忘れ得ぬことどもII

クリミアから考える

 ロシアクリミアを併合して世界中大騒ぎになっています。ウクライナの政変に乗じてのことですが、れっきとした先進国が、武力によって強引に国境線を変えてしまったというのは、ここ半世紀あまり無かったことですので、平和ボケの日本だけでなく欧米各国に衝撃が走ったのも無理はないことです。
 クリミアという土地は、ロシアにとっては宿命的とも言える存在です。黒海艦隊の本拠地であり、結氷によって行動を制約されることのないほとんど唯一の港であるわけで、帝政時代から一種の生命線として意識されてきました。
 1853年にはクリミア戦争が起こっています。当時黒海沿岸の覇権をめぐって対立していたロシアとトルコオスマン帝国)の確執に、英国フランス、それにのちにイタリアを統一したサルディーニャなどが介入し、前後4年に及ぶ大戦争になってしまいました。看護学の泰斗となったナイティンゲールが活躍したことでも有名ですが、戦争としては各国の大ポカがことのほか目立ちます。むしろその後の戦争において、戒めるべき教訓として、反面教師とされたような事例に事欠かない戦役でした。
 しかも戦争後、関わった各国の権益などは、ほとんど戦争前と変わりがない状態だったようですので、いったいなんのために戦ったのか、さっぱりわからないことになっています。戦闘では結局ロシアが寄り切られた形ですが、一応押し切った形の連合国側も疲弊が激しく、さほどの要求も出せなかったのでしょう。戦争終結時のロシア皇帝アレクサンドル2世が、それほど魔術的な外交能力の持ち主であったとも思われません。戦争全体ではどちらが勝ったのかよくわからないような、不毛な戦争でした。
 どちらかというと、関連各国が、内部に抱える問題点を意識するきっかけになったという側面が大きかったように思われます。英国やフランスは、クリミア戦争における諜報活動の弱体さを反省して、このあと情報収集に多くの労力を傾けるようになります。「大英帝国」の躍進が、この情報力に拠るところが大きかったのは言うまでもありません。サルディーニャはこの従軍によって存在感を大きくし、イタリア統一へとはずみをつけます。ロシアもトルコも、その体制の後進性が明らかになり、改革の声が大きくなります。
 実際アレクサンドル2世は、このあと農奴の解放を進めたり、裁判に陪審制を導入したり、租税を軽減したりと、善政にこれ務めます。ただしその善政を、人民があんまり評価してくれないばかりか、より多大な要求をおこなうようになってしまったため、根が専制君主の悲しさ、ぶち切れて一転、恐怖政治へ舵を切ります。上からの中途半端な改革がうまく運んだ例は、歴史を見てもごく稀少で、たいていはその中途半端な恩恵に人民が不満を持ち、さらに情勢が悪化するのが常です。
 アレクサンドル2世はサンクトペテルブルクの広場を馬車で通りかかったおり、過激派に爆弾を投げつけられて暗殺されます。現在その広場の上に立てられた教会は「血の上の教会」と呼ばれて、サンクトペテルブルクの観光名所のひとつとなっています。

 「戦争はミスの連続である。より大きなミスを、より後に犯したほうが負ける」と言われます。クリミア戦争はその言葉のお手本のような戦争でした。フランス軍などは、黒海沿岸の気象の知識が乏しく、嵐に巻き込まれて碇泊中の艦隊の大半を失うていたらくでした。英国軍も似たようなものだったので、そこにつけこめばロシアは勝利できたように思われるのですが、ロシアはロシアで有能な将軍がひとりもおらず、戦闘指揮がお粗末で負け続けました。約半世紀後の日露戦争の時ですら、

 ──日本軍には平民出身の将軍が居るらしい。

 ということが、「驚くべき噂」としてロシア軍の中でささやかれていたというのですから、当時の将校の無能さ、兵たちの士気の低さは推して知るべきでしょう。
 この戦争で要となったのが、難攻不落を謳われたセヴァストポリ要塞でした。昨今のクリミア報道でも、セヴァストポリの名は頻繁に出てきますね。この要塞の攻防戦は、両軍ともまさに悪戦苦闘であったようです。最終的には陥落するのですが、それには丸一年を要しました。
 日露戦争の時に乃木希典がセヴァストポリ攻防戦をきちんと学んでいれば、旅順の要塞戦もあれほど惨憺たるものにはならなかったかもしれない、という見かたもあります。もちろんロシア側も、セヴァストポリの教訓をよく汲んだ上で旅順要塞を構築していたはずですので、そのままの攻略法が使えたわけはありませんが、とにかく日本がはじめて挑んだ近代的要塞戦だったのですから、まずは先例たるセヴァストポリの攻防を徹底的に研究すべきだったというのは充分にうなずける意見と言えます。

