忘れ得ぬことどもII

五行説の面白さ

 五行説というものにちょっと興味を持っています。
 言うまでもなく、古代中国発祥の学問(?)です。現代では占いの一種みたいに思われることが多いようですが、当時としては物質・精神・世界などさまざまなことを説明する根本理論であり、今の原子論にも宇宙論にも相当するものでした。
 ただし古代と言っても無制限に古いわけではなさそうで、易学などにはあまり採り入れられていないようです。現在残っている易学は周易と言って、伝承によれば周王朝の開祖である文王(実際の開祖はその息子の武王ですが、文王は天下を取るお膳立てをほぼ済ませてから亡くなっているので、王号を贈られて開祖としての扱いを受けています)が、(殷)の紂王のために姜里という場所に幽閉された際に研究し体系づけたということになっています。この周易には、陰陽説の影響はあるものの、五行の考えかたは含まれていないようですから、五行説というのはもう少し新しい時代の学説であろうと思われます。実際には戦国時代(紀元前5〜3世紀くらい)頃に生まれた考えかたであるようです。
 従って、五行説に基づいたらしい九星占いなどが「中国4千年の云々」などと称しているのは少々誇大広告気味と言うべきでしょう。せいぜい2500年がいいところだと思います。

 さて、五行説というのは森羅万象を「木・火・土・金・水」の5つの元素に関連づけて説明するメソッドです。この字面を見ればおわかりのように、日本の曜日名はこの5つからつけられています。残りふたつを「日・月」としたのはヨーロッパ語からの翻訳でしょう。中学生の頃、Sundayは「太陽の日」だから日曜日、Mondayは「月の日」で月曜日というのはわかるのに、火曜日以降が全然関連していないので不思議に思ったことがあります。
 現代中国では曜日名に五行の名を付けず、「星期(シンチ)一」「星期二」などと散文的に呼んでいるようですが、惑星の名は日本語と同じく、水星・金星……と言います。というより日本語が中国語の言い方を借用したわけですが。

 元素を5つとしたのは、西洋の4元説に近いようで興味深いものがあります。4元のほうは、「火・風・水・土」です。これは、その順に重さが増してゆくということになっていて、若干序列めいた思考があるようですが、五行説はその点、5つの元素がどれも突出して強力にはならないというのが面白いと思います。
 上に書いた「木・火・土・金・水」の順番は、五行相生という考えかたです。また、「木・土・水・火・金」と並べると、五行相剋という考えかたになります。このふたつの並べかたで、歴史なども解釈してゆくので興味深いところです。
 五行相生とは、この順番で元素が生まれてゆくというもので、木は火を生み、火は土を生み……とつながってゆき、水まで来たら今度は水が木を生むという循環になります。この循環が永遠に繰り返されて世界が維持されるというのが五行説の根本です。
 木を擦り合わせれば火が出ますから、木が火を生むという理論はもっともです。火が土を生むというのは、溶岩のイメージか、それとも灰を土の一種と見なしたかでしょう。土の中から金属の鉱脈が見つかります。金が水を生むのは、寒い朝などに青銅器に露がついているあたりからの発想に違いありません。そして水をやれば木が育ちます。
 2500年前なりの、物事の正確な観察により導き出された学説であることが理解できます。
 五行相剋は、これに対し、勝敗がつく関係ですが、西洋の4元のように一方通行ではなく、これも循環しているのが特徴です。木は土に剋(か)ち、土は水に剋ち……とつながって、金は木に剋つわけです。つまり絶対強というものは存在しません。唯一神というものが存在しなかった中国らしい思考であるとも言えます。
 水が火に剋つのはわかりやすいと思います。その水も、土で作った堤防には勝てません。ところがどんなに固い土にも、木は根を張ってしまいます。しかし木は金属の斧で倒されます。その金属は火にくべると溶けてしまいます。古代から金属の鋳造がおこなわれていた中国ならではでしょう。相剋の考えかたも、大変合理的にできています。

