忘れ得ぬことども

献血のこと

 時々献血をしています。
 言うまでもなく献血は16歳からできるのですが、はじめてやる時はなんとなく不安なものです。
 高校生の頃、むやみといろいろなことを思い悩むたちだったので、街頭で献血の呼びかけをしていたのを無視して通り過ぎてしまったことが気になってならず、自分はそんな最小限の社会奉仕すらやろうとしない、ダメな人間だと考えて、しばらく落ち込んだことがありました。
 まあ何事も、初回というのは勢いが必要なもので、実際にはじめて献血をしたのは大学に入ってから、キャンパスに献血車が来て、友達とふたりでその場のノリでやった時のことでした。
 それ以後、時々献血ルームへ寄っています。
 よく行く池袋の献血ルームでは、清涼飲料水が飲み放題なので、時間があってのどが渇いていたりすると、
 ――よし、献血でもしに行くか。
 という気になります(^_^;;

 前は、400cc献血だと2回、成分献血だと3回分のスタンプを捺してくれたので、回数が稼げ、一度は30回功労の楯を貰ったりしました。
 ところが、その時の献血手帳をなくしてしまったもので、ゼロから数え直しとなり、しかもスタンプの捺し方が変わって、どの方法でも1回にしかならなくなってしまいました。そうするとなかなか回数が増えず、昨日ようやく出直しの10回功労賞を貰えたところです。

 成分献血というのをご存じない方も多いと思われますので説明いたしますと、血液中には血球・リンパ球・血漿・血小板などが含まれております。血球には赤血球白血球があり、前者は酸素を運び、後者は体内の異物を食べてしまうという、大事な役割を持っています。
 血漿は血液の液体成分で、各種の栄養物を溶かしこんでいます。それから血小板は空気に触れると血液を凝固させる物質で、カサブタの主成分です。
 このうち、血漿と血小板だけ分離して、あとは返してしまうというのが成分献血です。これらは血液製剤の原材料で、血友病(血小板を欠き、血が止まらない遺伝病)の人は定期的に服用しなければなりませんので、常に安定した供給が必要です。そのため献血ルームでは成分献血を求められることが多くなっています。
 血液製剤にエイズウイルスが混ざっていたのを厚生省が見逃した事件は記憶に新しいですね。

 必要成分を分離した、いわば使用済みの血を返されるということに、最初は抵抗があったのですが、この方がドナー(献血者)のからだには負担が小さいとか。ただ、やたらと時間がかかるのが欠点です。
ほぼ1時間を要します。そのため街頭献血車ではやっていないことが多いです。
 最近は、片手から採血してもう片方の手から返血するという装置ができて、それを使われることが増えたのですが、これだと1時間の間、手を動かすことができません。そういうときに限って頭がかゆくなったりするので難儀です。私は昨日、眼鏡がずり下がってきたのを直すことができず、悶々たる想いをしました。
 分離された血漿と血小板は、ちょっと黄色がかったクリーム状で、あんなものが自分の血の中に入っていたのかと思うとなんとなく変な気がします。

 献血は、最初に書いたように、いわば最小限のボランティアと言ってよく、気軽に善行を為した気分が味わえます。
 そんな考えでボランティアをするのはけしからんという人もいるでしょうが、別にそう考えたところで誰が困るわけでもありません。ボランティアは崇高な動機で為されるべきだという面倒な思想が、かえって人々をボランティアから遠ざけているような気がします。自分がいい気分になれるから、という理由で充分です。
 世の中には、献血フリークなる存在もいて、本来献血は回数や年間採血量に厳密な制限が課せられているのに、複数の献血手帳を使って、あちこちで毎週のように血を抜かれている人が実在します。これなどは、気分の良さが中毒状態になったというべきでしょう。
 外国では、献血に対してお金を払う、つまり献血と言うよりは売血をおこなっているところもあるようで、日本も戦後しばらくはやっていたそうです。ところがこれをやると、お金のために血を抜きすぎてフラフラになったり、果ては死んでしまうというような事故が多発するため、日本では廃止されました。

 日本は血液の輸入が世界一多いと聞いたことがあります。これで短絡して、日本人は公徳心がなくて自分たちの血を供出せずに外国から血を吸い上げているのだ、まるで吸血鬼だ、などと騒がれたこともありました。
 実際には、日本人の献血は決して、特に少ないというわけではありません。といって特に多いわけでもなく、要するに人口に対して標準的な量のようです。それなのに外国から血を買いあさっているのは、医療現場で血液製剤を使い過ぎるからだそうです。吸血鬼だなどという忌まわしい汚名を返上するためにも、薬漬け医療体制は早いところなんとかして貰いたいものです。

(1998.9.4.)

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