忘れ得ぬことどもII

ベテルギウス爆発?

 ベテルギウスといえば、オリオン座のアルファ星で、おおいぬ座シリウスこいぬ座プロキオンと共に「冬の大三角形」を形成する明るい星として、小学生にも知られていますが、この星が間もなく無くなるだろうということはしばらく前から言われていました。
 ベテルギウスは星の種類で言うと赤色巨星で、これはもう老年にさしかかった恒星です。太陽を含めて、恒星は水素を燃料とした核融合エネルギーによって光り輝いていますが、そのうち中心部には反応による生成物(「灰」と呼んでも良い)であるヘリウムがたまってきて、反応が外周部に移ってゆきます。この時、中心部ではエネルギーが生成されなくなるため、自分の重さで縮みはじめますが、縮む際に放出された重力エネルギーが熱に変わり、その熱で外周部の反応が暴走的に加速し、恒星の大きさはどんどん大きくなります。
 そうすると、今度は中心部に残ったヘリウムが核融合をはじめます。こうなると星の膨張は一旦止まりますが、やがて今度はヘリウムを燃やし尽くして再び膨張がはじまります。この頃になると星の大きさは元の数百倍になっており、表面温度が下がるので光の波長が長くなります。波長が長い光をわれわれは「赤」という色で認識するため、これを赤色巨星と呼ぶわけです。
 太陽は何十億年かあとに赤色巨星となりますが、この時は地球の軌道を呑み込んでしまい、ほとんど火星軌道に相当するほどの大きさになります。これはもう、逃れようもない、掛け値無しの地球滅亡です。
 太陽くらいの星だと、ヘリウムを燃やし尽くし、リチウムベリリウム硼素炭素あたりまで「灰」として生成する頃には、大きくなりすぎて重力の弱くなった表層のガスがどんどん逃げてゆき、結局むき出しの中心核が残って反応が終わります。これが白色矮星です。いわば星の燃えかすですね。
 おうし座アルデバランうしかい座アークトゥルスなどは、太陽と似た星が赤色巨星となったものであろうと考えられています。
 しかし、ベテルギウスはもともと太陽の約20倍の質量を持っている大型星です。これだけ大きくなると、太陽なら反応が止まるくらいの段階でも、まだまだ重力が強く、さらに窒素酸素フッ素ネオン……と生成し続け、その都度膨張を繰り返し、ついにを作り出すところまで進みます。直径は太陽の1000倍近くに達しており、太陽に置き換えたとしたら木星の軌道と同じくらいになります。
 太陽の10倍以上の質量を持つ赤色巨星は、その後の運命が異なるので、赤色超巨星という名前で呼ばれることもあります。
 赤色超巨星の場合、中心部で鉄ができると、それ以上反応が進まなくなり、膨張力が完全に失われます。なぜ反応が進まなくなるかというと、あらゆる元素の中で鉄がエネルギー的にもっとも安定していて、鉄より重い元素になると核分裂したほうがエネルギーが大きくなるからです。
 中心部から発せられるエネルギーが無くなると、噴水が急に止まったようなもので、ふくれにふくれあがった表層部はものすごい勢いで落ち始めます。つまり急速にしぼむわけです。しかし、とてつもない重さがとてつもない距離を落下するわけですから、すさまじい衝撃と反動が起こり、星は大爆発を起こします。いわゆる超新星爆発です。
 白色矮星は、いわば星がだんだん冷めていったものですが、超新星爆発では一挙に星が飛散します。実は、もともと宇宙空間に無かった炭素や酸素以下の重い元素があちこちにぶちまけられ、惑星や生物を作る原料となったのは、この超新星爆発のおかげでした。われわれも、百億年くらい昔の超新星の子孫だというわけです。
 なお爆発に取り残された、鉄を主成分とする中心核は、さらに収縮を続け、ついには原子が壊れて電子が陽子に埋め込まれ、マイナスの電気とプラスの電気が打ち消されて全部が中性子になってしまいます。電磁気力が重力に負けてしまった状態です。こうなった状態の星を中性子星と呼びます。
 中性子星になるよりももっと重い星が超新星爆発した場合は、重力が、原子核を維持している「強い力」にも勝ってしまい、それ以上収縮をおしとどめる力が存在しないため、ついに「重力崩壊」を起こしてブラックホールになってしまいます。ベテルギウスが中性子星になるかブラックホールになるかは微妙なところです。

 さて、そのベテルギウスの超新星爆発が間近であることはよく知られていました。ベテルギウスは地球からの見た目の大きさ(視直径)が太陽を除けばもっとも大きな恒星なので、観測も進んでいます。すでに縮退がはじまっており、まともな球形を保てなくなっているようです。最期が近いことは明らかでした。
 とはいえ、「天文学的」という表現があるくらいで、宇宙のことで「間近」などと言っても、われわれの時間感覚で言えば何百年何千年もあとのことだろうと考えるのが普通です。
 ところが、もはやそんな段階ではなく、