 中国では王朝交代なども、五行説で説明されるようになりました。王朝の末期、

 ──蒼天すでに死す。黄天まさに立つべし。

 というスローガンを掲げた「黄巾の乱」という叛乱が起こりましたが、これなどはまさに五行説に基づいたスローガンでした。というのは、「木・火・土・金・水」の5元素には、のちに固有の「方角」「季節」「色」が与えられたのです。さらに、それぞれを司る「聖獣」まで考案されました。
 「木」「東」であり「春」であり、「青」とされています。青なのはなんとなくわかりますが、東にされたのは、昇る朝日と、樹木の生長とが連想されたからでしょうか。そして聖獣は「龍」、色と結びつけて「青龍」とされます。「青春」という言葉もここから来ています。
 「火」「南」であり「夏」であり、「赤」とされています。これは深く考えなくてもわかりますね。聖獣は「鳳凰」、色と結びつくと「朱雀」という名になります。
 「土」「中央」です。色は「黄」。黄色こそは黄土大地の拡がる中原を象徴する色であり、すべてを支配する皇帝を表す色とされました。従って聖獣は設定されていません。
 「金」「西」であり「秋」、色は「白」とされています。冶金が得意だった種族が西方に居たのかもしれません。聖獣は「虎」で、色をつけて「白虎」となります。会津の白虎隊の名はここからとられていますし、詩人の北原白秋の号もここに由来します。
 「水」「北」であり「冬」、色は「黒」です。その冷たさから、北と冬はイメージできますが、黒というのはちょっとわかりづらいかもしれません。古代中国人は、どうも海の色を「黒」と認識していたようです。「海」という文字自体、「晦(くら)い」という文字と関連していて、とにかく恐ろしい場所という印象があったらしいのです。聖獣は「亀」に似た「玄武」です。「玄」も黒という意味です。黒い岩のことをわざわざ「玄武岩」と呼ぶようになったのもこれによります。
 ただし色そのものは、初期には少し混乱があったようです。漢は火徳の王朝ということになっており、それにとってかわるのは五行相生から言うと土徳の王朝であるはずです。だから「黄天」を称したわけで、漢のあとに建国された魏・呉・蜀三国のうち、漢を継承したと主張した蜀を除き、いずれも最初に立てた元号に「黄」がついている(魏が「黄初」、呉が「黄武」)のも同じ理由です。しかし火徳の王朝ならば「赤天」とでも呼ばれそうなもので、それが青(=蒼)になっているのは少々納得がゆかないところです。

 古代だけではありません。近世と言って良い17世紀になってから、現在の中国東北部に居た女真族がやにわに「満洲族」を名乗ったのも五行説です。
 女真族は当時文殊菩薩を信仰していましたが、族長のヌルハチは族名そのものを「文殊」と称することにしました。発音は「マンジュ」です。それにヌルハチの息子のホンタイジが「満洲」の文字を宛てたわけですが、この文字をよく見るとどちらもサンズイがついており、水を意識した用字であることがわかります。つまりホンタイジは自分たちが水徳であると規定したのです。
 水とはあんまり縁の無さそうなあのあたりに居たのにわざわざ水徳を名乗ったのは、王朝が漢と同じく火徳とされていたからでした。「水は火に剋つ」のだから、明を倒す自分たちは水徳でなければなりません。つまり「満洲」の名乗りは、明に対する公然たる宣戦布告のようなものでした。
 ちなみに満洲を「満州」と書くのが誤りであるのはこれでわかりますね。サンズイがひとつなくなって、せっかくの水分が半分ほど涸れてしまっています。

 宮城谷昌光さんがエッセイの中で、五行説をプロ野球に当てはめて、新シーズンのペナントレースの行方を占うなんてことをやっていますが、まあこれはお遊びでしょう。
 とはいえ、本来は原子論や宇宙論に比すべき五行説が、占いに結びついて行ったのは、それはそれで理解できます。というよりも、さまざまな学問というのはそもそも、世界の法則を見つけ出すことによって、誰もが不安に思っている未来をあらかじめ知りたいという欲求によって発達したものではないでしょうか。
 今でも実に多くの「疑似科学」がはびこっています。なぜはびこるかというと、占い……つまり人々の「未来を知りたい」という気持ちと結びついているからです。血液型も占星術も、結局はそこに結びついているからこそ、いくら専門家が口を酸っぱくして「科学的になんの根拠もない」と主張しても、根強い信仰を受け続けているのです。
 原子論や宇宙論としては五行説は雑駁であり、現在の精緻化された科学の前ではもう役割を終えたようなものですが、それでも2500年の歴史がある学説ですから、占い師が権威付けや根拠付けに利用したくなるのも無理はありません。まあ、話半分に聞いておけばよろしいかと思います。
 私が興味があるのは、上記の満洲族の命名とか、さまざまな言葉の由来とかのように、歴史の中で五行説がどんな風に受け取られ、人々の行動を方向づけてきたのかという側面に関してのことです。占いなどにはあまり関心がありませんが、あくまでお遊びとしてなら、宮城谷氏がやったような未来予測をしてみるのも楽しいかな、とは思います。
 2011年は日本列島が「土(地震)」と「水(津波)」にひどい目に遭いましたが、これからの方向性は「木」がキーワードかもしれません。木は水より生じ、土に剋ちます。折しも昨日の産経新聞の一面コラムに、「林業再生」について述べられていました。復興の鍵は森林にある可能性がありますね。

(2011.7.6.)

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