忘れ得ぬことどもII

肉食談義

 昨日(2013年12月10日)の晩はマダムと外出していて、夕食は外でとりました。あるファミリーレストランで、マダムが前から食べたがっていた「火鍋」というのを食べてみたのでした。
 火鍋というのはもともと、中国四川地方の郷土料理と言われています。私が四川地方を訪れたのは、もう30年近く前、重慶に一泊したことがあるばかりですが、なるほど街を歩くと、あちこちに「火鍋」と書かれた貼り紙が出された店があったことを記憶しています。私が訪れたのは真夏で、しかも重慶というのはその名も「中国三大火鍋」とあだ名される猛暑の土地(あとのふたつは南京武漢)だったりするので、とてもとても鍋物を食べたいとは思えず、スルーしてしまったのでした。
 もっとも、現在では中国各地で食べられており、シンガポールマレーシアなどでも火鍋の店を容易に見つけることができます。
 基本的には日本のしゃぶしゃぶと同じようなもので、むしろしゃぶしゃぶは火鍋をもとに考案されたと考えられているようです。鍋に出汁をとったスープを入れ、そこに好みの肉や野菜、団子などをひたして食べるという料理です。しゃぶしゃぶ用の鍋は独特の形をしていますが、火鍋に使う鍋にも特有の形があり、多くは鍋の内部が2つ以上に区切られています。2種類以上のスープを同時に愉しむためにそうなっているようです。あるいは肉の種類が異なる時のためかもしれません。

 私は重慶では食べ損ねましたが、その数年後にクアラルンプールで火鍋を食べることができました。マレーシアではスティムポッと呼ばれます。その時の鍋に至っては、4つに区切られていたので驚きました。なお肉も4種類使われていました。牛・豚・鶏・羊であったと記憶しています。デフォルトで4種類運ばれて来るわけではなく、どの肉だけを、という頼みかたもできたはずです。マレーシアにはイスラム教徒も多いので、彼らには豚肉はご法度でしょう。
 豚もそうですが、中に入れる食材は、かなりしっかり煮込まなければいけないものも少なくないので、しゃぶしゃぶそのままではありません。要するに鍋料理ということです。
 日本のしゃぶしゃぶは、確かかの海原雄山が、ということは生みの親の雁屋哲氏が、牛肉の食べかたとしては最低だとくさしていました。せいぜい昆布を沈めた程度のお湯の中をさっとくぐらせて食べるわけですが、実はこのやりかただと、浸透圧の関係で、肉の旨味がお湯の中に逃げてしまいます。わざわざ旨味を抜いた肉をタレにつけて食べるというのは、確かにあまり賢い食べかたとは言えないかもしれません。火鍋の場合は、鍋の中の液体はお湯ではなくスープですから、旨味が逃げるということはありません。ただ、スープの味が肉よりも勝ってしまうという懸念はあります。どちらが良いかは好き好きでしょう。

 昨日食べた火鍋は、本格的に2分割された鍋を用いて供されました。白湯(パイタン)、麻辣(マーラー)、坦々(タンタン)、それに昆布だしの4種のスープから2種を選んで注文することができます。四川のオリジナルな形では白湯と麻辣であるようなので、それを頼みました。
 野菜、豆腐、春雨、餃子やつくねなどがそれぞれ別々に乗った皿が運ばれてきました。もちろん肉も来ます。クアラルンプールの4種には及びませんが、牛・豚・鶏の3種の薄切り肉が並べられました。鶏肉は丸く整形してありました。
 具材はお代わり自由です。制限時間100分で食べ放題というシステムでした。最初には運ばれてきませんが、ラーメンの玉や雑炊用のご飯と生卵なども注文することができます。
 それで思い出しましたが、バブルの頃、「しゃぶしゃぶ食べ放題」というような店があちこちに流行しました。2千円かもっと安い値段で、肉も野菜も何度でもお代わりできるというので、出始めの頃は衝撃的でした。
 その頃、安い牛肉を極薄切りにすることができる機械が開発されたとかで、それでそんなことが可能になったのでした。
 私も何度か食べたことがありますが、ある時、何遍か肉をお代わりしているうちに、急に気分が悪くなってしまいました。
 どうも、アクを充分にすくわずに食べていたようです。安い牛肉をお湯にくぐらせると、大量にアクが出るのはご存じのとおりで、かなり丁寧にとらないと味が落ちてゆきます。それを怠ったらしく、なんだかいきなり口の中に血の匂いが充満したような気がして、げっと言いそうになりました。
 安い「食べ放題しゃぶしゃぶ」はろくなものではないと学びました。やはりしゃぶしゃぶというのは、生でも食べられるくらいの上質な肉を使わないと、さほどおいしくならないものであるようです。
 昨夜運ばれてきた3種の肉のうち、牛肉はUSAまたはカナダ産、豚肉は国産の三元豚、鶏肉はブラジル産でした。牛肉をお湯に通して口にした途端、これは良くないと思いました。例の、そのうち血の味がしはじめるたぐいの肉であることは間違いありません。マダムも同意見で、だから肉のお代わりは豚と鶏だけにしました。こちらはさほどアクも出ず、なかなかおいしい肉だったのでした。ビーフとポークとチキンと並べれば、誰でもビーフが最高級であると考えることでしょうが、そうとも限らないようです。
 しばらく前に家ですき焼きをしたのですが、その時はオーストラリア産の牛肉と和牛を少しずつ用いました。オージービーフのほうも、その時のは決してまずくはなかったのですが、後半で和牛に切り替えると、やっぱりまるで違うのでびっくりしました。和牛というのはUSA産やオージーとは別のカテゴリーの肉なんだな、と納得したものです。かつてUSAから、牛肉とオレンジの輸入自由化を迫られた際、和牛やミカンが競争に負けて売れなくなると農家の人々が戦々兢々としていたものですが、案に相違してちゃんと棲み分けができました。それを考えれば、TPPも決して恐れることはない、と私は思っています。

