忘れ得ぬことどもII

核融合の話

 また少し先走った記事かなとも思うのですが、USAレーザー核融合反応の実験に成功したという報道に接しました。ネタ元がどうしたわけか中国網(チャイナネット)というところが、若干怪しさを醸し出したりしていますが……
 記事によると、国立点火施設(NIF)というところで、192本のレーザー光線を230億分の1秒照射し、500兆ワットのエネルギーが放出されたということです。
 500兆ワットというのはUSAの電力消費量の1000倍にあたる……と記事にはありましたが、これは少々誤解を招く表現です。電力消費量の単位はワットではなくワット時で、しかもどのくらいの期間の電力消費量であるかが示されていません。普通こういう書きかたがされていると、「1000年分の電力」のように思ってしまう人が多いのではないでしょうか。
 USAの年間電力消費量は、2008年のデータで約4400テラワット(1テラワット=1兆ワット)です。従って、500兆ワット=500テラワットでは到底1年分にも足りません。「1000倍」とはどういう計算だったのだろうと、いろいろ数字を眺めて電卓を叩いているうち、なんとなく想像がつきました。1年は8760時間ですから、4400を8760で割ってみると、だいたい0.5になります。これを1000倍すると500です。つまり記者は、まず500兆ワットと500兆ワット時を混同し、「1000時間分」を単純に「1000倍」と表現してしまったというわけでした。
 ちなみに同じ年の日本の年間電力消費量は1080テラワットほどでした。ひとりあたりにするとUSAの約半分で、決して他国から電気の使いすぎを責められる筋合いは無いことがわかります。自分たちで節電に努めるのは悪いことではありませんが。

 もちろん、実験の成功が即座にエネルギー問題の解決につながるというわけではありません。核融合を恒常的なエネルギー源にするのであれば、それだけの出力を「安定して」おこなえなければならず、そのためにはまだまだ解決すべき課題がたくさんあるでしょう。
 また、レーザー核融合実験そのものが、今回初の成功というわけでもありません。この4月に、日本の光産業創世大学院大学などを中心とした研究施設で成功を見ています。その時は、「1トンの水素から90テラワットのエネルギーが抽出可能」と報じられました。今回の500テラワットという量がそれに較べてもすごいのはわかりますが、常時運転可能な技術が達成されたわけではない点では同じです。夢のエネルギー源がすぐそこまで近づいていると言ってしまうには、いささか時期尚早でしょう。
 とはいえ、核融合研究のこれまでの主流であったトカマク式(磁気閉じこめ方式)から、レーザー式(慣性式)へのシフトが起こるかもしれません。
 例によって半可通な知識ですが、核融合反応を充分に進行させるためには、プラズマの密度と保持時間の積が一定値以上になっていること(ローソン条件)が必要なのだそうです。密度と時間の積ですから、それを一定値以上にするためにはふたつの選択肢があります。つまり、高密度にするか、長時間にするかということです。トカマク式は長時間(と言っても1秒〜数秒というところですが)のほうを選び、レーザー式は高密度のほうを選んだということであるようです。
 USAは前世紀末くらいからレーザー式に着目し、トカマクの国際協力機関であるITERからの脱退を宣言したこともあったようです(現在は復帰)。
 何しろ莫大な研究費を要することですので、トカマク式とレーザー式に同じくらいの予算をかけて成績の良いほうを採用する、というわけにはゆかないのがつらいところです。核融合の研究を進めるのであれば、どちらかに重点を置かなければなりません。日本の実験成功に続く今回のNIFの成功で、レーザー式の優位が示されたことになるのかどうか、その辺は専門家からきちんと解説して貰いたいと思います。

