忘れ得ぬことどもII

「セーラ」作曲中(2)1幕1場完結

 ようやく『セーラ~A Little Princess~』の最初の場を書き終わりました。3幕6場あるうちで1幕1場が上がっただけですので、まだまだ前途遼遠です。ただ、この場がおそらくいちばん長いので、最難関を越えたという気分はあります。
 長いばかりか、最初に書く場というのは、いわばゼロからはじめるわけなので、頭をしぼる度合いが大きくもあります。ひとつできてしまえば、全体の統一感を図るためにもその中のモティーフを再利用したりできますし、そうでなくとも曲想の流れのようなものが見えてきますので、書く作業自体は大変でも、気持ちの上ではだいぶ楽になります。
 長くなったのは、何度か書いたように、冒頭に合唱組曲と言えそうな序曲(序曲とは題していませんが、機能上は序曲です)が含まれているからで、単純に小節数だけ数えると、この部分だけで260小節を超えています。この部分は実際には3曲ほどがメドレーのように登場しますが、最初が遅く沈鬱な曲、次が堂々とした祝祭風な曲、最後がわりとポップな速い曲となっています。合わせると10分くらいかかるでしょう。

 今日終わらせた1幕1場の末尾までは、通算で850小節ほどになりました。下書き段階から小節数を数えながら書いていますが、どんどん増えてゆくので、次第に空恐ろしくなってきたものです。むちゃくちゃ長くて退屈なオペラになってしまったらどうしようかと心配になりました。
 いままで自分で書いた長い作品といえば『豚飼い王子』『葡萄の苑』ですが、『豚』は合計すると1600小節弱、『葡萄』は1940小節あまりです。850というと『豚』の半分より多く、『葡萄』の第3場のバレエシーン前までに匹敵します。6分の1(分量的にはもっと多いと思いますが、一応6場中の1場ということで)でこれだけの数字に達しているとなると、やはり私としては空前の大作になるのは間違いなさそうです。
 小節数はそういうこととして、所要時間はどのくらいになるでしょうか。Finaleには「演奏時間」というユーティリティがついており、任意の部分の演奏所要時間を算出することができます。それによると、30分弱という結果になりました。
 実際に演奏すると、もっと長いでしょう。Finaleの計算は、単純に、テンポの数値に拍数を掛けたものを合計したに過ぎません。多少の rit. accel. でテンポが動くことには対応していますが、息づかいとか間合いとかまでは考慮できません。10分増しとまではゆかないでしょうが、Finaleで30分弱という判定ならば、実際は35分くらいかかることを覚悟したほうが良さそうです。
 第2場がこれより少し短いとして、合わせた第1幕はやはり1時間というところでしょうか。まあ、最初の休憩までの時間としてはちょうど良いところかもしれません。

 1幕1場で出てくる歌のうち、最初の合唱3曲のあとには、セーラデュファルジュ先生によるフランス語の二重唱、ミンチン先生のアリア、ラヴィニアジェシーが1番を歌いアーメンガードが2番を歌うマドリガル、というあたりが、独立しても演奏可能な部分です。私のいままでのオペラには、意外とそういうものが少なかったかもしれません。
 フランス語の二重唱については前にも触れたので、その後作ったところについて少し覚え書きを記しておきたいと思います。
 ミンチン先生のアリアは、学校経営の苦労を愚痴るという内容です。一体にオペラでのミンチン先生の性格づけは、単なる意地悪なオバハンということにはしませんでした。ただ経営が大変なので心に余裕が無くなり、ヒステリックになったり守銭奴に見えたりするという設定です。考えてみれば固有に意地悪な性格の人が学校を経営しようとなどは思わないでしょう。
 学校の名声を高め、金持ちや貴族の娘を迎え入れて、その寄付金でさらに質の高い教育や設備を揃えたいというのが彼女の望みであるわけですが、日々の雑事に追われて、だんだん良質の教育と寄付金のどちらが目的であるのか微妙になってくる……なんてのは現実の学校にもありそうな話です。
 不安をかき立てるような三連ビートに乗せて、かなり早口で歌うことになります。