 少し前に、わが家では「ラムしゃぶ」というのもやっていました。最近はやっているのだとマダムが言います。文字通り、ラム肉、つまり羊を使ったしゃぶしゃぶです。昨夜食べた3種と併せると、クアラルンプールでの4種ということになります。
 羊肉は日本ではあんまり馴染みが無く、ジンギスカン鍋に使うくらいがせいぜいですが、私は昔からわりと好きで、スーパーマーケットで見かけるとよく買っています。マダムも好きだそうで、ただラム(仔羊)は良いけれどマトン(成羊)になるとあまり好まないようです。匂いが強くなるので、マダムと同じ意見の人も少なくないでしょう。
 しかし、大陸ではむしろ羊肉が重んじられています。牛肉よりも格上でしょう。「美」や「義」といったプラスイメージの文字に、羊が含まれているのでもそれが伺えます。
 遊牧民たちは、羊の群れに身を投じ、羊の群れと一緒に移動します。原始的な生活様式であるように思えますが、実は農耕よりも新しく、紀元前の世界ではむしろモダンなライフスタイルでした。彼らにとって、羊こそが天から授かった糧であったのです。西洋世界でも、「神の仔羊」「迷える羊」と言いますし、「牧師」とは本来羊飼いのことです。
 宗教によって、食物のタブーがいろいろあるものですが、羊を食べてはならないと禁じている宗教はおそらくひとつも無いでしょう。イスラム教徒は豚を決して食べず、ヒンドゥー教徒は牛を食べませんが、どちらも羊肉なら食べます。禁じているのは、肉食全般を禁じている宗派だけだろうと思います。
 羊肉はそれほどまでに、世界的にポピュラーな食べ物なのであって、日本でいまひとつ不人気なのが不思議です。臭みのように思われるのは、要するに独特の風味であって、馴れればどうということはありません。日本人が牛肉を食べ始めた明治時代には、牛肉も臭いと言われていました。
 家でやったラムしゃぶも美味で、何もジンギスカン鍋のように味の濃いタレに漬け込む必要もないと思います。
 塩胡椒だけで焼いたラムステーキも私は好物です。あまりこの料理を食べられるところがないのですが、学生時代、近くの東京都美術館の食堂のメニューに珍しくラムステーキがあって、値段もさほど高くなかったので、昼食時にときどき学校を抜け出して食べに行っていました。