 ともあれそうまでして固執し続けたクリミアの地を、ロシアがソヴィエト連邦崩壊時にウクライナに委ねてしまったというのは不思議な気がします。もはや不凍港に固執するような時代ではないという判断だったのでしょうか。あるいは、たとえソ連は崩壊しても、ロシアのウクライナに対する影響力は揺るがないという自信があったのかもしれません。
 地図を見れば、確かにクリミア半島はウクライナに属するのが自然な位置にあります。ただし、非常に狭隘な地峡によって本土と結ばれているだけで、ロシアのクラスノダル地方との間も、ごく狭い海峡をはさんでいるに過ぎません。
 ちなみに黒海は、クリミア半島の存在によってアゾフ海という大きな湾が分けられています。日本ではこれに似た地形はあまり見当たりませんが、淡路島がもし明石鳴門で本土とくっついていたとすれば近いかもしれません。鳴門でくっついていた場合に、四国がウクライナ、本州がロシアと考えればイメージが湧きやすいのではないでしょうか。瀬戸内海が黒海、大阪湾がアゾフ海にあたります。この場合、もし仮に四国が本州と反目していたとすると、淡路島(淡路半島?)が四国の領有になっていれば本州側は瀬戸内海の通行に非常に差し支えます。クリミア情勢は、喩えて言えばそんな感じではないでしょうか。
 ウクライナに属するクリミア半島の中でも、ソ連時代から(というか帝政時代から)黒海艦隊の根拠地であったセヴァストポリだけは、ロシアがウクライナから租借する形で確保していたようです。しかしウクライナが混乱し、反ロシア的なスタンスとなっては、セヴァストポリの租借地をそのままにしておいてくれる保証がありません。それでクリミア半島全体を制圧し、住民投票によってロシアに帰属させてしまったというわけです。
 ロシアはセヴァストポリを租借する代償として、ウクライナに送っている天然ガスの料金をただ同然に割引していたそうです。で、このたび、その割引を廃止し、ウクライナに対して莫大なガス料金を請求するという挙に出ました。1兆6千億円というとてつもない額です。
 ウクライナは、当のロシアを除くと、ヨーロッパで最大の国土面積(60万3500平方キロ、日本の約1.65倍でフランスより少し大きい)を持つ国であり、さほど峻険な地勢でもないために全土が穀倉地帯と言って良く、鉄鉱石なども豊富です。19世紀までであればきわめて豊かな国であったと言えるでしょう。ただエネルギー資源には乏しく、ロシアの天然ガスに頼りきりでした。しかも独立後の経済政策の失敗で一時はハイパーインフレに陥り、IMFの管理下に置かれたりもしました。貧困国というほどではないにせよ、決して経済状態が良い国ではありません。
 エネルギーをほとんどロシアに依存しているということは、ほぼ死活を制せられていると言って良い状態です。エネルギー資源の乏しい国のありかたとして、日本としても大いに注目しなければなりません。資源を特定の国に依存することを、できる限り避ける必要があることがよくわかります。もしいろんな理由で依存せざるを得ない状態なのであれば、どれほどの犠牲を払ったとしても、その相手国との関係を良好にしておく外交努力が不可欠です。日本にとっては、一時期中国がそんな存在になりかけたようでもありますが、深入りしすぎない時点で中国がいろいろやらかしてくれたおかげで眼が醒めたのは幸いでした。企業(あるいは個々の政治家)によってはすでに深入りしすぎて、泥沼から足を洗えなくなってあがいている向きも少なくないかもしれませんが……
 同時に、クリミアのような戦略的要地を他国に貸したりするのも考えものだという教訓もあります。わが国で言えば沖縄がそれにあたるでしょう。USAとの関係が良好であるうちはそれも良いのですが、今後ずっと良好な関係を続けられるという保証はどこにもありません。ここしばらくは大丈夫かもしれませんけれども、例えばUSAの中で次第に勢力を増している中国系、韓国系などが大統領になってしまうようなことがあった場合(すでに黒人が大統領になったのですから、こういう事態は20年後、30年後には充分に考えられます)、日本に対してどういう態度に出てくるかわかったものではなく、日本としてはそんな事態も計算に入れて長期戦略を立てなければなりません。

 日本政府はUSAやEU諸国と足並みを揃えて、ロシアを批難する声明を出しましたが、プーチン大統領と安倍首相はわりと相性が良かった印象があるので、こういう状況になってしまったのは残念なことです。ソチオリンピックにも、欧米の指導者の多くが欠席する中で、安倍首相は時間を捻出して駆けつけ、プーチン大統領の顔を立てて信頼関係を高めました。
 ロシアという国は、全面的に信用するのは危険きわまりないのですが、行動原理はわかりやすく、当方が隙さえ見せなければわりにつきあいやすい相手であるとも言えます。行動原理とは要するに、利害得失がほとんどすべてであって、利になると思わせれている限りは牙をむいてくることはないわけです。どう考えても自国の不利益にしかなっていない反日行動に盲目的に邁進している韓国などに較べれば、はるかにドライでシンプルなつきあいかたができるはずです。
 だから今回のクリミア併合のようなことがあると、どうも悩ましい立場に陥ります。こういう時に物を言うのが普段からの信頼関係であって、その意味では安倍氏が首相である時期で良かったと言えるかもしれません。秋に予定されていたプーチン大統領の訪日も、いまのところキャンセルされてはいないようです。一方、さほどの信頼関係が築けていなかったらしい韓国は、批難声明を出した途端に、ウールリュカエフ経済開発局長官との会談をキャンセルされてしまいました。確かにロシアというのはわかりやすい国です。
 オバマ大統領は経済制裁を打ち上げましたが、どうも及び腰に見えます。去年のシリア問題に際しての動向でも、オバマ氏がプーチン氏に位負けしている様相が見て取れましたし、USAがまごついているうちにクリミア併合は既成事実化されてしまうのではないかと予想されます。一方、この併合が認められてしまうと、中国の国外侵攻などに名分を与えてしまうおそれもあって、曲がりなりにも落ち着いていた世界の国境線が、また武力によって変更されうる時代に入ってゆく可能性が否定できなくなります。日本も、国を守るということの意味を、国民が本気で考えなければならない段階になってきたと思うのです。

(2014.3.22.)

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