 昨年の地震による福島の原発事故で、またぞろ反対運動が盛り上がっているようです。私くらいより上の年代だと、1970年代頃の原水禁運動を憶えていますので、いつか見た光景という感がぬぐえません。一部の反体制運動家に不安を煽られた一般市民が、問題の本質をよく理解もできないまま情緒的に「ゼッタイ反対」を叫んでいるという構図です。
 福島事故で責められるべきは、当事者(電力会社および政府)の、「事前の危機意識の低さ」「事後の隠蔽体質」であって、原子力発電そのものの是非ではあるまいと私は思うのですが、反対運動の様子を見ていると、どうもその段階をすっ飛ばして「とにかく原発は危険だ、やめてしまえ」ということになっているようです。
 しかし、やめてしまってどうするのかとなると、手探り状態としか言いようがありません。現時点で肩代わりができるのは火力発電しかありませんが、CO2を減らす話はどうなったかということになります。水力発電ならその点は問題ないとはいえ、ダムをもっとあちこちに造ることに賛成なのですか、と訊けばたいていの人はNoと答えるでしょう。
 太陽光発電地熱発電風力発電潮力発電など、いわゆる再生可能エネルギーを使うべきだという人が多いと思います。実際、今月から再生エネルギー賦課金なんぞを取られるようになりました。オプションを増やすという意味で、いろいろ試みるのは良いと思うのですが、これらは安定供給が難しいという点で、やはり補助的な位置づけしかできず、発電の主力にはなりにくいでしょう。
 ちなみにドイツが原発をやめたという話が、何やら大英断のように伝えられますが、ドイツの場合はその不足分は地続きのフランスなどから簡単に輸入できます。そしてフランスといえば世界最大の原発大国です。ドイツは自国で原子力発電をするよりフランスから買ったほうが安いからそうしただけのことなのでした。日本も見習って、中国韓国から買えばいい、などと能天気なことを言う人が居ますが、
 (1)この両国とも外国に売るほどの電気を作っているわけではありませんし、
 (2)しょっちゅう大規模な停電が伝えられるのでわかるとおり決して安定供給は望めませんし、
 (3)たとえ安定的に売ってくれるとしても地続きの独仏間と違って海底ケーブルなどを使えば大変なロスが発生しますし、
 (4)何よりそんなことになれば両国とも日本に対する政治的カードとして最大限に活用しようとすることは眼に見えていますから、現実的とは到底言えません。わが国は、エネルギー供給を特定の他国に頼るべきではないのです。
 また、メタンハイドレートが次世代燃料として有望視されていますが、採算のとれる採掘技術が確立したとして、これとて一種の火力発電です。CO2の排出は確かに石油よりもかなり少なくなりますが、ゼロになるわけではありません。
 やはり将来的には、核融合を実用化するしかなかろうと考えます。そして、そこまでのつなぎとしては結局現在の核分裂による発電をおこなってゆくしかないと思うのです。 

 核融合のメリットは、「燃料」である重水素・三重水素が海水中にほぼ無尽蔵に含まれるものであること(重水素はそのままの形で、三重水素はリチウム──これも海水中に非常に豊富に含まれます──を化学的に精製する形で取り出せます)、「灰」がヘリウム中性子しか出ないこと、「炉」が原理的にきわめて安全であることが挙げられるでしょう。
 最後の「炉」の安全性については世の中に少なからぬ誤解があるようです。そんなにすごいエネルギーを出力するのなら、暴走・爆発でもしたらどうするんだ、というわけです。また、核分裂=原爆、核融合=水爆、という先入観もあるのでしょう。核融合炉が爆発したら水爆みたいなことになるのではないかという恐怖感がぬぐえないものと思われます。
 核融合炉に事故が起これば、瞬間的にプラズマが拡散してしまうわけなので、その時点で出力が自動的にストップします。従って水爆のような核爆発は起こりません。福島事故であったような、燃料棒がいつまでも発熱を続けて放射線をまき散らすということもありません。繰り返しますが「燃料」は水素(の同位体)だけです。水素爆発(まぎらわしいですが、核爆発である「水爆」とは全く違います)だけ気をつければ大丈夫です。
 「灰」としての中性子から放射線が出るのは事実ですが、ウランプルトニウムの高レベル放射線に較べればはるかに扱いやすいはずです。
 この点において、つなぎとしての核分裂発電(現在の原発)が重要だと私は考えるわけです。放射線の扱いかたに習熟しておきたいということです。高レベル放射線をコントロールするノウハウが充分に発達していれば、核融合炉から発する低レベルの放射線のコントロールなどわけもないことでしょう。いま原発を全部停めてしまって、代替エネルギーに全面的にシフトしてしまった場合、いままで積み重ねてきたそのノウハウが断絶してしまいます。
 もちろん、ノウハウはまだ万全ではありません。それだからこそ福島事故が起こったわけです。しかしその結果、より万全に近づけるために研究を続けるのではなく、万全でないからと投げ出してしまうのは、どう見ても愚行と言わざるを得ません。ノウハウというのは人から人へ受け継がれるものであって、文書として残しておけば伝わるというものではないと思います。
 オプションとしてさまざまな代替エネルギーの研究も進めつつ、将来の核融合の実現を見据えて、福島事故を大きな教訓とした上で、核分裂炉を稼働させて放射線管理のノウハウやスキルを高めてゆくというのが、結局はいちばん現実的なエネルギー政策なのではないでしょうか。

 なお核融合のデメリットは、まず上に書いたように、低レベルとはいえ放射線が出ること、炉の建設にいままでの発電施設とは比較にならないくらいの費用がかかることでしょうか。
 それでも実現すれば、電気はただみたいなことになりそうです。何しろ燃料のもとは海水で、石油やウランのように偏在するものではなく、おそらくむこう数千年分くらいのエネルギーは優に賄えると言われています。まあ、海水から重水素とリチウムを取り尽くした時に何が起こるのかは予測がつきませんが……
 レーザー核融合実験の相次ぐ成功で、核融合発電の実現へ向けて一層のはずみがつけば良いと思っています。

(2012.7.25.)

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