 ──数週間もしくは数ヶ月先に超新星爆発が起こる。

 という話が伝えられたのですから驚きです。
 ハワイマウナケア天文台の「内部情報」による記事、というあたりが少々眉唾物ではあるのですが、ともあれそんな話が飛び交っているのでした。
 もちろん、ベテルギウスは地球から640光年ほど隔たっています。ベテルギウスで起こったことが地球で観測できるのは早くとも640年後ということです。「数週間もしくは数ヶ月先に超新星爆発が起こる」というのは、「ベテルギウスは640年前に爆発したらしい」という意味になります。記事に対するコメントの中にも、「数週間後に爆発したって、地球でわかるのは640年後のことなんだろ?」と呑気なことを書いている人が居ましたが、そういうことではありません。
 間もなくベテルギウスの爆発が見られるとすると、これは素晴らしい天体ショーとなります。

 超新星爆発が、地球から見てもわかるほどだったのは、9回記録が残っています。1987年のかじき座超新星が肉眼で見えた最後のものでしたが、明るさは約3等星ですから、暗めの星程度のもので、さほど話題にもなりませんでした(ただし、この時の爆発で発生したニュートリノスーパーカミオカンデで観測したことで、小柴昌彦氏がノーベル賞を貰いました)。その前は1885年のアンドロメダ座超新星でしたが、これはさらに暗く5.8等星で、空気のきれいな場所で快晴で月の無い夜空に、かなり眼の良い人が見てぎりぎり見える程度です。
 しかしもっと昔にはずいぶん明るい目撃証言もありました。藤原定家「明月記」に記したのは1054年のおうし座超新星で、これは金星を凌駕する明るさだったそうです。もっとも明るい23日間は昼間でも見え、夜は2年間くらい見え続けたとか。
 このおうし座超新星は、現在かに星雲として残骸が残っていますが、地球からの距離は約7000光年でした。
 ベテルギウスまでの距離はその10分の1以下です。ということは、明るさは距離の2乗に反比例しますから、おうし座と同じくらいの規模の爆発だったとしたら、100倍以上の明るさに見えるということになります。星の等級は、100の5乗根を底とする対数で表されます。つまり数字が5等級減ると100倍明るいということになります。1等星は6等星の100倍の明るさです。おうし座超新星はマイナス6等星くらいだったと考えられていますので、ベテルギウスが爆発すればマイナス11等星となります。繰り返しますがこれは「同じ規模の爆発なら」ということで、ベテルギウスの大きさや重さによってはもっと明るくなる可能性もあります。
 満月がマイナス13等星、半月がマイナス10等星とされていますので、マイナス11等星というのは20日の月、更待月(ふけまちづき)くらいなものでしょうか。上の記事には、まるで白夜のようになるなどということが書いてありましたが、それはちょっと大げさなようです。しかしともかく、夜空に、月に匹敵するくらい明るい星が突如として出現するのですから、これは壮観でしょう。記事が本当であることを期待します。

 ただ、これだけ近いところで超新星爆発が起こるのは、観測史上はじめてのことですので、どんな影響が出るかわかりません。不安をあおる人たちがよく言うのがガンマ線バーストです。
 超新星爆発の際、大量のガンマ線が発生して周囲に飛び散ります。ガンマ線という放射線は光の一種でもありますので、当然光速で飛び、光と一緒に地球まで到達します。アルミ箔一枚で防げるアルファ線(ヘリウム原子核)、衣服で充分防げるベータ線(電子線)と異なり、ガンマ線はエネルギーが大きく、10センチ厚の鉛板くらいでないと遮断できません。超新星爆発のガンマ線バーストの威力は、半径5光年以内に生物が居れば確実に絶滅すると言われているくらいで、地球上で過去に起きた何回かの「大絶滅」も、至近距離での超新星爆発の結果ではないかという説があります。恐竜が絶滅したのは隕石衝突による気候変動という説が有力ですが、もっと以前のカンブリア大絶滅三葉虫とかアノマロカリスハルキゲニアなんかが亡びたのはこれではないかというのです。
 640光年も離れていれば、そんなに深刻な影響は無いという人も居ますが、いや無視できる威力ではないと反論する人も居ます。たとえそうでも、ガンマ線バーストの飛散方向には指向性があって、自転軸から2度程度の方向にしか飛ばず、ベテルギウスの自転軸から地球はだいぶ離れているので問題ないというのが主流の説ですが、悲観的な人は、爆発の際には自転軸も大きくずれるかもしれないと言います。どれが正しいかは、実際に起こってみないとわからないことかもしれません。
 数週間から数ヶ月というのにどの程度の信憑性があるのかわかりませんが、いずれにしろそう何十年も待つようなことにはならなさそうです。私が生きているうちにはベテルギウスの超新星爆発が見られるのではないでしょうか。オリオンの一角が消滅し、「冬の大三角形」が無くなってしまうのは不思議な気がしますが、ともかく心待ちにしていたいと思います。

(2013.9.26.)

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