルの未亡人は、当初「ゼウス」「パーシヴァル」「コンスタンス」の3案を挙げたそうです。しかしゼウスというのはジュピター木星)と同じことなので却下されました。パーシヴァルはローウェルのファーストネームですが、予言しただけで実際に発見したわけではないので見送られたのでしょう。またコンスタンスというのは未亡人自身の名前です。

 ──パーシーが生きていれば、あたしの名前をつけたに決まってるわ!

 ということなのかもしれませんが、新天体の名称に自分の名前を推す神経は相当なものだと言わなければなりません。このローウェル夫人、ローウェルが遺した天文台の権利をめぐって10年以上のあいだ訴訟をしつづけたというひとで、もとから少し異常性格であったのかもしれません。
 結局ローウェル夫人の提案はすべて斥けられました。訴えられて迷惑していた天文台関係者の意趣返しであった可能性もあります。
 プルートーの名を発案したのは、英国の11歳の少女ヴェネツィア・バーニーでした。彼女の祖父がオックスフォード大学の図書館司書をしており、その友人の教授がローウェル天文台のメンバーと親しかった関係で、候補のひとつに採り上げられたのでした。
 他の候補は「ミネルヴァ」「クロノス」であったそうです。ミネルヴァはギリシャ神話のアテナに相当するローマ神話の智慧の女神で、新天体の名称として不足はありませんが、惜しいことに小惑星の名前にすでに使われていました。一方クロノスはゼウスの父親の巨神族ですけれども、サターン土星)と同一神格とされていますのでこれも難があります。
 結局、最初の2文字であるPとLが、パーシヴァル・ローウェルの頭文字であるというあたりもポイントとなって、プルートーに決定しました。
 すでに交響組曲『惑星』を発表していたグスターヴ・ホルストは、この報を受けて第8曲「冥王星」を書こうとしたものの、すでに大規模な管弦楽曲を書くだけの体力が無くて断念しました(1934年歿)。2000年になってコリン・マシューズ「再生の神──冥王星」なる補作を発表しましたが、定番的に『惑星』に添えて演奏されるというほどのことにはなっていません。
 USAでは、アメリカ人が発見した唯一の惑星ということで、思い入れが深かったようです。ウォルト・ディズニミッキー・マウスの飼い犬にプルートと命名したのは、冥王星の発見を記念してであったとされています。
 そのため、冥王星を惑星から外すという話になったときに、いちばん反対が大きかったのがUSAだったそうです。海王星の軌道以遠に、冥王星と似たような外縁天体がいくつも発見され、中にはエリスのように冥王星よりも大きいものもあったことから、ひっくるめて準惑星と呼ぶことになったわけですが、アメリカ人としてはなんだか栄誉を奪われるような気分だったのでしょう。
 もっとも、ディズニーネタでもうひとつ挙げると、準惑星は矮惑星ドワーフ・プラネット)とも呼ばれたので、冥王星の「降格」を受けて、白雪姫の7人の小人(ドワーフ)たちが、

 ──プルートが8人目の仲間になってくれるのなら大歓迎さ!

 とコメントしたという話もあります。
 なお日本語の「冥王星」を命名したのは野尻抱影で、「幽王星」とふたつ並べて候補に挙げたらしいのですが、京都天文台によって冥王星が採用されました。もっとも東京天文台では終戦後まで「プルートー」と英語名で呼ばれ続けていたとか。
 「冥」なんて字は日常滅多に使うことが無く、せいぜい「冥福を祈る」「幽冥境を異とする」というような言葉に出てくる程度で、当時としてもあまり馴染みがなかったでしょうが、あえてこの文字を使った野尻、それを採用した京都天文台のセンスは卓抜であったと思います。「冥」の一文字だけで、何か謎の多い、さいはての星というイメージがふつふつと湧いてきます。また黄泉の国を司るプルートー(ギリシャ神話のハーデス)はまさしく「冥王」の名にふさわしい存在で、天空の神であるウラヌス天王星)、海洋の神であるネプチューン海王星)との語呂も素晴らしく良いものでした。
 とにかく冥王星は、太陽系の果て、そこから先は暗黒の大宇宙という境界に位置する天体として、多くの人々のロマンをかきたててきました。