 古代中国では、「大牢」「中牢」「小牢」という餐応のランク付けがありました。「大牢の滋味」という言いかたは、やや古風ではありますがまだ日本語にも残っています。本来は天に捧げるいけにえのランク付けを言ったようですが、捧げたいけにえはすぐに料理して、「天のお下がり」という名目で人間どもが食べていましたので、そのうち宗教的な意味が薄まって、御馳走のランクを意味するようになりました。
 羊・牛・豚の3種の肉が揃っているのが大牢、このうち2種だけ用いたのが中牢、1種類しか使っていないのが小牢です。大牢というのは、最重要な客人、例えば国賓クラスの人を迎える時に用意されるコースでした。
 中国人といえば、「四つ足のものは机と椅子以外なんでも食べる」と言われているほど雑食な人々ですが、羊・牛・豚が肉の王者であることは昔から変わらないのでした。
 これに対し、日本人は肉食の習慣が無かったとよく言われます。魚が豊富に獲れたので、獣肉を食べる必要が無かったのだというのですが、それはどうでしょうか。
 仏教的な思考が一般化して、ことさらに肉食をしなかったとされる江戸時代でも、例えばウサギなどは鳥の一種と見なし、数えかたまで無理矢理「1羽2羽」にして食べていました。馬肉を食べさせる「けとばし屋」もあったようです。さくら肉などとわざわざ名前をつけていることからも、馬肉がわりとポピュラーな食べ物であったことがわかります。
 ぼたん肉と名付けられたイノシシも食べられましたし(山クジラという異名もありました)、鹿、カモシカ、熊などの野生動物も食用になっていました。キツネやタヌキだって食べていました。こう見てくると、牛と豚以外なんでも食べていたようで、とても日本人が肉食を忌んでいたとは思えません。ただ常食にするほど量が出回らなかったというだけのことではないでしょうか。そういうことを言い出せば、中国だって西洋だって、近代以前の庶民が肉を口にすることはそう滅多に無かったはずです。ただ上層階級の者もあまり肉を食べなかったのは日本の特色かもしれません。
 最近ネット上で何度か、「儒教で肉食を禁じているので、中国でも肉は食べなかった」という主張を見かけました。もちろん儒教には食物タブーはありませんし、上記のとおり中国人は四つ足であれば机と椅子以外なんでも食べる人々で、彼らが歴史を通じて肉を食べ続けてきたことはいくらでも証拠があります。この主張が何を根拠にして言っているのか、さっぱりわかりません。どなたかご存じでしたらご教示ください。

 私は馬刺しも好んで食しますし、ウサギ、鹿、イノシシも食べたことはあります。熊ははっきり記憶にはないのですが、缶詰くらいなら食べたことがあるかもしれません。食物タブーの無い国と時代に生まれたことはありがたい限りです。
 北海道に行くと、アザラシやトドなど、海獣の肉の缶詰などを売っているのを見かけます。話の種に買ったことはありますが、特にうまいというほどのものではないようです。というか、トドなどはまずいと言って間違いないようで、そのためカレー煮などにしかなっていません。カレー煮にするということは、肉自体の味や臭気をカレーの強さで打ち消す必要があるわけです。
 変わったところではワニやカエルも食べました。どちらも鶏のささみと白身魚のあいだくらいの味わいで、カエルのほうが若干魚に近いかもしれません。魚類→両生類→爬虫類→鳥類という進化の道筋を考えた時に、この味わいの差は妙に納得できるものがあります。ワニはちょっと考えると固そうな気がしますが、それはワニ皮からの連想でそう思ってしまうだけで、肉は意外と柔らかいのでした。
 鶏肉については、グアテマラを思い出します。私が2002年に訪ねたこの国は、ケンタッキーフライドチキンの猛攻を撤退させた世界で唯一の国です。地生えの鶏肉料理が非常に美味で、揚げ物に関してもそれは同様であり、地元チェーンのカンペーロというのがあのケンタを撃退してしまったのでした。そんな有様ですから、日本に帰ってきてしばらく、鶏肉が食べられませんでした。歯ごたえがぶよぶよして、味が水っぽくて、こんなものはとても食べられたものではないと思いました。
 当時はまだ、国産の鶏肉と言ってもほとんどがブロイラーだったせいでしょう。ほとんど運動もせずに、工場のようなところで何百羽何千羽が化学飼料をつめこまれて鶏肉が「製造」される光景は、いま考えてもおぞましいものがあります。もう少し前に、楳図かずお「14歳」なる気持ち悪いマンガも話題になっていました。
 その後、日本でも地鶏ブームが起き、露地で育てた、おいしくて歯ごたえのある鶏肉が手に入るようになりました。ブロイラーもそれに影響されて、飼育規定がうるさくなり、以前よりは味が良くなったように思います。
 私は自分ではそんなに肉食な人間ではないような気がしていましたが、こうして考えてみるといろいろ食べていますね。そんなにがっつりと大量に肉を食べたいという欲求は覚えないのですが、おいしくて安全な肉を少しずつ食べてゆきたいものです。

(2013.12.11.)

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