 次のマドリガルは、書いていてなかなか楽しく、ほとんど一気に作ってしまいました。英国の音楽といえばマドリガル(イングリッシュ・マドリガル)だろう、という固定観念が私にあって、ぜひオペラの中で使ってみたかったのです。
 バードなどの伝統的なエリザベス朝マドリガルだと、フレーズの後半にたいてい「ファ、ラ、ラ、ラ……」というスキャットのリフレインが入ります。また、終わり近くで拍子を変えるというのもよく見られます。もちろん両方とも活用しました。歌詞は世俗的な、時には人を小馬鹿にしたようなものであることが多く、ラヴィニアとジェシーがのろまなアーメンガードを嘲笑する内容の歌にはふさわしいスタイルでした。
 どうも私は、こういうパロディ的な音楽を作っている時が、作業としてはいちばん楽しいようです。『豚飼い王子』で、矢継ぎ早にいろんな古典舞曲の断片が登場するところがありますが、ここも書いていて楽しくてなりませんでした。
 ラヴィニアとジェシーが嘲笑しながら退場すると、残されたアーメンガードが、ほぼ同じ内容の2番を歌います。ただこちらは自分のことですからやるせなく、テンポも落とし、長調だったのが短調になっています。

 マドリガルのあとはセーラとアーメンガードの掛け合いとなりますが、独立した二重唱というわけではないにせよ、レチタティーヴォでもなく、かなりまとまったフレーズの音楽が連続してゆきます。『カルメン』だと「シェーヌ(シーン)と呼ばれていた部分に相当するでしょうか。レチタティーヴォというのはわりに書きやすいのですが、シェーヌになると次から次へとアイディアを投入してゆかなければならず、けっこう手間取ります。
 主要なキャラクターについてライトモティーフのようなものを作っておくと、こういう時にも役に立ちます。少なくとも、登場の際にそのライトモティーフを出すと、あらたな展開につなげやすくなります。そのキャラが歌うところをすべてライトモティーフに基づくように作る、などという凝ったことまではしていませんが。
 考えてみれば、私はライトモティーフというものをそれほど使ったことがありません。モティーフを書き分けなければならないほど多くの登場人物の出てくるオペラを書いていないということもあるかもしれません。『こおにのトムチットットットット』で、王様が登場あるいは退場する時に奏でられるファンファーレくらいでしょうか。
 今回、セーラとミンチン先生のライトモティーフは意識的に導入しました。デュファルジュ先生にもそれらしきものがありますが、むしろこちらは「フランス語の授業」についてのライトモティーフかもしれません。ラヴィニアとジェシーがセーラのフランス語について話す時にもちょっと流れます。アーメンガードは特に作りませんでしたが、上記のマドリガルの一節を彼女のライトモティーフとして用いることになりそうです。
 ラヴィニアのモティーフは作っておくべきだったかと少し反省しています。ラヴィニアはこのあと2回ばかり、登場することで物語を展開させますし、後半にはアリアが出てきます。
 まだ出てきていない人物では、ベッキーラムダスくらいには固有のモティーフを用意しておこうと思っています。

 まだ先は長いのですが、ここで一旦中断し、今年(2014年)のオペラ公演『トゥーランドット』の編曲にかからなければなりません。かなりの分量なので、4月いっぱいはそちらに専念する必要がありそうです。もちろんそんなに四六時中編曲ばかりしていると気が滅入るので、『セーラ』のほうも少しずつ進めることになるとは思いますが、ウェイトを置くのは5月以降ということになるでしょう。
 できれば『トゥーランドット』の本番(6月21日)までには、完成とは言わないまでも、いちおう全体の目鼻立ちをはっきりさせたいものです。何人かの登場人物についてはオーディションをしなければならなさそうで、オーディションをするためには課題曲が必要で、課題曲といえば実際のオペラの中の曲を使うしかありません。練習期間を考えると、『トゥーランドット』の本番あとくらいには、課題曲を公表しなくては間に合わないことになりかねません。
 8月中には佼成会から頼まれたお琴の曲を作らなければなりませんし、年内には平塚市合唱連盟から頼まれた七夕の合唱劇も仕上げなければなりません。それに小品ではありますがとあるところからチェロの曲も依頼されています。今年はなかなか実り多き年になりそうですけれども、それだけにかなり忙しいのです。
 そうそう、『セーラ』の初演日が決まりました。今年の『トゥーランドット』と同じ6月21日(日)です。もちろん2015年の話です。本番日程が決まると、いよいよ待った無しな気分になってきますね。

(2014.4.7.)

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