 ところが、太陽系はなかなかそんなあたりでは尽きていないことがわかってきました。太陽から冥王星までの距離(最大50天文単位ほど)の何千倍にも及ぶ、外縁天体が散在する空間が存在するようなのです。エッジワース・カイパーベルトとかオールトの雲とか呼ばれている領域で、このあたりの様子はまだまだ未知のことが多いのでした。
 冥王星は、エリスなどと並び、このエッジワース・カイパーベルトのもっとも内側の天体として再定義されたわけです。海王星の衛星で、冥王星より大きなトリトンなども、エッジワース・カイパーベルト天体が海王星の重力圏に取り込まれたものではないかという説が出てきました。以前はむしろ逆に、冥王星がトリトンと共に海王星の衛星であって、何か巨大な彗星か何かの影響ではじき飛ばされ、別の軌道を描くようになったのではないかという説が有力だったのですが。
 私はなんとなく、冥王星を高尾取手のような駅だと思ってきました。いずれも近郊電車の終点であり、そこを過ぎるとなんとなく「旅」という感覚が出てきます。「銀河鉄道999」のようなものがあったとしたら、冥王星までは「宇宙電車」が頻繁に行き来する「近郊区間」に相当するのではないか……というイメージでした(ちなみに私は昔「銀河鈍行347M」という「999」のパロディマンガを描こうとしたことがあります──実現しませんでしたが──。347Mは当時の「大垣夜行」の列車番号でした)
 しかし冥王星は「惑星圏」の終点であったのではなく、その外側の領域の入口みたいなものでした。駅に喩えれば相模湖藤代というのが正しかった(?)のかもしれません。

 さて、ニューホライズンズが打ち上げられたのは2006年1月のことでした。つまりこの宇宙船が出発したときには、まだ冥王星は「惑星」であったわけです。
 秒速16キロという史上最速のスピードで射出され、月軌道までわずか9時間、木星でスイングバイをおこなうまで13ヶ月と、いずれも最短記録で到達しています。このスピードでも冥王星までは9年かかったのですから、遠いものだと思います。
 大きなハート型の文様をまとった、はじめて直接撮影された冥王星の姿には、多くの人が微笑を浮かべたことでしょう。木星の縞模様と大赤斑、土星の環などと同様、このハートマークは冥王星のシンボル的な属性として、今後親しまれてゆくに違いありません。
 ハートマークでわかるとおり、意外と複雑な地形を持っているらしいこと、それから薄いながらも大気があり、内部はまだ冷え切っていないらしいことも判明しました。
 冥王星の大気については、いままで「あったり無かったり」とされていました。近日点に近づくと太陽の熱で表面の氷などが融けて微量の大気が発生するものの、太陽から遠ざかるとそれらはすべて宇宙空間に蒸散あるいは再び凍りついてしまって無くなってしまうというのが定説でした。しかし、表面を仔細に眺めると、風化によって得られたらしき地形、地殻変動によって得られたらしき地形などもあって、従って大気もあるし内部にはマントル対流もあるらしいとわかります。
 ニューホライズンズからの通信速度は800bpsというわずかなもので、撮影したデータを全部地球に送り終えるのは来年の4月頃になるそうです。現在のインターネットの通信速度は100Mbpsくらいですから、800bps(Mbpsではない)というとその実に12万5千分の1に過ぎません。ネットがこんな通信速度であれば、プロバイダは軒並み倒産でしょう。
 ともかく、冥王星やカロンの写真はまだまだこれから入ってくるはずです。詳細に研究すれば、いろいろな発見があるでしょう。楽しみに待っていたいと思います。
 また、ニューホライズンズは冥王星の観測のあと、エッジワース・カイパーベルトの中の天体を少なくともひとつ観測してから太陽系を離脱する予定だそうです。2020年頃までにはそれも済ませるつもりのようですが、これも楽しみです。

 冥王星の位置まで来れば、もう太陽光もあまり強く差さず、暗く冷たい世界であろうと思っている人は多いでしょう。私もそう思っていました。
 しかししばらく前、土星の衛星タイタンに着陸した探査機ホイヘンスから送られてきた画像が、私の想像よりずっと明るかったのを見て驚き、あらためて太陽の光がどのくらいになるかを計算してみました。
 冥王星の太陽からの距離は、だいたい30〜50天文単位です。天文単位というのは地球から太陽までの平均距離のことですので、30〜50天文単位というのは地球の30〜50倍太陽から遠いという意味になります。
 太陽光の明るさは、距離の2乗に反比例しますので、冥王星上の太陽光は、地球上の約900〜2500分の1ということになります。これは相当に暗いような気がしますが、地球上で太陽がマイナス27等星であるのに対し、冥王星上ではマイナス19〜17等星くらいになるに過ぎないのでした。満月がマイナス12.6等星ですから、意外や意外、冥王星で見る太陽は満月よりはるかに明るく(小さくはなりますが)なります。
 全体の明るさとしても、地球上の快晴の屋外で約10万ルクスですから、冥王星上ではそれが100ルクス内外になる計算になります。これは街灯が煌々と照らしている夜の街路などと同等の照度で、普通の視力の持ち主なら本くらい読める明るさです。冥王星上は、案外と明るいのです。あらためて、太陽の偉大さを思い知った気分でした。

(2015.8.27.)

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